地元に根差したものづくり 。
浜松を拠点とするプロダクトデザイナーの松田 優

▲2017年にアッシュコンセプトから発売された「POP UP ANIMAL」。

プロダクトデザイナーの松田 優は、1986年生まれの31歳。生まれ育った静岡県浜松市を拠点に、地元のメーカーとコラボレーションしながら新しいものづくりに挑んでいる。そんな松田の事務所を訪ねた。

▲事務所の机や棚は自作。もともとこの空間は、祖父母が営んでいた米屋だったそうだ。

ロジカルな思考でデザインを考える

松田の作品を初めて見たとき、芸術的な感性で物事を捉えているように思えたが、実は昔から数学や物理が好きで、いつも物事を体系立ててロジカルに思考しているという。大学に入学後、周りの学生がデザインを感覚的に発想することに「戸惑いを感じた」と語る。

大学は、2000年に開学した静岡文化芸術大学で、生産造形(デザイン)学科の6期生。当初はデザイナーがどういう仕事をするのか、あまり理解していなかったと言うが、4年生になり同級生が就職活動をするなか、もう少し学びたいと大学院に進んだ。その後、静岡市にあるデザイン事務所で経験を積み、2013年に独立して自身の事務所を構えた。

▲静岡市文化・クリエイティブ産業振興センターで開かれた第1回「NCC Shizuoka 2013」展に出展した「Haku」。

解体された素材を再構築する

事務所を開設したばかりの頃は、仕事もお金もあまりない状態だった。そこで身近にある安価なもので何かつくろうと、夜中に思い立ってスーパーに向かった。素材として何かに使えないかと、棚に陳列された商品をひとつひとつ見ていくうちに目に留まったのがアルミホイル。

「アルミホイルは、塊を薄い箔に引き伸ばしたもの。ということは、その箔を押し固めれば、元の塊に戻るのではないかと考えました」と松田は言う。

塊をつくるには、まず剥がれにくいようにクシャクシャッとしわをつくり、丸め合わせて金槌で叩き成形していく。ひとつつくるのに1ロール分ほど使い、完成までに約1時間を要した。それにドリルで穴を開けてフラワーベースにしたのが、写真の「Haku」である。

▲「POP UP ANIMAL」の試作。製品は平面の状態で、購入者が自ら形づくって完成させる。

オリジナル素材を使ったものづくり

「Haku」で何週間もひたすらアルミホイルを触り、膜状の金属ならではのしなやかさや強さといった素材の特性を手で理解していくなか、松田はそれを別の作品へと発展させたいと考えた。アルミホイルの両面を不織布やオーガンジー、人工スエード、本革など、いろいろな素材で挟んでスプレーのりで接着してみたという。

布だけでは自立しないが、アルミホイルが間に挟まれていることで多様な形状をつくり出すことができ、曲げたときの折りじわが刻まれて味わいになる。そして、アルミと合皮を合わせた「cALoth(カロス)」というオリジナル素材の開発につながり、その素材の魅力を最も魅力的に伝える作品として「POP UP ANIMAL」を生み出した。

▲手持ちのボトルと組み合わせて使うことができる「SPRING SPRING」のフラワーベース。バネは伸縮するのでいろいろな高さに対応する。

地元、浜松のメーカーとのプロジェクト

松田はこうした実験的なプロダクトをつくる一方で、地元のメーカーと協働したプロジェクトにも取り組んでいる。きっかけは、地元の中小企業の集まりに参加して彼らが抱える問題を聞いたことだった。

浜松市は自動車や二輪、楽器メーカーが多数集まる産業都市として知られるが、近年は全国的に企業の再編が始まっている。本社や工場の移転、海外生産への切り替え、業務の縮小は、浜松も例外ではない。特に下請けや孫請けの小さなメーカーや工場は、極端なところでは数種類だけの部品を製造し、納入先が1社というところもあり、その企業がなくなれば倒産に追い込まれる危険性がある。

皆それぞれに何か新しいことを始めなければいけないという焦燥感を抱いているが、どうしていいかわからないというのが現状のようだ。その現実を松田は改めて知り、地元の誇る技術をもとにしたものづくりに取り組んでいこうと、自分に課せられた使命のように考えるようになっていった。

▲「SPRING SPRING」のアロマディフューザー。機械部品に油を差すように、アロマオイルを垂らすとバネに浸透して香りが拡散する。

最初にあらゆることをリサーチする

そのひとつが、磐田市にあるバネメーカー、遠州スプリングと協働したブランド「SPRING SPRING」の製品だ。

同社が主に製造しているのは、自動車の部品であるラジエターキャップに組み込むバネである。売り上げの95%を1社からの受注が占めるため、リスク分散をすべく新たな道を模索していたときに相談を受けた。

こうしたメーカーからの依頼は、具体的につくりたいものが決まっていない、全くのゼロの状態からスタートすることが多い。そこで最初はリサーチから始める。「工場を見せていただいたり、素材の特性や加工法を調べたり、その会社にとって無理なことはしないほうがいいので規模を調べたり、社長さんと飲みに行って家族構成などプライベートなことまで聞いたりと、最大限でき得る限りいろいろ調べて、ハード面だけでなく、会社の状況、社長や社員の人柄などを含むすべての資源のなかで何ができるか、最適な答えを探っていきます」。

▲塗装メーカーと、デザイナーの谷 雄一郎との協働による素材の試作。アルミホイルに塗料を吹き付け、固まったときに剥がした塗膜。

大事なのは、継続していくこと

現在は、ほかにも塗装メーカーなどと製品の開発に取り組んでいるところで、今後も浜松を拠点に活動していきたいと言う。

「地方は東京より多様な産業があるので、むしろデザイナーとしての活躍の場が多いのではないかと思っています。けれども、出張で2、3日行っただけでは、その街や人や技術の本当のところはわからない。やはりその街に暮らしていないとだめだなと感じています。ものづくりは打ち上げ花火的にやるのでなく、継続が大事なので、それには地元に根を張ってじっくりと取り組んでいきたい。実際に、今はほとんどのクライアントと短期間で終わることなく、その会社の新事業として確立されたり、数年間にわたるプロジェクトとして取り組んでいるところが多いです」。

近年は、静岡文化芸術大学の卒業生が建築家やウェブデザイナーなどになったり、浜松の街中にシェアオフィスを構えて活動する人も現れ始めている。しかし、市内にフリーランスで活動するプロダクトデザイナーはほとんどいない。「卒業生であり、今、大学で教えている立場の僕がこの仕事で飯を食べていることを知れば、学生にも『地方でデザイナーとして独立』という選択肢もあるんだと思ってもらえるんじゃないかと、勝手に使命感を持っているんです」と語り、「各地域に暮らしながら活動するデザイナーが増えることで、地域やメーカーの抱える問題や課題が今よりもっと解決していくのではないか」と未来を展望する。

▲同じく塗装メーカーとの素材の試作。布地に塗装を吹き付けて成形したもの。

その素材がなるべき形を探る

ものづくりをするうえで、これからどういうものをつくっていきたいかと訊ねると、「今までに誰も見たことのない、新しいものをつくりたい」と言う。その新しいものとは、どういうものを目指しているのか?

「一般的な木や金属など、古来の素材でつくるものは、もうひと通り広い意味でのアイデアは出尽くしてしまっているように思うのです。けれども、新しい素材や技術はその素材がなりたい形、なるべき形がまだ見つかっていない。それを探し出す面白さがあって、今までにないものをつくれる可能性を感じています。だから、工場に張りついて新しい素材自体を開発するところからものづくりをしているのです」。

▲サクラクレパスのゲルインキボールペン。すべて芯でできているクーピーをイメージして、全体の重さが均一になるように設計した。

新しいことに挑戦する「やらまいか」精神

浜松の方言で「やらまいか」精神という言葉があるという。「一緒にやろう」「とにかくやってみようじゃないか」という意味だ。「この街には一代で会社を興した経営者も多く、市民のDNAには新しいことに挑戦し、開拓していく精神が根ざしていて、面白いことをやっていくことに前向きな文化があるんです」。

松田の製品からも、その「やらまいか精神」のごとく、前向きなチャレンジ精神や楽しさが伝わってくる。現在、いくつものプロジェクトが進行中で、そのなかには2018年に発表されるものも含まれる予定だ。End


松田 優/プロダクトデザイナー。1986年静岡県浜松市生まれ。静岡文化芸術大学デザイン研究科を修了後、デザイン事務所を経て、2013年プロダクトデザイン事務所[YU MATSUDA DESIGN]を設立。 家具、家電、日用品のプロダクトデザインを中心に、ブランディング、アートディレクションなどを行う。http://www.yumatsuda.com