建築家・隈研吾展
「くまのもの」に見る、好奇心あふれる素材の探究

▲展示会場に足を踏み入れると、竹や木の匂いに迎えられる。「ビジュアルだけでなく、五感すべてに訴えかけてくるのが素材の面白さ」と隈。80ミリ角のヒバ材を傘状に組み合わせた「Coeda House」の模型(奥)や、「スターバックスコーヒー 太宰府天満宮表参道店」や「サニーヒルズジャパン」に取り入れた立体格子の模型(手前)など。

隈 研吾の個展が東京ステーションギャラリーで始まった。新国立競技場整備事業や、今年9月にスコットランドにオープンする「ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム ダンディ」など、世界各地で多数のプロジェクトに関わる建築家だ。大型施設だけでなく、パビリオンやインスタレーション、プロダクトなど、小さなものづくりにも力を注いでいる。そんな隈が30年にわたって取り組んできた木、石、ガラスなど10種類の物質の研究に焦点を当て、これまでの仕事を振り返る内容だ。

物質・素材の復権

東京ステーションギャラリーにとって建築とデザインは、近現代美術と並ぶ重要なテーマ。建築家個人に焦点を当てた展覧会は、ジョサイア・コンドル、辰野金吾、前川國男、高松 伸、安藤忠雄、磯崎 新に続く7人目となる。

報道向け内覧会の冒頭、隈は「(東京大学の)大先輩である辰野金吾先生(1854−1919)が設計した東京駅(1914年竣工)は僕の大好きな場所。鉄骨とレンガの混構造という独特で理にかなった建物は、われわれがやろうとしている物質・素材の復権というテーマにもってこいだと思いました」と挨拶した。

▲展示会場を案内する隈 研吾氏。

コンクリートを20世紀の工業化社会におけるお仕着せの「制服」のようだと語る隈は、それに代わる素材をひたすら探求してきた。木造建築や木材の価値を世界に向けて発信し、今や「木の建築」は隈の代名詞にもなっているが、ほかにも紙、土、石、アルミ、樹脂、ガラス、近年では膜素材や繊維まで、多彩な素材研究と建築への実践を続けている。

▲展示会場には素材の研究をまとめた樹形図が展示されている。

本展を担当する成相 肇学芸員は、「これだけの素材を集めてみると、それらに紐づく工法や原理が見えてきて、隈さんらしい建築の思想が自ずと醸し出されてきます」と説明する。素材の並び順は時系列から自由に構成。隈の名を世界に知らしめた中国・万里の長城の「Great (Bamboo) Wall」(2000年設計)の「竹」に始まり、なかでも用いる機会の多い「木」、さらに「持ち運びできることは建築の民主化につながる」という氏の主張を象徴するような「紙」と続き、次のフロアでは「土」「石」「金属」などの取り組みが紹介される。

▲香りという要素に焦点を当てた、竹ひごを使った新作パビリオン「香柱」。

▲「紙」のエリアで解説する隈。卵ケースの構造に着目した「Paper Brick」(奥)や、バルカナイズドペーパーを丸めた筒でトンネル状の空間をつくる「Paper Cocoon」(左)。

小さなものがいちばん面白い

世界各地のプロジェクトに関わると、その土地ならではの素材や技術に出会えるという。「木の技術は圧倒的に日本がすごい。フランスは金属が得意で、イタリアは石。各地の素材を使って、現地の人たちから教わるつもりで取り組むと、それぞれの得意なことを引き出せるのでとても面白いんです」。展示会場の設営時には竹や石といった専門の職人が続々とやってきて、成相学芸員は「隈さんと多彩な職人さんたちとの交流関係が見て取れた」と話す。多忙にもかかわらずフットワークよくさまざまな職人と会い、材料をいじりながらアイデアに結びつけようとする姿勢が印象に残ったという。

▲「石」のエリアの中央に置かれる「ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム ダンディ」の模型。「砂利をむき出しにして、スコットランド特有の崖の風景のような荒々しいテクスチャーをどうしたら現代に再現できるか考えた」と、外壁の実物のピースも展示。

▲「樹脂は、軽くて小さなピースを組み上げるのに向いている」と隈。「Water Blanch House」の住宅の外壁をつくるためのポリタンクのユニット。中に入れる水で重量や温度なども調節できる。

大規模な建築を精力的に手がける一方、横丁のやきとり屋の改修や、チェコのガラス工房で焼き杉を型にしたガラスのプロダクトなど、小さなものづくりにも旺盛な好奇心が注がれる。「大きさは重要ではないんです」と隈。「小さいものは、職人とみっちり話をしながら取り組めるので、僕らの活動にとってはとても大事。むしろ、いちばん面白がっている部分かもしれません」。大きな建築でもできるだけ小さいピースの材料を使うことを心がけている。そのほうがつくるのも解体も簡単で、持ち運びしやすく、何より人間にとって親近感を持ちやすいからだ。

▲やきとり屋「てっちゃん」の改修に使用したのはLANケーブルの廃材。

▲「Yakisugi Collection」は、焼き杉のテクスチャーをガラスに転写したランプやグラス。

そんな隈にとって「今、いちばん興味を持っている素材」である「膜/繊維」が、会場のラストを締めくくる。「20世紀の建築はとても重たいものでした。これからの建築は衣服のようにもっと軽くて柔軟なものになっていくと思います。膜や繊維そのものが構造体になるかどうか、いろいろな材料を試しているところです」。透明な膜素材ETFEを使って空気を入れたユニット「Air Brick」 や、ポリエステルの防水シートでできた傘を15本分つないでシェルターをつくる「Casa Umbrella」など、まだ実験段階ではあるが、へき地や避難場所で活用される可能性を秘めている。

▲「Casa Umbrella」。「ひとり1本の傘を持って避難するというコンセプト。ファスナーで15本分をつなげるとシェルターになります」。

素材愛に満ちた展覧会

隈の素材を追い求める旅はこれからも続く。「われわれがこれらを通じて何をやってきたのか。それはある種の研究なんだろうと思います」と自らを振り返る。「普通、建築家は作品をつくるという感じがします。でもわれわれの場合は作品をつくるというよりは、研究を続けていくなかで発見し、そこからまた次の発見につなげる、という一種のラボラトリー(Laboratory)のような活動なんです。そこで本展のサブタイトルは、素材に対する愛(Love)にもかけて『a Lab for materials』としました」。

本展は、素材という側面から建築を紐解く、とてもユニークな建築展であると同時に、重要文化財であるレンガ壁で囲まれた展示室に多彩な素材が散りばめれられ、空間そのものがひとつの実験室のようでもある。形や色、質感、匂いなど、素材そのものが放つ主役級の存在感を味わうことのできる展覧会だ。End

▲エントランスホールに置かれた「Tsumiki」。積木は、隈にとって建築の原点でもある。

くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質

会期
2018年3月3日(土)〜5月6日(日)10:00〜18:00(金曜日は20:00まで)
休館
4月30日を除く月曜日
会場
東京ステーションギャラリー
詳細
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201803_kengo.html