ゴールドウイン テック・ラボ
ファッションとテクノロジーの融合がここから生まれる

2017年11月、ザ・ノース・フェイスをはじめとするブランドを展開するゴールドウインが、富山県小矢部市にテック・ラボを誕生させた。Spiber(スパイバー)と共同で人工合成クモ糸による製品開発なども進める同社は、このラボからファッションにどんな革新を生み出そうとしているのか。

包括的アウトプットを目指して

富山県小矢部市はゴールドウイン創業の地。周りにのどかな景観が広がっているせいか、テック・ラボに一歩足を踏み入れると、そのギャップに驚かされる。クリーンな白い光を放つ部屋では白衣を着たスタッフが品質検査に勤しむ。鮮やかなブルーの床にトラックのラインが引かれた部屋は、モーションキャプチャによってアスリートたちの動作測定を行う運動研究室だ。

▲さまざまな競技のアスリートが訪れ、モーションキャプチャによる動作測定を行う運動研究室。長めに設計されたウレタン舗装のトラックには、フォースプレート(圧反力計)も埋め込まれている。

元縫製工場だったというスペースを改装した約1,000坪のフロアには、同社のものづくりにおける先端機能が集結する。例えば、ラボを訪れたアスリートのボディが3Dスキャナーで計測され、すぐさま隣のCADルームでパターンに起こされる。試作室では、型紙からサンプルがつくられ、人工気象室では過酷な気候条件を想定した製品仕様テストが行われる。縫製や加工技術を追求するため、ミシンなどの機械のアタッチメントをオリジナルで製作するスペースもある。

▲テック・ラボは元縫製工場の1階部分を改装。中央のアーカイブコーナーおよびミーティングスペースを挟むように、品質検査室や恒温恒湿室など計11の機能が配置された。

「研究、商品、技術、設計開発、リテールを含む各部門からの情報が集約され、製品開発にフィードバックされていく。そんな風通しのいいパイロットプラント(実験工場)にしたいと考えました」。同社取締役の渡辺貴生はそう語る。

アパレル業界は長年、縦割りの分業システムでものづくりを行ってきた。糸の加工から、生地づくり、縫製、生産など各工程でノウハウは蓄積されるが、川上から川下まで全体を見通せるマネージングスキルを持つメーカーは世界的に見ても数少ない。「ゴールドウインにはそのスキルがある」(渡辺)。テック・ラボの誕生の背景には、こうしたアドバンテージをさらに極めたいという意図が込められている。

未来のファッションを紡ぐクモ糸

テック・ラボでひときわ存在感を放つのが、シャンパンゴールドに輝くアウタージャケット「MOON PARKA(ムーン・パーカ)」だ。生地に採用された人工合成クモ糸繊維「QMONOS(クモノス)」こそ、ゴールドウインが今、最も開発に力を注ぐキー・マテリアルと言っていい。

「クモ糸に含まれるタンパク質のアミノ酸配列を独自技術によりデザインし、糸をつくり出したスパイバーの関山和秀さんは、ただ、新素材を開発したかったわけではありません。彼は自然環境に対して深い問題意識を持っている。われわれも同様です。ザ・ノース・フェイスの創業者ハップ・クロップが打ち出した“人類が自然環境を救わねばならない”という指針は、ゴールドウインのものづくりにおけるベースになっています」(渡辺)。

▲QMONOSの光沢ある金糸をそのまま生かし表地に使用したムーン・パーカの初代プロトタイプ。ザ・ノース・フェイスの「アンタークティカ・パーカ」をベースにしている。手前はタンパク質のDNA二重らせん構造の模型。

ムーン・パーカは、テック・ラボのオープンに合わせ、プロトタイプの第2弾でのテスト検証が発表されたばかりだ。最初のプロトタイプがQMONOSの糸の美しさを生かしたデザインだったのに対し、セカンドバージョンでは徹底的に実用性が意識され、耐久性も含めた各種検証テストが製品化に向けて進められている。ただし、ムーン・パーカはQMONOSを用いた研究開発プロジェクトのあくまで始まりに過ぎない。開発は衣料にとどまらず、素材そのものにまで及んでいるからだ。

▲テック・ラボのオープンに合わせてテスト検証を開始したムーン・パーカのプロトタイプ第2弾。より軽量化された印象を受ける。写真は、人工気象室における低温環境での運動テストの様子。*写真提供:ゴールドウイン

アウトドア製品の素材には防水透湿性、保温性など過酷な自然環境に耐え得るさまざまな条件が求められる。同社はこれまでにも、接着や超音波溶着といった独自の無縫製技術を進化させ、最先端のガーメント開発に取り組んできた。

なぜシームレスにこだわるのか? 渡辺はその理由を次のように話す。

「縫い目や接着点がないことで、破損や水分の浸透などを極力防げるからです。確かに生地を無縫製で仕上げることはできます。ただ、その後にラミネート加工を施さなければならない。ではもし、QMONOSに防水透湿性などさまざまな機能を付加できるとすればどうでしょう。未だかつてない画期的な糸が生まれます。ニットでは無縫製のシームレス製品がすでに実現されていますが、織物ではまだ決定的な製品がない。われわれはそこに挑戦したいと思っています」。

アミノ酸分子による配列は多種多様だ。理論上、その配列に他の分子を組み合わせることで、ハイブリッドな機能を有した糸ができ上がる。つまり、タンパク質を自由にデザインし、安価に、環境負荷にも配慮した糸をつくり出すことも考えられる。「環境面に有効な機能を掛け合わせるなど、QMONOSにおける糸の可能性はさらに広がるはずです」(渡辺)。

高品質の新たな定義

ここ数年、アパレルの世界にも「シームレス」という考え方が広がっている。その利点として、例えば、縫い目がないことで肌当たりの不快感から解放されるなどが挙げられる。タグさえもガーメントと一体化できれば、肌の上にもう一枚皮膚を重ねたような快適な「着心地」を提供できるだろう。

より軽い素材の開発や縫製、溶着の技術、デジタル採寸の進化にともなって、私たちは今、既製服やサイズからの“解放=フリー”を手にしようとしている。ただ、人間だけがフリーを享受するわけにはいかない。

「ハップ・クロップは20世紀のダヴィンチと称されたバックミンスター・フラーに多大な影響を受けています。彼の提唱した『デザインサイエンス』という理念のなかに、有名な言葉があります。Do more with less(最小で最大を成す)。これからのものづくりにおいては、人類にとっていかに有効か、という基準は絶対不可欠。石油などの枯渇資源や動物資源に頼らないサスティナブルな素材、それが高品質の新たな定義になると思います」(渡辺)。

実はこのラボには、もうひとつ別の「テック」が備わっている。ラボの開設以前から機能してきた2階部分の縫製ファクトリーだ。所狭しとミシンが並ぶフロアには、階下のラボとは対照的な昔ながらの工房のような雰囲気が漂う。ブランドごとにブースが分かれ、丁寧な手作業により小ロット製品が生産されている。最新鋭のテクノロジーと受け継がれてきた高い技術力。ここではその両輪でものづくりが続けられているのだ。

▲テック・ラボの2階にある縫製ファクトリー。縫製のみならず溶着、修繕作業などを、最新の機器を活用しながら手作業で行っている。ザ・ノース・フェイスをはじめゴールドウインが展開する20ブランド全ラインに対応。何種類ものミシンを使いこなす、多能工なスタッフを抱えるのも特長。

機能と美のクロスオーバー

振り返れば、スポーツウエアがファッションに与えてきた影響は大きい。古くはブレザーやフランネルシャツなど上流階級のスポーツ競技の装いにはじまり、ストリートカジュアルが主流になってからはスニーカーブームなどが挙げられる。軽量ダウンやフリースは、もともとはアウトドアの世界で愛用されていたアイテムだった。こうしたスポーツミックスのトレンドは、ファッションブランドが常にスポーツウエアのスタイルを積極的に採り入れてきた証左でもある。その点について渡辺は、「機能性」というキーワードに着目する。

「ファッションブランドは、機能を最優先にデザインを追求しているわけではありませんが、われわれは逆。いかに無駄を排し機能を高められるかに重きを置いています」。

生地からではなく、ガーメントからデザインを考える発想や、一気通貫してすべてのプロセスを網羅できるテック・ラボの立ち上げも、そうした延長線上にあるという。

▲3Dレーザースキャナーによるデジタル採寸および3DCADなどを用いたパターン設計を行う計測室も完備。より動きやすく着心地のいい製品開発を目指す。

「結局、われわれのアイデアや思想がスポーツウエアを通して、世の中に発信されていく。ファッションの世界と相互作用で、社会に影響を与えているのだと思います」。

熟練の職人の縫製技術から、QMONOS のような新素材開発、さらには3Dボディスキャナーを用いてのデジタル採寸まで、人知とテクノロジーを融合させた製品開発や生産システムを結集したテック・ラボ。ここから発信される独自の機能とアイデアが、ファッションにどのような変化をもたらすのか。新たな革新の登場が待たれるところだ。(文/岸上雅由子 写真/高橋マナミ)

ーーこの記事はデザイン誌「AXIS」vol.191に掲載されています。

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