愛情が人気の源。
台湾「小器」が唯一無二である理由。

▲ガラス戸にカッティングシートの展覧会名が貼られることで、毎回、気持ちも入れ替わる。

11月、「小器(シャオチー)」というギャラリーで企画展を開催するために台湾を訪れた。日本ではなかなか手に入らない人気作家の展覧会なども開くギャラリーなので、ご存知の方も多いと思う。

オーナーの江さんは日本に住んでいたことがあり、そのときに日本のうつわや、道具の魅力に取り憑かれ、台北でお店を始めたという。江さんは出版会社も営んでおり、私に声が掛かったきっかけは、拙書「うつわの手帖(ラトルズ発行)」を江さんの出版社で翻訳してくださったことからだ。

最初に企画展開催を持ちかけられた2年前は、海外で企画展をするということが自分のなかで全くリアリティがなく、右も左も分からない状態で江さんには随分、迷惑を掛けた。それでも無事に開催でき、今年で3年目になる。今回は、小器で展覧会を開かせてもらったことで気付かされた「工芸を扱う人間が、忘れてはいけないこと」を書き留めたい。

▲赤峰街を歩いて見つけた手書き地図。歩いて探してみてください。

まず、小器の立地の説明から。 MRT (メトロ)中山駅という中心駅の5番出口を出ると赤峰街に出る。中山駅は三越があるほどの大きな駅だが、一歩入ると公園の緑が見え、そして片側は自動車修理工場が並ぶ。その自動車修理工場の合間に、台湾ならではの昔ながらの定食屋さんに混ざって、いまどきのお洒落なカフェ、インテリアショップ、ブティック、美容院などがポツンポツンと見える。

▲古いアパートが立ち並ぶ。こんな通りを歩いていると、要所要所に小器の暖簾が見つかる。

▲赤峰街は自動車修理工場がひしめいている。工場はちょっとした現代アートのよう。

赤峰街は端から端まで徒歩10分あれば横切れるエリアだが、歩いていると時折、印象的な小器のロゴが目につく。一番のメインのこのマーク、実は、台湾の「ポポモフォ」と呼ばれる、注音記号をデザインに取り入れたものだという。このロゴを見ただけでも、江さんの徹底したこだわりが感じられる。

▲KIGIさんがデザインした新しいショップカード。暖簾も順次変えていくそう。

2012年に江さんがつくった最初の店は、台所道具などの店だった。その後に手がけた企画展のギャラリー(小器藝廊)、梅酒屋、食堂、料理教室が赤峰街に点在している。唯一4階建ての建物を丸々使っている「小器赤峰28」には、1階がグリーンとアクセサリー、二階が服飾、3階は瀬戸の陶磁器メーカー studioM’の専門店、4階はフラワーアレンジメントの教室も開かれるフリースペースもある。

江さんは「これがあったらいいな」をひとつずつ、積み重ねている。梅酒の専門店があるのは、「台湾の人は梅酒が大好きなのに、種類がない。ならば、自分で探して輸入すれば良い」ということだったらしい。屋台は安く、美味しい。料理しなくても生活できる台湾で、器を買った人が路頭に迷わないように、料理教室を開く。そして「小器赤峰28」のグリーンも、店にも自分の家にも緑が欲しい、という素直な気持ちで始めている。

▲町歩きの最中、突然現れるかっこいいグリーンにハッとする。植物だから持って帰れないのが残念!

▲料理教室の会場には、土鍋や食器が揃っている。もちろん台湾お馴染みの「大同電鍋」も。

▲梅酒屋は藝廊の斜め前。宿泊中に寝酒用に買っていくのも良さそう。

さて、ギャラリーに話を戻す。最初の仕事は開梱。これをしないと展覧会をした気分にならない。黙々と19個の段ボールを開けていく。すると時々、お揃いの黒いエプロンをつけた可愛いスタッフが、入れ替わり、立ち替わり手伝いに来る。実は彼女たち、新しい器が見たい一心で、自分の休憩時間を使っているのだ。開けながら、自分の気に入ったものが出てくると、ため息をついている。話す言葉は、全くわからない。だが、彼女たちの話す北京語は、鳥のさえずりのようで、心地よい。

スタッフが楽しみに、新しいものを見に来てくれるのは3年目の今年も同じだった。毎年、彼女たちが楽しみに見てくれる姿から「器はこんなにも人を楽しませるもの」、と、器を扱う喜びを思い出させてもらっている。

▲こうやって、スタッフは休み時間に見に来てくれる。

展示はスタッフが手がけてくれる。日本だと、つい、作家ごとに分けてしまうが、彼女たちの並べ方はあくまでも「使い手重視」。テーブルセッティングをする訳ではないが、食卓ではいろいろなつくり手のものを使うのだから、と異なるつくり手のものを実にバランスよく混ぜてくれる。

もちろん、自分でも相性の良さそうな人たちを選んだグループ展にするのだが、並べてみてお互いが引き立つ様は、集めた本人が驚くほどだ。そして、売れるたびに、よく模様替えをしている。物は並べ替えられることによって、見え方が変わり、3週間の会期中、いつでも新鮮な空気に包まれる。

「自分の感覚」で選んでいるお客様がいるのも頼もしい。お店は積極的にSNSを活用しているが、私が選ぶ作家は、なぜかSNS下手が多い。検索しても引っかからない作家のものでも、いいものをすっと選んでくださるお客様を見るのは気持ちいい。

▲決め込みすぎないディスプレイは、家に持って帰ったことを想像しやすい。

小器藝廊では、作家の個展を中心に、江さんが好きな日本のギャラリーにも企画を頼んでいる。台湾と日本。行き来がしやすくなった分、ゆとりのある人は、日本に器を買いにいく可能性もある。だから、江さんは色々な努力をして価格差も抑えているが、海を渡ってくるのだからそれでも同じ金額というわけにはいかない。

スタッフから、ある常連のお客様が日本に遊びに来て、小器で企画展をするギャラリーに行った際の「ちょっといい話」を聞いた。店で、気に入った作家のものを見つけた彼女は「私はこれを気に入った。だけれど、ここ、日本ではなく、私は小器で買いたい。だから、小器の企画展のときに必ず持ってきて欲しい」と告げたそうだ。明らかに値段は高くなるのに、なんという「小器愛」。「この店で買いたい」と思わせるもの。それを生み出すのは、江さんの仕事に対する熱に他ならない。

▲公園前の左は生活道具店 右の暖簾は食堂

江さんはイベントをするスタッフも積極的に日本に取材に行かせる。前回紹介した野村亜矢さんの取材がそれだった。先に書いたように、スタッフは物が大好き。その愛が溢れた小器だが、細やかな動きも見習いたい、と滞在中、何度も思った。いろいろあったが、象徴的なのは、必ず裏口から入ること。彼女たちは自分の休憩時間でも、お客様と同じ入り口から入らない、という気の遣いようだ。決して格式張った店ではないが、器に対する愛情、お客様に対する礼儀、並べ方などにも「自分たちはお客様をもてなす側」という気持ちが随所に現れている。仕事で呼ばれ、レクチャーなどもして先生ヅラをしてきたが、忘れていた大切なものをいろいろ思い出させてもらえた。

▲スタッフ向けの勉強会。皆さんとっても熱心。

台北に行ったら、ぜひ、小器に立ち寄ってもらいたい。言葉は通じなくても、気分の良い空間とスタッフで、買い物がしたくなるはずだ。逆輸入になるが、彼女たちの振る舞いを見ていると、つい、買い物がしたくなると思う。

前回のおまけ>

ありがたいことに、庭付きの住まいを借りている。数年前に、食べきれず、芽が出てきてしまった八頭を庭に放ったら、すくすく育った。植物を育てるのが苦手だが、勝手に育ってくれて、この緑を毎年、楽しんでいる。

小器(シャオチー)

店舗は赤峰街に5店舗。その他、商業施設の中にある、華山店。台中店などもある。ギャラリーの小器藝廊+gは、展覧会の開催中のみ営業。

住所
103 台北市大同區赤峰街17巷4號
電話
+886 2 2559 9260
HP
https://thexiaoqi.com