コーヒーカルチャーの街、メルボルン。
歴史と現代性を融合したHigher Groundのカフェデザイン

▲「Higher Ground」店内。キッチン上に設けられた客席から店内を見返す。既存建物には給排水や空調設備が備わっておらず、床下や腰壁の一部にダクト類を新設し、空調の吹き出し口を床面に納めるなど細やかな設備計画により、見せたくないものを極力排したデザインが実現した。Photo by Sean Fennessy

オーストラリアを代表する都市、シドニーと言えばビジネスの中心地であり、街を代表するアイコンは「オペラハウス」。では、メルボルンを代表するものは何だろうか。ファッションやアートも欠かせないが、昨今は世界の中でその存在感を示す“コーヒーカルチャー”がメルボルンを語るうえで重要なキーワードとなっている。

人気カフェオーナーによる「Higher Ground」

メルボルンにはカフェが数多くあり、イタリアから伝わり、独自の進化を遂げたエスプレッソ系のコーヒーや、こだわりのマイクロロースターが焙煎したシングルオリジンのフィルターコーヒーを味わうために各地のコーヒー通が訪れる。今回は、インテリアデザインの観点から、現代のメルボルンらしさを象徴するカフェ「Higher Ground」を紹介したい。

シティ内の西側、サザンクロス駅近くに2016年にオープンした同店は、前回ウォールアートを紹介した発電所跡の再開発エリアの一角に位置する。オーナーは、サウスメルボルンで女性客が行列をなすカフェ「Kettle Black」などを展開するNathan Tolemanさんだ。彼らの経営するカフェは、そのフードやドリンクの充実ぶりだけでなく、使いやすい厨房など働きやすい店づくりをすることでも知られ、顧客だけでなく従業員からの人気も高い。

▲中央奥に見えるスチール製階段の上はバーカウンターとラウンジスペース。手前に見える椅子はnendoがデザインしたカンディハウスのSplinter。Photo by Sean Fennessy

▲レンガ造の壁の一部には、既存建物を支えた鉄骨などが残されている。Photo by Sean Fennessy

設計のキーコンセプトは“親密さ”

「Higher Ground」の設計を手がけたDesign Officeは、バーバー・オズガービー率いるロンドンのユニバーサルデザインスタジオで経験を積んだMark SimpsonさんとDamien Mulvihillさんがオーストラリアに帰国後、2008年にメルボルンで設立したデザイン事務所。代表のふたりに話を聞いた。

「天井高が15mもあるレンガ造の大空間はとても魅力的で、オーナーのNathanからのリクエストは、この建物を生かしながら朝早くから夜まで営業できるオールデイダイニングをつくりたい、というものだった」。当初、オーナー側からはホテルロビーのような雰囲気にしたい、という要望もあった。それに対してふたりは、店内に数時間滞在し、食事をしたり仲間と語り合ったりするのに、ただ広々としたロビー空間ではなく、顧客同士が互い親しみを感じられるような場所にしたいと考え「空間のダイナミックさを生かしながら、さらに“親密さ”を表現する」ことをキーコンセプトに設定した。

▲大理石を使ったハイテーブルやソファなどさまざまな客席が6つの高さのフロアに用意されている。Photo by Sean Fennessy

▲営業中の店内の様子。正面奥のオープンキッチンの上部はラウンジスペース

6段階のレベル差を設けた客席プランニング

「この空間を効率的に使うには、一部を中二階として客席を多く設ける方法があるが、それではカフェらしい温かみや親密さを表現できない。そこで、6段階の高さの異なる床を設け、緩やかにつなぐプランを考えていった。隣にいる人との距離や窓からの眺めなど、現場で机を積み重ねてその上に椅子を置いて、実際に僕らふたりで実験してみたんだよ。そこで、『うん、このアイデアはいける!』と確信したね。また、建物内には上部の新築棟を支える5本の巨大な柱があり、それに対応する客席配置を考えているときに、スチールの階段を組み合わせることを思いついた。レンガと対比的なスチール階段はデザインのアクセントにもなるし、動線も確保できる。窓際のゲストがトイレに行くには、一度階段を上がって上の客席エリアを通り抜けて階段を降りるシークエンスを想定した。わざわざ階段を昇り降りさせることは僕らが意図したもので、店内のいろいろな雰囲気を味わってほしいし、次はこちら側に座ってみたい、という来店動機にもつながるからね。また、飲食店にとっては長く使えることも大切なことで、フロア構成や厨房配置などは20年経っても色褪せないように計画したつもりだ。それに対して、家具や植栽、店内のカラーなどは将来更新していけるものとして考えている」。

▲設計中に、MarkとDamienは現地にテーブルと椅子を積み重ね、隣接する座席の距離感や高さを確認した。Photo by Design Office

数多くの色を使い分けた、Higher Groundのカラースキームについて聞くと、「ピンク、グリーン、ブルー、グレー、黒など多くの色をひとつの空間に取り入れたのは僕らにとっても初めての経験だった。色だけが目立たないように、ニュートラルな色調を慎重に選んでいったが、特に階段のミッドナイトブルーには苦労したよ。サンプルを見ながら、わずかにグレー味のあるブルーを選んだ。しかし、現場でいざ塗ってみると、それはチャコールグレーのように感じられて、青みがほんの少し足りなかった。そこで、二度塗りが始まったタイミングで塗装業者に話をして、すべてを塗り直してもらったんだ。塗料を僕らが自分で買いに行って、ペインターに手渡した。あまりにタイミングの悪い決断だったから、ウイスキーを1本つけてね(笑)」。

▲レジカウンターのディテール。エッジを丸く仕上げたグレー系のグリーンテラゾを用いている

▲客席パーティション。黒く仕上げたパーティクルボードやスチール、テラゾなど、派手さはないが上質な素材使い

ディテールへのこだわりが、ホスピタリティ空間に豊かさを与える

歴史的な建造物を商業施設や店舗に転用する際のポイントを尋ねると、「古い建物を改修するプロジェクトは数度手がけたことがあるし、メルボルンではそうした事例は数多くある。僕らが設計する際には、古い建物ならではの制約を楽しんでデザインするようにしているよ。そこから新しいアイデアが生まれることがあるんだ。今回のコンクリートの構造柱はあまりに巨大だったが、設備のパイプを添わせるには最適だったし、あの柱を回避するために階段のアイデアが生まれた。また、リノベーションの事例では、古いものと新しいもの、人工的な素材と自然素材のバランスに特に気を使っている」とポジティブに答えてくれた。

カウンターや階段まわりの繊細なディテールについては、「素晴らしい施工者たちが僕らのデザインを実現してくれた」と語る。面取りした部材を45度のトメ加工で組み上げた端部など、シャープな見栄えが随所に実現されている。学生時代に建築と都市計画を学んだMarkと、インテリアデザインを学んだDamienというふたりの異なる背景と、ロンドン時代にユニバーサルデザインスタジオで経験を積んだことも、彼らふたりのディテールへの探究心に大きな影響を与えたことは間違いないだろう。

▲コリングウッドにあるDesign Officeの事務所で取材に応じてくれたMark(左)とDamien

細かく分節されたフロアには、ソファやスツールなど利用シーンに合わせて選べる座席が用意され、“静的”と言えるほど丁寧にデザインされた空間に、生き生きとした植栽、エスプレッソマシンを操るスタッフらの躍動感が加わることで、メルボルンの今を体現した「Higher Ground」は、今日も早朝から賑わいを見せている。End