REPORT | 展覧会
2018.02.05 10:37
東京・六本木のスヌーピーミュージアムは、米・カリフォルニア州にあるシュルツ美術館の公式サテライト。2016年にオープンして以来、半年に一度企画展を入れ替え、現在は4つ目の「恋ってすばらしい。」を開催している。ここで目を見張るのは、「恋」というテーマをドラマチックに描いた空間デザイン。作品の見やすさを重視した通常の展覧会とは異なり、肝心の原画を凌駕してしまうほど空間自体に物語性がある。
大きくカーブした壁に、天井から床までを覆いつくしたドットパターン。壁の小窓を覗けば、誰かと目が合ってしまってドキッとする。スヌーピーをはじめとする「ピーナッツ」のキャラクターたちが繰り広げる恋のドラマを、自分の意思ではどうにもならない「お天気」にたとえて空間に落とし込んでいる。手がけたのは、アートディレクターの祖父江 慎とトラフ建築設計事務所。しかし、ミュージアムのオープン当初から、このような来場者の感性や五感に訴えかける空間デザインだったわけではない。
美術館のようなホワイトキューブの第1回展
再開発を控えた空地に2年半という期間限定のスヌーピーミュージアムを開設することになったのは2015年のこと。同ミュージアムのクリエイティブディレクターである草刈大介は、「ギャラリー、ショップ、カフェという複数の機能を有機的につなげて”大きな体験の流れ”をつくり出したい」と考えた。
このミュージアムの特長は、2年半のあいだに5回の企画展を行うということ。各展のテーマごとに作品をすべて入れ替え、ギャラリーの空間デザインもすべてつくり変える。他の多くの展覧会は、キュレーターを中心に各分野のクリエイターがグラフィックや空間デザインといった具合に分業して制作するのが一般的だ。第1回展「愛しのピーナッツ。」(16年春)も、同じプロセスがとられた。
ところがいざオープンしてみると、想定していたよりも「美術館での鑑賞自体に慣れていない」「原画には執着しない」「そもそも原作のピーナッツを知らない」という来場者が多く、これまでの美術館の展示方法を踏襲する必要がないとわかった。草刈は、「ホワイトキューブの展示室で作品をしっかり見せるというよりは、もっとわくわくするようなリッチな体験を生み出すことが重要だと感じた」。
空間とグラフィックのセッションを開始した第2回展
第2回展「もういちど、はじめましてスヌーピー。」(16年秋)の空間デザインからは、ミーティングにトラフ建築設計事務所のほか祖父江が加わった。トラフの鈴野浩一は、「空間デザインにおいてもグラフィックの力を借りたい。スヌーピーが大好きな祖父江さんにいかに空間でも遊んでもらえるかが大事だと思った」と振り返る。まずトラフが次回展の作品や点数から壁面量を割り出し、「待機列を解消するために動線を長めにする」といった改善点を押さえたうえで、ベース案をつくる。続いて、できるだけ大きく詳細な会場模型をつくり、そこに祖父江らが付せんを貼りながら、壁の色やアクセントとなるグラフィックのアイデアを出していった。
「トラフが用意した真っ白なキャンバスのような空間に、祖父江さんが自由にグラフィックを当てはめていくやり方はすごくうまくいった」と草刈。トラフがそれらのアイデアを編集し、再び祖父江に提案を投げかけるというキャッチボールを繰り返し、空間とグラフィックの相乗効果を高めていく。第2回展では、壁面のカラフルな色づかいや足跡のモチーフを取り入れ、来場者が会場を進むごとに驚きのある空間ができ上がった。
ファンも巻き込み、みんなのミュージアムに
第3回展「ピーナッツ・ギャング・オールスターズ!」(17年春)では、祖父江の勢いがエスカレート。数多くのキャラクターたちの個性を表現した色とりどりのグラフィックや立体パネルが、空間を”ジャック”するように出現した。
加えてこの回から、空間デザインのミーティングを来場者にも公開した。「祖父江さんとのやり取りがとても面白く、自分たちだけに閉じておくのはもったいない」(鈴野)というわけだ。つくり手や来場者という隔てなく、みな一緒に次の展覧会のコンセプトを共有し、意見を出し合う。すべてが空間デザインに反映されたわけではないが、なにかにはヒントになったアイデアもあったという。
ミーティングは回を重ねるごとに参加者の数が増え、2017年11月には60人を超える人々がクリエイターのやり取りを見守った。時には関係者が驚くほどエピソードやキャラクターに詳しい人も。トラフの禿(かむろ)真哉は「見てくれる人の存在や反応を感じながらデザインしていくのはとても刺激になった」と話す。
祖父江がポスターのラフ案を出した途端、参加者から歓声があがり、撮影大会がはじまる場面も。驚くことに、ミーティングの一部始終はSNSで発信可能なのだ。草刈は「何も隠すことはないから」ときっぱり。「クリエイティブのプロセスが面白いと思っている。それをオープンにすることを含めて”みんなのミュージアム”と思ってもらえたら」。
ミュージアムというひとつの表現として
スヌーピーミュージアムでは、空間(トラフ)とグラフィック(祖父江)のセッションだけでなく、さらにコピーライティング(国井美果)や映像(ロボット、WOW)も加わり、それぞれのクリエイティビティをなじませながら、アートや映画などと同じように「ミュージアム」というひとつの表現として育てあげてきた。
第4回展「恋ってすばらしい。」の空間デザインはそのひとつの到達点であり、よい意味で来場者の期待を裏切り、支持を得ている。もちろんそれは、企画展が連続することによる経験の蓄積、クリエイター同士の信頼関係、そしてファンとのインタラクションがあってのこと。草刈らが第1回展から目指してきた「わくわくするような体験」とは、つくり手自身の体験の積み重ねによってはじめて実現できるのだろう。
4月下旬には、いよいよ最終回である第5回展の開幕が控えている。「4月は気候もよいので、屋外のエリアを存分に生かしてピーナッツの世界観を伝える導入にできれば」と語るトラフのふたり。次は、屋内外を通貫するような空間デザインとなりそうだ。みんなでつくりながら考えるプロセスは、今まさに佳境を迎えている。
特別展「恋ってすばらしい。」
- 会期
- 2017年10月7日(土)〜2018年4月8日(日)10:00〜20:00 会期中無休
- 会場
- スヌーピーミュージアム(東京都港区六本木5-6-20)
- 入館料
- 前売券 一般1,800円 大学生1,200円 中学・高校生800円 4歳〜小学生400円/当日券 一般2,000円 大学生1,400円 中学・高校生1,000円 4歳〜小学生600円
- 詳細
- http://www.snoopymuseum.tokyo