INTERVIEW | テクノロジー
2018.01.05 10:00
企画から試作開発まで。設立1年、結成10年のデザインスタジオ。
Ginger Design Studio(以下Ginger)があるのは東京・江東区。町工場が多く残るこの町で、もともと工場だった建物の内装をリノベーションしたマンションの一室にオフィスを構えている。メンバーである星野泰漢さん、横尾俊輔さん、暮橋昌宏さんの3人は東京大学・工学部の出身で在学時より一緒にものづくりをしてきた仲間だ。卒業し、それぞれが企業に勤めながら共同でこのオフィスを借り、平日夜や週末に通い詰めて制作を続けてきた。
会社も設立したのは2016年11月、ちょうどこの取材の1年前のこと。企業から依頼されて手がけるプロジェクトは年々大きくなってきており、2017年はグッドデザイン賞を受賞するなど設立1年にして大きく飛躍した。
「ただこのメンバーでつくるのが楽しいから」と口を揃えるチームワークに長けた3人は、大学院まで専攻した工学をバックグラウンドにもち、アイデアをスピード感をもって形にし、ブラッシュアップしてクライアントに届けることを得意とする。それぞれに蓄積したエンジニアとしての知識と在学時からデザインも手がけてきた経験がプロトタイプの精度や機能面のみならず、同時にデザイン面にも生かされることで、製品化の実現性を高めている。
「全員がソフトウェアからハードウェア、そしてデザインまで手がけることができます。それぞれ明確な役割があるわけじゃなく、その時々で分担しています」(星野)と言うように、彼らのプロジェクトへの関わり方は実にフレキシブルだ。2017年のグッドデザイン賞を受賞しGingerがデザイン・試作開発した「SQUEEZE MUSIC」や「PC Orchestra」を例に、エンターテイメント性に富んだそれらプロジェクトについて、彼らの気持ちのいいオフィスで話を聞いた。
ーー音楽のムードを解析し、それに合ったテイストのジュースをつくる「SQUEEZE MUSIC」はどういったプロセスで形にしていったのですか?
星野 企画はクライアントから頂いて、デザインについては3人でコンセプトを練るところから始めました。それを受けて僕がデザインを起こし、もともと別のプロジェクトで無線通信のコーディングをしていた暮橋がソフトウェアを担当。回路などのハード構築の部分を横尾が手がけました。
暮橋 途中でハードのほうの仕事量が増えてしまったので、私も手伝ったり。臨機応変に動いていますね。
ーーその後プロトタイプを何作かつくったのでしょうか?
横尾 この場合はいくつもプロトタイプをつくったわけではないです。使用する素材同士の組み合わせはデザインと照らし合わせながら念入りに検証しました。
星野 デザイン上でいくつかのパターンを起こしましたが、「パイプを使ったこの形状で」と決めてからはすぐその通りにつくりはじめ、そのまま最終形になった感じですね。
ーー同じく音楽がキーワードになっている作品「PC Orchestra」の場合はどうでしたか?
横尾 これについてはもともと音楽経験のあった僕も含めて、Gingerが作品の企画発案から制作まで関わらせて頂きました。
ーー赤外線センサーが搭載された指揮棒を振ることで30台のPCにひとりずつ映し出される奏者を操作し、オーケストラの指揮者になったかのような体験ができるというエキサイティングな作品です。どんなところが制作時に大変でしたか?
横尾 このシステムが一般に公開される2週間という展示期間のあいだ、正常に動きつづけることを確認するのに時間が掛かりました。指揮棒の耐久性のほかにも、30台のモニターが1台でも落ちてしまってはいけないので、連続で稼働させるテストを何度も繰り返しました。
暮橋 指揮棒に用いた赤外線は家庭用のリモコンに使用されているものと同じシステムなのですが、これが最も使用環境に左右されず、操作する際にも時差なく反応するとわかるまでに試行錯誤しました。家庭用のリモコンに使われるセンサーは赤外線のある周期の点滅にしか反応しないので、太陽光や周りの光の影響をあまり受けないという利点があります。一方で傾きや地磁気、画像認識なども試しましたが正確性や安定性に欠けました。最良の方法に行き着くために、実際に試しながら根気よく検証しましたね。
SXSW2016での出展を経て。
ーー赤ちゃんの笑顔を自動的に記録するベビーカー「Smile Explorer」では海外進出も果たしました。SXSW2016への出展の経緯を教えてください。
星野 ちょうどSmile Explorerを制作していたときに、「Todai to Texas」という東京大学主催のスタートアップやプロジェクトチームを支援するコンテストに応募し、選考を通過したことでSXSW2016に出展することができました。このプロジェクトの場合は企業から持ち込まれた企画をコンセプト段階から共に考え、ハードウェアのデザインと開発、ソフトウェアのデザインを起こして、コーディングのみ外部へ委託することで完成させました。
ーーSXSW2016での会場の反応はいかがでしたか?
横尾 反応はとても良かったのですが、面白かったのは日本とアメリカの文化の違いでした。日本だと赤ちゃんを見守る、写真を記録としてたくさん撮る、ということに需要がありますが、アメリカ的には「そのアイデア面白いね」という反応で。
日本ではベビーカーはゆっくり押すものですが、アメリカってベビーカーでランニングをするんですよね。産後のお母さんのヘルスケアの一環でもあり、人気があるんです。快適にランニングするための車輪の大きなベビーカーが発売されているくらい(笑)。だから、ベビーカーを押しながら落ち着いて写真を撮るというのはそこまで一般的ではないようでした。
星野 ベビーカーマラソンもあるよね。42.195kmベビーカーを押しながら走る(笑)。そういう背景もあるので、Smile Explorerにタイムラプスを撮影できるような機能を搭載できれば需要があるかも、という反応などをもらいました。
暮橋 Smile Explorerは中国で展示する機会もあったのですが、このときには「中国ではベビーシッターに預ける機会が多いので、悪質なベビーシッターを監視する機能が欲しい」という声もありましたね。それぞれの文化で必要とされる機能が異なるのは面白かったです。
人々に寄り添い、人々を楽しませるものを。
これまでのプロジェクトがはじまった経緯を聞くと、どれも「クライアントが別のクライアントを紹介してくれた」「知り合いから直接案件が持ち込まれた」など身近なところから仕事が生まれているケースがほとんど。携わったプロジェクトひとつひとつが営業ツールになっていると同時に、Gingerの3人が心から楽しんで仕事に打ち込んでいることが彼らに頼みたいという人々を引き寄せているようだ。
そんな3人が今後ぜひチャレンジしたいと考えていることがそれぞれあるという。「やはり製品化に取り込んでみたいです」(横尾)。「イベントのための作品も楽しいですが、世の中に残っていくものをつくりたいという気持ちがあります。製品化を目標に据えたメーカーとの仕事もできたら良いなと思います」(暮橋)。「僕は今までやったことのない、テクノロジーを駆使したファッション業界とのコラボレーションを実現したいです」(星野)。
結成した当初は自分たちで制作費を捻出し、Yasai Band、Starter Watch(Autodesk Creative Design Award 2016 セミグランプリ受賞)など、自分たちがつくりたいと思うものを形にしたい一心でつくってきた。現在はクライアントからの要望を受けての企画・制作が多いGingerだが、彼らの「自分たちも楽しく、そして人々を楽しませるものを」というスタンスは揺らぐことがない。
最先端のテクノロジーを駆使しつつも人々が簡単に利用できるようなインターフェースを開発するなど、Gingerの着眼点は常に利用者に寄り添っている。今後発表される予定の作品についても、まだ情報は解禁できないけれど面白デバイス系のプロジェクトが複数あるとのこと(こっそり試作品を見せてもらったが、可愛い見た目の思いもよらない用途のものだった)。
デザインとものづくりを愛するGingerがどう世の中のニーズを探し出し、人々を微笑ませるのか。ますます今後が楽しみなデザインスタジオだ。