見本市会場の中で圧倒的な存在感を放ち、多くの人が足を止めて見入っていた。2017年11月のIFFT(インテリア ライフスタイル リビング)で発表された、「イストク」というブランドの椅子「BRANCH(ブランチ)」である。デザイナーはKAICHIDESIGNの山田佳一朗氏、メーカーは徳島の椅子徳製作所だ。
15年前にデザインした椅子が製品化された
物からつくり手の力強く熱い想いが伝わってくるときがある。この「BRANCH」もまさにそうだった。特徴的なのは脚のデザインで、1本の幹から分かれて伸びる枝のようであり、その分かれた1本は座面に、もう1本はアームへと続いている。脚の厚みは18ミリ。50ミリ幅の材と同等の強度を持ちながら軽量化を実現している。
佳一朗氏がこのデザインを考えたのは、今から15年ほど前だという。
選抜された学生が各大学から集う「Mプロジェクト」
佳一朗氏は、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科の在学中に、幸運にも家具、特に椅子に造詣の深い教授陣に教わる機会を得た。
北欧デザインを最初に日本に伝え、椅子研究者として名高い島崎 信氏と、世界で初めて椅子にチタンを用いた「チタニウムコレクション」(1990年)で知られるデザイナーの寺原芳彦氏である。実技を交えた講義では、インテリアとプロダクトを総合的にとらえて考えたり、折りたたみ式の木製椅子の開発に取り組んだ。
3年生のときには各美大から優秀な学生が選抜され、約1年にわたって椅子のデザインを学ぶ「Mプロジェクト」という学外ワークショップに大学の代表として参加。主宰は、日本初の家具モデラーとして知られるミネルバの宮本茂紀氏で、アドバイザーはデンマーク王立アカデミー大学の主任教授ポール・ケアホルムのもとで学んだ家具デザイナーの渡部浩行氏が務めていた。
リデザインから温故知新を学ぶ
Mプロジェクトでは、毎年1年をかけて、みなで考えたテーマのもと椅子をデザインし、ミネルバで製作して展示会で発表した。Mプロジェクトの根底に流れるコンセプトは、リデザイン。昔の人々がどのような思いでそれをデザインしたのか、その思考の足跡を知るとともに、新しいエッセンスを取り入れて現代に活かすことを目指した。
佳一朗氏は、ミネルバの宮本茂紀氏のことをこう話す。「僕らデザイナーの突拍子もないアイデアに対して意見したり、否定したりせず、どうやったらそれを実現できるかを考えて、むしろこうしたらもっと良くなると発想を伸ばしていくような助言をしてくださいました」。
意匠と構造と機能が一体となった椅子
しだいにMプロジェクトでは、大学を卒業した元メンバーがアドバイザーに加わり、学生と一緒に同じ課題に取り組みはじめた。佳一朗氏も大学の研究室で助手をしていた2003年にアドバイザーとして参加。そのときにリデザインしたのが、「BRANCH」の原型になったものだ。
当時、題材に選んだのは、19世紀末から20世紀にかけて活躍したベルギーの建築家アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデの椅子。アールヌーボーの影響を色濃く受けたその椅子は、脚が植物のような有機的なフォルムをしている。それぞれの脚にはそえ木があり、その部分が強度を高めるための三角形の構造体となっている。
佳一朗氏は、以前から意匠と構造と機能の合理的な融合に関心を抱いていた。この椅子はまさにその3つが一体となって備わり、それが題材に選んだ決め手となった。
植物の枝が分かれて伸びていくように
アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデの椅子をもとにリデザインしていくなかで、佳一朗氏は脚とそえ木を1本の構造にできないかと考えた。「植物も1本の幹から枝分かれしていく。そのほうが素直で自然だと感じたのと、技術的にもそういうことをやっている人がいなかったので新規性がある。挑戦してみようと思いました」。
1本の脚を途中で分離させて、それぞれが座面とアームにつながるデザインができ上がった。その実現のためには、脚にカーブをつける必要があり、知人の家具デザイナーに頼んで曲げ木で試作し、それが成功すると今度はディテールの改良を重ねた。完成したのは1年後のことだった。
「BRANCH」の原型となる椅子をミラノで出展
計6年勤めた研究室を2003年に退職。2004年には若手の登竜門であるミラノサローネのサテリテ展に参加し、Mプロジェクトでデザインした「BRANCH」のもととなる椅子を発表した。
帰国後すぐに新作を加えて、東京・新宿のリビングデザインセンターOZONEで初個展を開催。東京での展示には、日本の家具メーカーも多数訪れた。その中の1社が椅子徳製作所であり、その「BRANCH」につながる椅子に関心を示した。
だが、量産にはやはり脚の曲げ木の部分が問題された。二股に分かれた脚をひとつずつ蒸して成形しなければならず、1本につき2段階の作業工程が必要になる。当然、それによって手間もコストもかかってくる。1脚だけつくるならばいいが、量産は難しく、その時点では製品化に至らなかった。
高度な曲げ木の技術をさらに発展させる
数年後の2011年、IFFTに個人で出展した佳一朗氏は、椅子徳製作所の代表、鷺池博行氏と再会した。それまで家具メーカーのOEMや特注家具を製作していた同社が、オリジナル家具をつくりたいと考えていた矢先のことだった。再会が機縁となり、佳一朗氏はデザイナー兼ブランディングディレクターとして迎え入れられ、2012年に新ブランド「イストク」が立ち上がった。
「BRANCH」につながる椅子が再び浮上したのは、2017年6月のIFFTで佳一朗氏が発表した「HARP(ハープ)」がきっかけだ。この椅子では高度な曲げ木の技術を使い、1枚の無垢板で笠木をしなやかに湾曲させることに成功。この曲げ木の技術を応用すれば実現できるのではないか。実は、鷺池社長はずっと「BRANCH」を製品化したいという想いをもち続けていたのだ。完成までの道のりは試行錯誤の連続だったが、2017年11月のIFFTの発表をもって販売を開始した。
家づくりにも使われる、強度を高める三角構造
昨年のIFFT会場で寄せられた質問には、製造技術のことに次いで、強度面が多かった。「構造自体が強度を高めたものになっている」と、佳一朗氏は説明する。
「家づくりでも、筋交いや火打材など、強度を高める構造はすべて三角形です。この椅子ではその三角形が脚と座面が設置する部分の前、横、上の3カ所に形成されていて、とても強固な構造になっています。だから、座裏には隅木を入れなくてすみました。けれども、私はこの椅子で強度を言いたいのではなく、構造の工夫によって強度を高めることで、脚をより細くスマートにして全体的に軽やかな印象を生み出せたということです。空間に置いたときに、そのことを感じていただけると思います」。
あくなき挑戦がデザインの可能性を広げる
IFFTにはミネルバの宮本氏も訪れて、「BRANCH」を見たという。当時、大学の研究助手だった佳一朗氏の作品が15年を経て製品化されたことについて尋ねると、「今はみな挑戦しなくなっていますから、こういうデザインはいいですね」と語った。
宮本氏が言うように、私も含めて多くの人がこの椅子に惹きつけられたのは、メーカーとデザイナーの両者がタッグを組み、あきらめずに果敢に挑戦した「攻め」の姿勢と、その並々ならぬ想いがデザインから感じられたからかもしれない。
最後に佳一朗氏が思う、家具デザインの魅力について聞いた。
「家具の中でも特に椅子は、可能性が無限にあると思っています。BRANCHの題材になったアールヌーボーの椅子も、僕のように、何百年後かに見た人がリデザインすることがある。僕がデザインした椅子も、もしかしたらさらに何百年後かにリデザインする人が現れるかもしれない。そうやって、どんどん進化し続けていくことで、椅子のデザインは可能性が尽きないと感じます」。
*山田佳一朗氏の新作は、LIVING TALK(リビングトーク)から「HASU(ハス)」を1月のメゾン・エ・オブジェ・パリで。コド・モノ・コトから「おえかきテーブル」や絵や文字をつくれる「エモージ」を2月開催のててて見本市で発表される。
山田佳一朗/デザイナー。1997年武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科インテリアデザイン専攻卒業。同大学研究室助手を経て、2004年KAICHIDESIGNを設立。インテリアプロダクトを中心に、国内外でデザイン活動を展開。考える人、つくる人、 伝える人、使う人とともに考え、関わる人が生き活きと生活できる活動を目指す。「角館伝四郎」「ひきよせ」「イストク」のブランディングも手がける。グッドデザイン賞、レッド・ドット・デザイン賞など受賞。実家の花屋「花ノ停留所」でワークショップを行うなど、自らが暮らす地域でも活動する。
http://kaichidesign.com
イストク http://isutoku.co.jp
ミネルバ http://www.minerva-jpn.co.jp
ピノ・コーポレーション http://www.pino.co.jp
LIVING TALK http://www.living-talk.com
コド・モノ・コト http://www.codomonocoto.jp