デザインのない金融のイノベーションが失敗する理由とは?

今、金融サービス業では、デザインの基本であるユーザーを中心とした考え方が重視されています。デジタル化が進展し、ビジネスの変革が迫られている金融業界の中で、ひとりひとりのニーズに寄り添う商品やサービスの提供に、不可欠な要素とはなんでしょうか?

今、金融サービスに求められる変革とは

金融サービス会社は、ユーザーを起点とするソリューションのデザインに力を注ぎ、ビジネスを変革する必要があります。ユーザー行動の変化、そして新しいテクノロジーやビジネスモデルの登場が、金融サービス業界を揺さぶっているのです。

最近のゴールドマン・サックス調査報告書は、従来型の金融サービスが、最新技術を駆使した新しい企業に4.7兆ドルの収益を奪われかねないことを示しています。銀行は多大なIT投資でこれに対抗していますが、技術予算だけでビジネスを変革することはできません。金融サービス会社が競争力を維持するには、人を中心に据えたサービスの開発を重視する必要があります。

frogは、クライアントやパートナーとのコラボレーションのなかで、金融サービスの変革に取り組みながら、古い企業も新興の企業も未来への道を歩んでいるのを目の当たりにしています。私たちは、クライアントと関係者を含め、数人の専門家と顔を合わせ、この業界がどのように進化しているか、誰が変化を推進しているか、各社がどのように変革を実現しているかを話し合いました。

これによってわかったのは、この業界のイノベーションには、顧客とのエンゲージメント、顧客のニーズを発展させた商品やサービス、部署間のコラボレーションが活発な文化(参考記事:Building a Culture of Collaboration)の確立が必要だということです。

ENGAGEーーエンゲージメント

最近まで財務管理は個人的な体験でした。顧客は信頼する窓口担当者と向き合って椅子に座り、担当者は顧客ごとに個別の対応をしました。ATM、オンラインバンキングや投資サービス、自動アドバイザリーツールが普及すると、窓口担当者と顧客の距離が広がり、特定のプラットフォーム(銀行の支店など)の役割も変化しました。今日の顧客には、かつてなく多くの財務管理オプションがあります。しかし、それらのオプションが個人のニーズや希望に合わない場合もあります。

画面の数字が増えるのをただ見るためだけに金融サービスを利用する人はいません。誰しも、大きな目標のために貯金や、投資、財務管理をします。子どものために貯蓄することも、個人的、職業的な夢に投資することもあります。安全、自由、生活のクオリティのためにお金を管理するのです。

金融サービス会社は、そのようなニーズや期待を念頭に置き、対面およびデジタル顧客接点の双方で、時代遅れになってしまっているか、あるいは効果の薄いカスタマーエクスペリエンスをデザインしなおし、顧客とのエンゲージメントを見直す必要があります。

Wells Fargo Advisorsのデジタル/ダイレクトアドバイス責任者であるデヴォン・マッコーネル氏は、次のように述べています。「金融サービス会社は、2000年代初頭にオンラインでのサービス提供を開始し、そこから誰もがユーザー中心デザインの基本要素を重視するようになりました。多くの会社は非常によくやっています。そして今は、お客様の感情的ニーズを満たす方向への変化が生じています。投資の決定はユーザーの気持ちに左右されます。私たちは、テクノロジーがアドバイザーとお客様の関係の延長となり、お客様が安心して投資できる信頼の構築を助けることを望んでいます」。

frogは何十年も、金融サービス業界の企業が顧客ニーズに応えるお手伝いをしています。市場調査とユーザーインタビューにより、既存の顧客の行動と傾向を明らかにし、人間がより良い体験を得られる未来のビジョン化と構築に役立てています。

また、さまざまなタイプの顧客を定義する原型をつくることにより、具体的な目標を持った実在の人々の視点で、信頼や安心感といった感情的ニーズを調査することができます。この人間中心のアプローチでは、具体的なソリューションに向かう前に、まず個人のニーズと目標に注目します。

AIAのEDGE責任者であり、リージョナルディレクターでもあるスティーブ・モナハン氏は、次のように述べています。「ユーザーを中心としたデザインは、どんなオムニチャネル開発にとっても重要です。成長を飛躍させるには、カスタマージャーニーの3つのレベルに注目することが欠かせません。人間が心を動かされて物を購入し、論理で正当化し、簡単なものと理解した時に行動を起こすことは良く知られています。人間中心デザインの用語ではESEフレームワークと呼びます。体験(Experience)が感情を生み、シンプルさ(Simplicity)が論理的な意思決定を導き、労力(Effort)の最小化は取引の成立に必須です」。

カスタマーエクスペリエンスの向上は、顧客の流出を防ぎ、新しい収益ストリームの発見につながります。これらのチャンスを生かし、競争において有利な差別化を確保するには、金融サービス会社が、成長を実現させるべく、既存のカスタマーエクスペリエンス以上のことを考える必要があります。

ENABLEーー採り入れる

金融サービス会社にとって、市場の破壊的な力学に対応するためにテクノロジーを利用することは避けられません。金融情報がウェアラブルデバイスでアクセスされ、管理されるようになると、モビリティは新しい意味を持ちます。プライバシーとセキュリティは、消費者をクレジットの監視と仮想通貨に向かわせます。マシンインテリジェンスは、業界に新しい可能性を提供すると同時に、人間の体験より効率的な体験を優先する恐れがあります。

マッコーネル氏はさらに述べています。「現在、私たちは、どうすれば次世代の投資家に最も効果的にデジタル体験や製品を提供できるかを重視しています。それらを通じて預貯金から投資に進み、Wells Fargo Advisorsが得意とするプランニングやガイダンスを活用して欲しいからです。」

APIも改革を進める金融機関が新しい機能性のニーズに応えている例です。APIをサードパーティアプリケーションの開発者に提供することにより、企業は、大きなテクノロジーエコシステムにおける親しみやすい存在として自社を位置づけることができます。

この関係により、銀行はテクノロジープロバイダーではなくテクノロジーインテグレーターとして確立され、フィンテック(ファイナンステクノロジー)のスタートアップ企業はライバルではなくパートナーとなります。

BNY Mellonのコーポレート・デジタル・マーケティング担当世界責任者であるビル・バレット氏は、次のように述べています。「BNY Mellonでは、API経由で独自の製品を他の製品と接続できるよう、レガシーシステムの再構築に取り組んでいます。これにより適応力を向上させ、お客様のニーズに対して、より敏速に反応できるようになります。毎回ゼロから始めるのではなく、異なるテクノロジーを組み合わせて新しい製品を効率的に作り出すのは、コンシューマー業界をお手本にしています」。

新しいパートナシップと外部の革新に注目するのは有益ですが、多くの革新的なアイデアと同様、金融サービス会社が組織内に新しい考え方を導入することも必要となるでしょう。

EVOLVEーー進化する

社外の革新は、社内の革新的な思考がなければ持続できません。すばらしいアイデアを長続きするソリューションに変えるには、強力なリーダーシップと部署間のコラボレーションを活発にする文化が必要です。

デザインは、関与するユーザーの課題にソリューションを提供し、新しいビジネスチャンスを生み出すのと同時に、ビジネスを機敏で創造力豊かな組織へと進化させる一助になります。frogは、アイデア創出と創造的な問題解決を促進する能力やプロセスについて理解いただくため、クライアント向けのワークショップや実習を定期的に開催しています。

バレット氏はこう述べています。「frogCampワークショップは、問題の把握と解決に関するスタッフの主要スキルトレーニングに役立ちました。これはすばらしい出発点ですが、スタッフはこのタイプの問題解決をしっかりと受け止め、マネージャーはそれに投資していく必要があります。根本的な変化を実現するには、最高責任者レベルが、部署間のコラボレーションを活発にする文化は非常に重要で、時間を要し、投資に値するということを理解しなければなりません」。

古参の金融サービス会社が業界全体のニーズの変化に対応したように、組織内のイノベーションを生み出す文化も変わる必要があります。世界的な規制要件と個人の財務データの機密性は複雑な課題ですが、金融サービス会社は迅速に反応し、組織内のイノベーションの環境を整えることを学んでいくでしょう。こうして競争力を維持すれば、新しく業界に参入してきた企業に何兆ドルも収益を奪われることはありません。

モナハン氏は述べています。「金融サービス業界は、過去数十年に他の業界で起こったのと同じ、根本的な転換を迎えています。(かつてのフォードのような)『黒でさえあれば、お客様のご希望に応じます』という旧い考え方は、顧客中心主義に塗り替えられました。結局、人間性が生産性に勝ったということです。今では、ユーザーを中心としたデザインがあらゆる重要なイノベーションの出発点です」。

企業が顧客と従業員のニーズを見失えば、金融イノベーションは失敗します。競争上のメリットを維持するには、人間中心のアプローチで顧客とエンゲージする必要があります。顧客のニーズを念頭に置けば、新しい機会を生かし、顧客のニーズの変化に速やかに反応するまでビジネスを改善することができます。このような取り組みを支え、人間の体験をあらゆるソリューションの中心に据えるのがデザイン主導型のイノベーションです。End

この連載は、frogが運営するデザインジャーナル「DesignMind」に掲載されたコンテンツを、電通エクスペリエンスデザイン部・岡田憲明氏の監修のもと、トランスメディア・デジタルによる翻訳でお届けします。