【卒展2018】多摩美術大学情報デザインコース。
伝え方を根底から考える。

▲代表の松岡アレシア未央さん(右)と、副代表の錦戸音々子さん(左)。受付まわりもすべて手づくり。

▲2フロアに分かれていた展示。上のフロアはモニターを使う作品が多かった。

2018年の卒業制作展のうち、首都圏の学外展を中心にレポートするシリーズ。それぞれの大学、学部、コース、そして今の時代の学生たちの特徴や雰囲気を伝えていく。

シリーズ9回目は、2018年3月9日(金)〜11日(日)までの3日間、五反田の東京デザインセンターで開催された、多摩美術大学情報デザイン学科情報デザインコースの卒業制作研究展・2018「yes」。

この展示のひとつの特徴は、作品バリエーションの豊富さである。グラフィック、プロダクト、映像やアプリケーション、あるいは空間インスタレーションまで、多岐にわたる表現の、53名の作品が集まった。

同学科の永原康史教授は「多様性というのは、学科そのもののテーマです。『情報をデザインする』ために具体的に決められた形式はありません。ある情報をどう表現すると有効なデザインになるのかを考えながら制作するので、同じ課題に取り組んでも、みんな回答は違います。普段の授業からそうなので、今回の展示が特別というわけではないんです」と、教えてくれた。

展示の企画・運営は学生が主体で、教員は関わっていない。大学から多少補助金は出るものの、基本的に資金集めも学生の役割で、かなりの金額を学生たちが積み立てるそうだ。今回の展示の実行委員代表を務めた松岡アレシア未央さんと、副代表の錦戸音々子さんは「先輩から前年の情報を引き継ぎ、1年間、毎週会議をして、設営も大変でした。展示自体が自分たちの作品のようです」と苦労を語った。

▲2フロアに分かれていた展示。上のフロアはモニターを使う作品が多かった。

複雑な情報を可視化する

まず、手の届きにくい情報に着目し、スマートに整理して可視化した、ふたつの作品を紹介する。

神場雅史さんは、鉄道路線とバス路線の両方を同時に確認できるシステム「シームレス路線図」を制作した。両者をひとつの平面上に無理やり入れてしまうと、鉄道路線図の基準ではバスの停留所が細かすぎて見えにくく、逆にバスに合わせると、鉄道駅は間延びしてしまうことに気づいた。そこで、ブラウザ上の地図のインターフェースを利用し、縮尺の大小で、表示するデータの種類と形状を変えることにした。縮尺の小さいときは鉄道だけが表示されているが、大きくなるとバス路線図が現れる。拡大図ではバス路線図が大きく表示され、鉄道路線図は現実の線路の形状に則して描かれる。これまでなかったことに驚くほど、スマートな解決法を提示した作品だ。

▲ずっと鉄道やバスが好きだったという神場雅史さん。路線図は地道にIllustratorで描いていったという。

▲鉄道路線図は大きく抽象化されているが、シームレス路線図では縮尺が大きくなるにつれて、地形に則したラインになっていく。

▲今回は川崎駅周辺を実装した。ポップアップでバス停の場所も表示される。

冬季オリンピックでも盛り上がりを見せたフィギュアスケート。神取万由子さんは「フィギュア・ステップ NAVI」と題して、技のジャンルのひとつ、ステップシークエンスを解説するコンテンツを制作した。さまざまなジャンプやスピンがフィギュアスケート競技では入り交じるが、ひとつひとつの技を理解するのは困難だ。しかも、注目されるのはトリプルアクセルや4回転ジャンプなどの大技で、ステップシークエンスの詳しい解説はほとんど見つからないと神取さんは言う。この作品では、シャッセ、トウステップなどのステップ動作を、実際の演技の動画に合わせて、刃の向き、角度、描くストロークなどから、わかりやすく図解している。

▲書籍やウェブサイトだけでは理解できなかった部分を知るために、自らスケート教室にも通ったという神取万由子さん。

▲実際の動画に加えて、身体を単純化したモデルでアニメーションもつくり上げた。最も苦労した部分だという。

視点を変えて届ける

なんとなくは知っているものであっても、伝え方によって届き方は大きく異なる。そのような情報デザインを実践する作品も多くあった。

「手話(ては)、口ほどに、ものを言う。」のタイトルで、映像インスタレーションを制作した上田昂輝さん。自身も幼少時から耳が聞こえにくいものの、普段の会話には問題がないため、手話は使わずに過ごしてきた。しかし、友人たちが用いる手話に魅力を感じ、その理由を探ったのがこの作品のきっかけだ。

8つのモニターにはそれぞれ手話を使っている人が映っており、対になる人との会話になっている。例えば、30mくらいの距離で「大声で」会話をする人たちや、手話が第一言語の、いわばネイティブスピーカーたちがキャッチボールしながら片手でする様子など、いろいろなバリエーションが見られる。手話がわからない自分でも、手の動きから会話の内容に想像を馳せ、この視覚言語の魅力に気づかされた。

▲卒業制作をきっかけに、手話教室に通って勉強中という上田昂輝さん。

▲手話がわからない人のために、モニターの裏のパネルには内容の一部が書いてある。

「地元のお祭りがひとつ消えてしまったことに、異様な喪失感を覚えた」と言う橋本春日さんは、「祭りの声」と題した作品を制作した。橋本さんはまず、東京都と神奈川県で開催される10個ほどの祭りに参加。そのうち、4つの祭りを作品として取り上げた。「祭りの魅力」と「祭りの現実」の二部構成で、それぞれの華やかな部分や特産物を伝える箱と、後継者や資金不足などの問題を含めた現実的な部分を伝える映像を制作した。

祭りの魅力を伝える箱には、特産品や街の特徴を伝えるプロダクトと、祭りの歴史やエピソード、雰囲気がわかる冊子が入っている。橋本さん自身が体験した楽しさを伝えることに注力した。

▲「祭りが半永久的に続くための作品をつくりたかった」と橋本春日さん。

▲神奈川県・真鶴街の「貴船祭」は、漁の安全祈願のため、船に神輿を乗せて神社を往復するお祭り。この箱は寄付金の返戻品や、祭りの土産物に使うことを想定しているという。

中路美雪さんの「ヒロシマを読む」は、原爆投下の事実を新しい切り口でまとめた3部構成の大作。原爆を感情的に怖がるだけでなく、地理的・歴史的事実を整理したうえで、被ばく者の言葉を伝えるために制作された。

広島県で生まれ育った中路さんは、平和教育を小学生のときから当たり前に受けてきたが、上京してそれが全国的ではないことを知り戸惑った。さらに、原爆について語られるときは、感情的なものが中心になる傾向にある。疑問を感じた中路さんは「情報から原爆を読み解くことで、冷静な視点で興味を誘いたい。そこから被爆者の耳に傾けてもらうほうが、若い世代には伝わるのではないか」と考えた。

3部構成のうち、第一部は、1945年8月1日から数カ月分の、毎日新聞と中国新聞から見出しだけを抜き出したもの。当時の情報操作や原爆投下前後のマスメディアの視点が読み取れる。そして第二部は、黒い雨の降った地域と、爆発の直接被害があった地域を爆心地を中心に示した地図。地獄絵図として語られる風景が直径約2kmなのに対し、黒い雨が降った地域はひじょうに広範囲であったことがわかる。そして、第三部は、被爆者にインタビューをして、読み物としてまとめた冊子。難しいテーマに対して、冷静な視点で真っ直ぐ故郷へ寄り添った。

▲「東京に平和教育がないことを知ったときは少しショックで、ギャップを感じました。しかし、自分がやらないと多分誰もやらないと、使命感のようなものもあり、作品にすることにしました」と中路美雪さんは話す。

▲左側が新聞の見出しを抜き出したもの、右側が爆心地を中心とした地図。

展示も情報デザイン

作品もさることながら、展示自体にも随所に工夫が見られ、トイレのピクトグラムや、クロークのタグまで手づくりであることに驚いた。永原教授も「今年は展示がとてもよいです。情報デザインはインタラクションを大事にしているが、作品と見る側のインタラクションをどう設計するかもひとつのデザインと考えています」と評価していた。通路や導線、作品間の幅の取り方や、サインやキャプションの配置やデザインなど、作品だけでなく、空間そのものにも情報デザインの学びが生きていると感じられた展示だった。End

多摩美術大学情報デザイン学科情報デザインコース卒業制作研究展・2018「yes」

会期
2018年3月9日(金)〜3月11日(日)
会場
東京デザインセンター B1-B2 ガレリアホール
詳細
http://www.idd.tamabi.ac.jp/design/exhibit/gw17/