【卒展2018】多摩美術大学統合デザイン学科永井・岡室プロジェクト。
一期生の作品に見る、課題解決のためのデザイン

▲会場に集合した永井教授と学生たち。

2018年の卒業制作展のうち、首都圏の学外展を中心にレポートするシリーズ。それぞれの大学、学部、コース、そして今の時代の学生たちの特徴や雰囲気を伝えていく。

シリーズ11回目は、2018年3月14日(水)〜18日(日)までの5日間、AXISギャラリーで開催された、多摩美術大学 統合デザイン学科 永井・岡室プロジェクト卒業制作展「issue & idea」。教授の永井一史氏と非常勤講師の岡室 健氏の指導のもと、日常のさまざまな課題を見つけ、解決に導くための多角的な視点や考え方を学んだ11名が参加した。「学生が会場使用を申し込んだとは知らなかった」と永井教授が話すほど、強い自主性をもった学生たちだ。

統合デザイン学科は2014年4月に新設されたばかりで、今回の卒業生が第一期生にあたる。学生たちが日々何を学んだのか、そもそもどのような考えで同学科が誕生したのか、それらに興味をもつ人は多いだろう。永井教授に統合デザイン学科への想いも尋ねた。

▲4年間の集大成にあたる展示タイトルは「issue & idea」。

解決策を実体化する

永井教授はまず「僕たち自身の問題意識として、デザイナーという職種のかたちが20世紀と変わってきている」と話し始めた。20世紀型のデザイナーに求められていたのは、的確なアウトプットだった。しかし、「現代のデザイナーの仕事は課題を見つけるところから始まっている」と言う。メディアや手法が多様化した今、自ら課題を見つけ、適切な解決策を提案するところまで、デザイナーには求められている。そのためには、広い分野の技術や知識を身につけておく必要がある。

統合デザイン学科では、グラフィック、プロダクト、インタラクティブメディアなど、分野をまたがって技術を学ぶことができる。また、デザイナーが経験的に習得してきた発想方法といったデザインプロセスそのものも、体系的に学ぶことのできるカリキュラムを組んだ。プロセスを明確にすることで、高いポテンシャルをもつ学生が、より短期間で成長できるようになるのではないかと考えたのだ。

「さまざまなものごとを自分のなかで柔軟に組み立て、新しい解決策を考えられる人間を、社会が強く求めています。そのなかでも、自分で形をつくれる、アイデアをエンボディメントできるのが美大生の強みです。自分たちが生むものが社会を変えていくのだ、という信念を持って取り組んでいます」と永井教授。

問題発見から始まるデザイン

今回の展示はいずれも「issue(問題点)」と「idea(解決策)」を対にしたキャプションと、解決案となる作品が展示されていた。いくつかの作品を紹介していこう。

露峰一澄さんは、「学生服の解決」と題して、男女の区分ではなく、それぞれの個性や主観で選び組み合わせられる制服を提案した。秋冬で16パターン、春夏で6パターンの組み合わせが可能だが、統一感が出るように工夫している。今回は、既製服をアレンジして制作。教育現場で働く人たちのためのLGBT勉強会に参加し、性自認に食い違いはなくても、スカートに抵抗のある女性がいると知ったという。

▲「制服を男か女かのどちらかだけで選ばなければならないのは、多様化する社会のなかで古いと感じます」と露峰一澄さん。

▲4体のマネキンに実際に制服を着せて展示した。

「LIVING RECORD」という、「空白の時間」を記録する新しいメディアを提案した西山 萌さん。日記や年表は、過去の特別な出来事があった日の記録であり、何もない日常の時間は記録されていないことに気がついた。今回の作品では、シャネルやエルメスなど、現在もその個人名が引き継がれている、ハイブランドを立ち上げたファッションデザイナーを題材に選んだ。抽象的な「時間」を視覚化する際、情報に質量を持たせたいと考え、さまざまな糸で時間を織って表現した。24時間を表す24本の縦糸の間を、横糸がつなぎ、樹木の年輪のように時間の重なりを示している。

ファッションブランドを選んだ理由について、「デザイナー本人が亡くなった後も、ブランドは彼らを愛した人たちによって引き継がれます。それは、私たちも一緒なのではないかと思いました。亡くなった人のことを、家族や愛する人たちが想えば、生きていた記録がずっと残っていくと感じてほしいのです」と西山さんは話す。「なんでもない時間を残す」ための方法として、インターフェースと表現の双方からアプローチした作品だ。

▲「時間の価値に差はなく対等のはず。人生そのものである時間の連なりを、可視化する方法を考えました」と西山 萌さん。

▲中心が誕生の瞬間。コレクションやキーカラーのルーツを調べ、素材と色を決めたという。例えばシャネルは、無垢なピンク色からスタートし、物資不足の際に女性服に取り入れたジャージー素材や、最後のコレクションで用いた赤色の糸が織り込まれている。

菊池美涼さんは「音楽の視覚化」を試みた。「IROHANI」と題したこの作品は、音階に色が見えるという特性を持つ、共感覚者たちが音に感じる色を視覚化したもの。色を譜面に当てはめたダイアグラムと、ピアノを弾くとスクリーンに色が現れるシステムからなる。この音と色の関係は、新潟大学の脳研究所統合脳機能研究センター、伊藤浩介助教のグループが発表したデータを用いている。共感覚をもつ人にとっての音楽を疑似体験できる作品だ。

▲「音楽は時間芸術なので、何度も続けて再生できるイメージで円形のダイアグラムにしました」と菊池美涼さん。

▲音が流れるイメージでプログラミングも自作した。テンポが速い曲だと、色が重なって発光するという。音大生の菊池さんの妹が演奏してくれた。

「パソコンの中にはたくさんのフォントが入っているのに、多くの人は適切に使えていません。フォントへの意識を改善したいと思いました」と話す中迫優理子さんは、「VOICE FONT」と名づけたインタラクティブな作品を制作した。マイクに向かって「こんにちは」と声をかけると、その人の音声に合ったフォント(声の高低で決まる)で書かれた「こんにちは」の文字がスクリーンに現れる。ひとりひとりの声をフォントに置き換えて可視化し、それぞれのフォントがもつ印象の違いを感じてもらうことを目指したという。

▲音量によって表示されるサイズも変わる、中迫優理子さんの「VOICE FONT」。

▲フォントは全部で15種類入っているそうだ。筆者はヒラギノ角ゴプロ(W3)だった。

日常生活に欠かせない、飲料用のペットボトル。現在は各社が競ってデザインを変えているが、この形状を全商品で統一すれば無駄がなくせるのではないか、と植田美穂さんは大胆な提案をした。タイトルは「PULL PET」。基本となる形状は持ちやすさに特化して制作し、さまざまな企業の飲料ラベルもリデザイン。工夫としては、指がかかる突起をつけ、リサイクルしやすいようにラベルも剥がしやすくした。

▲「500mlだと毎回少し余るという声を多く聞いたため、約400mlで設計しました」と植田美穂さん。

▲権利関係でパッケージデザインのディテールは掲載できないが、リデザインされた飲料がずらりと並んだ。

松本麻友香さんは、お弁当による新しいコミュニケーションの形を提案。「新言語としてのお弁当」として、さまざまな感情を食材によって表現した。「激おこ」では大量の唐辛子が詰め込まれていたり、「戦だ!」ではインターネット上でも話題になるふたつのチョコレート菓子が半分ずつ並んだ。永井教授からは「LINEスタンプのように一瞬で伝えられる新しい言語として、現代で普及するのではないか」という評価を受けたという。

▲「使用した食材はすべてチャーハンにして食べました」と松本麻友香さん。

▲手前の弁当箱には蓋を開けてから食べ終わるまでの映像が投影されている。

的確な課題設定

これまで取材してきた美術大学の卒業制作展では、個人の嗜好や興味に沿って生まれた作品が多かった。それに対し、この学科では社会に対する疑問を起点にした作品が特徴的で、それは今の日本の美術大学に不足している部分だとも感じた。その際、提起した問題がリアルであればあるほど、具体的な数字や実現可能性、提案の妥当性などが、必然的に求められてしまう。

社会問題の解決は、その課題を取り巻く現状を調べ尽くし、十分に知るところから始まる。今回の展示でも、等身大の実社会に則した問題提起であるがゆえに、調査が十分か悩ましい作品もあった。提案内容で本当に課題を解決することができるのか、そもそも設定した課題自体は妥当か、と常に自分自身に問い続けることも必要だろう。調査と表現の間を何度も行き来するなかで、作品は成長していく。多摩美術大学統合デザイン学科が目指すのは、まだ他にはないユニークな場所。今後の発展がひじょうに楽しみだ。End

多摩美術大学 統合デザイン学科 永井・岡室プロジェクト卒業制作展「issue & idea」

会期
2018年3月16日(金)~3月18日(日)
会場
アクシスギャラリー
詳細
http://www.facebook.com/togo.bpro.2018/