【卒展2018】静岡文化芸術大学。
浜松市とのつながりが見える展示。

▲展示台は今回の卒展のために自作したもの。色や寸法を作品ごとにカスタマイズしている。

2018年の卒業制作展のうち、首都圏の学外展を中心にレポートするシリーズ。それぞれの大学、学部、コース、そして今の時代の学生たちの特徴や雰囲気を伝えていく。

シリーズ8回目は、2018年3月9日(金)〜11日(日)までの3日間、AXISギャラリーで開かれた、静岡文化芸術大学の卒業制作展「S TEN TOKYO 2018」。学科を越えた有志20名の作品が展示された。

展示はすべて学生が企画・運営をし、出展者が資金も集めた。大学と関わりのある企業を中心に、よく行く飲食店や、アルバイト先などに協賛を依頼したという。展示運営のリーダーを務めた杉本広美さんは「4年間、浜松で勉強していると、市内で仲良くしてくれる人が増えるんです。周りに支えてもらって今回の展示はできています」と語った。東京の美術大学と比較すると、地域とのつながりの強さを感じられる展示だった。

金属加工の魅力

「鉄を纏う」のタイトルでスケイルメイルを制作した渡辺瑞緒さん。鉄の素材としての美しさを伝えるため、一枚ずつ研磨し、酸化膜でグラデーションをつけている。生き物の鱗を参考に生み出された歴史があり、一枚ずつリングで連結された鉄のプレートは、着用すると縦横になめらかに動く。鉄の見せる艶めかしい印象を意識して制作したという。

▲もともと西洋甲冑が好きだという渡辺瑞緒さん。「防具であると同時に、当時の最先端の技術が使われていましたし、美術品としても美しいと思います」と話してくれた。

▲実際に自身が着用して撮影した。

会場で一際目立つ巨大なオブジェのタイトルは「人間ガチャガチャ」。制作した石川真維子さんは「就職活動をしていたときに感じた違和感がコンセプト。大きいガチャガチャの中に若者がいて、それを企業が引き当てていくイメージがありました」と話す。

▲就職はせず、大学院へ進学準備中という石川真維子さん。中には3人くらいまで入れる。

▲外側は手で囲まれており、全部で108個、煩悩と同じ数ある。「自分を選んでくれという欲望を表しています」(石川さん)。

地域の人へのリサーチ

佐藤里菜さんは「Dentrip」という、外出時用の入れ歯・矯正器具用の洗浄キットを提案した。近年、アクティブな高齢者がますます増えている現状に着目した佐藤さんは、生活のなかでの問題点を地域の人たちに調査した。すると、旅行や外出時の入れ歯の取り扱いに悩んでいる人が多いことがわかった。既存の商品をリサーチし、外観、利便性、持ち運びやすさなどの要件から、直接水を入れられる紙製の使い捨て容器を思いついた。中には粒状の洗浄剤がセットされており、水を注げばすぐに使えて、一時的な保存容器にもなる。

▲佐藤里菜さん自身は歯列矯正用のリテーナーを使用しており、外出時の取り扱いには同じように困っていたそうだ。「入れ歯を使う方だけでなく、矯正器具を使う若い人にも使ってもらいたくて、共通の悩みを解決しました」と話す。

▲「入れ歯を人から見られたくない」という意見も多かったため、なるべく外から見えにくい外観にした。洗浄液は30分経つと青から透明になるため、洗浄終了のタイミングは色の変化で小窓から確認できる。

浜松の特産品で有名なのはうなぎだが、実はガーベラの生産量も日本一。辻村夏美さんの卒業制作「GARBERA IN HAMAMATSU」は、浜松市内でガーベラを生産する「浜松PCガーベラ」のブランディングだ。「ガーベラを使ったイベントブースのデザインをしてほしい」という依頼が大学に来たのがきっかけだった。ディスプレイだけでなく、まだ広くは知られていない浜松の特産品を伝えようと、ロゴのほか、名刺やグッズなどもデザインし、実際に提案したという。

▲「自分も浜松出身。特産品はうなぎだけじゃないと伝えたいです」と辻村夏美さん。

関心を作品へ

漆畑菜月さんは、外国人観光客に本当の日本を知ってもらうことを目的に、ペーパークラフトのジオラマとストップモーションのアニメーションを制作した。モチーフにしたのは、日本のサラリーマン。真面目、内気、働きすぎなどの偏ったイメージだけでなく、会社の姿と家の姿のギャップをユーモアをまじえて表現した。

▲「家でのお父さんの姿と、会社で仕事をしているときのギャップが一番あると感じたのでサラリーマンをモチーフにしました。例えば、会社では部下に尊敬されているけれど、家庭では奥さんに頭が上がらないというギャップが面白いので」と漆畑菜月さん。

▲お母さんと子どもはジュースやコーヒーを買っているけれど、お父さんはお水だけというような、日常のひとコマを表現。

荒田海優さんは「四季が咲く」と題してテキスタイルを制作した。日本の季節を示す、二十四節気・七十二候の花の名前からモチーフを選び、ひとつひとつ布の上に季節が表現されている。花はプリントではなく、さまざまな素材や技法を用いて、よりリアルに感じられるようにデザインされた。

▲「布という身近なもので、季節を感じてもらいたい」と荒田海優さん。

▲展示期間に合わせて、春の花である椿をモチーフにしたテキスタイルを用いたスカートやバッグも制作して展示した。

展示運営のリーダーも務めた杉本広美さんは、ビールの醸造キットを制作。同世代にビールが好きな人が少ないため、つくり方から学べば、身近な存在になるのではないかと考えた。「コーヒーも豆を引くところから始めると、生活がちょっと豊かになる。ビールも同じなのかなと思います。ビールの種類の豊富さや、飲みやすいものがあることを知ってもらえれば」と話した。

▲好みのビールは「ドイツ系のバイツェンなど爽やかなものが好きです」と杉本さん。

▲日本では個人がアルコール度数1%以上の飲料の製造は禁止されているため、今回のキットも1%未満になるように配慮されている。

新しいデザイン学科へ

静岡文化芸術大学は、2017年度までは空間造形学科、メディア造形学科、生産造形学科の3学科制だった。学外展はそのなかの生産造形学科、いわゆるプロダクトデザインを学んできた学生が中心となり開催してきたが、2018年度より3学科は「デザイン学科」へ統合された。「2004年から今年まで続いていた、学生たちが自らお金を集めて開催するという展示方式は、今回で一区切り。学生たちも最後の機会に、恥ずかしくない展示にしようとがんばっていました」と同大学の谷川憲司教授は話す。新しい静岡文化芸術大学が今後どのように変化するのか、期待したい。 End

静岡文化芸術大学 有志卒業制作展「S TEN TOKYO 2018」

会期
2018年3月9日(金)~3月11日(日)
会場
アクシスギャラリー
詳細
http://sten.tokyo