INTERVIEW | インテリア
2017.11.24 10:00
マリメッコやカウニステなどと並び、フィンランドのテキスタイルブランドとして世界中に多くのファンを持つ「ヨハンナ・グリクセン」。スカンジナビアの伝統的な手仕事と同時に、現代的な感覚も併せ持つテキスタイルは、日本でも根強い人気を誇っている。ブランドのアイコンである「ノルマンディ・コレクション」は20年を誇るロングセラーであり、新作を含めて、流行にとらわれないタイムレスなものづくりを貫いている。自らの名前がブランド名でもあるデザイナーのヨハンナ・グリクセンにものづくりに対する思いを聞いた。
ヨハンナ・グリクセン(Johanna Gullichsen)/フィンランド南西のソメロ生まれ。ヘルシンキ大学で美術史と文学を専攻した後、ポルヴォー工芸学校で織りの技術を学ぶ。1989年に「ヨハンナ・グリクセン」を創立。オリジナルのテキスタイルと、それを使ったバッグや雑貨などを展開する。アルヴァ&アイノ・アアルト夫妻とともにアルテックを創設したファウンダーのひとり、マイレ・グリクセンの孫でもある。
http://www.johannagullichsen.com
http://www.johannagullichsen.jp
20周年を迎えたロングセラー「ノルマンディ・コレクション」
ノルマンディとはどのようなコレクションなのでしょう。
ノルマンディ・コレクションは、97年にスタートしたテキスタイルのシリーズです。表裏のない二重織で、5種類の格子模様から成り、ひとつの模様につき14パターンのカラーバリエーションを揃えています。
なぜノルマンディという名前をつけたのですか。
最初はただ夢中でコレクションを織りあげていき、後になって慌てて名前を考えました。なんだか家族みたいだと思ったので、それぞれの柄にファーストネーム(名前)を、コレクション全体にはファミリーネーム(名字)をつけることにしたのです。当初は「デッキチェアのファブリックに使われるといいな」と思い、客船の名前を探しました。そしてあるとき、「ノルマンディ号」という、1930年代のとても有名な豪華客船の名前が頭に浮かんで、それがいいと思ったんです。
今回の新作について教えてください。
だいたい3年に1度の割合で、新しいテキスタイルをつくっています。新作「オセアニード(Oceanide)」は、20周年の記念としてノルマンディから3つのパターンを取り入れました。円の直径はアアルトの「スツール60」の座面と同じサイズ。もともとノルマンディはアアルトのアルテックからスタートしたので、オマージュでもあります。
ほかのメーカーに比べると、新作発表のペースがゆっくりですね。
デザインには長いプロセスが必要で、時間がかかります。しかも私の会社ですべてを手がけるため、頻繁に新作を出すことは物理的に不可能なんです。同時に、本当に世に出したいものだけをつくり、そこにたっぷり時間をかけたい。だからこそ、ノルマンディが20年も生き残れたと思いますし、それにとても感謝しています。
ヨハンナ流ものづくりのこだわり
サンプルは自分の手で織りあげるそうですね。
もちろんスケッチやドローイングもしますが、柄や素材などあらゆる要素を総合的にとらえるため、自分の手で触れて確かめるプロセスが必要なのです。織ってみてインスピレーションが得られることもあります。ただ、最近は私自身の限界もあり、すべて手織りすることはなくなってきました。代わりに織りの工場に赴いて、職人さんたちと一緒にいろいろな糸を試したり、新しい色を見つけることを楽しんでいます。
ヨハンナ・グリクセンのテキスタイルを使ったプロダクトも多数展開しています。それらはブランドにとってどのような位置づけですか。
皆さんが「このテキスタイルは何に使うの?」と尋ねます。私はこう答えるんです。「どんなふうに使ってもらってもかまわないんですよ。あなたがイメージするとおりにどうぞ」って。でも、いくつかの例やアイデアを、バッグやクッション、プレイスマットといったアイテムを通してお見せしているわけです。
ヨハンナさんはこれらのデザインにも深く関わっているのですか。
通常、私はテキスタイルをつくることに専念します。そのできあがりを眺めながら、「これはバッグになりそうね」などとアイデアを出します。でも縫製は得意ではありませんから、ラフなプロトタイプをつくるだけ。ずっと一緒にやっている職人さんたちと、サイズや形を少しずつ調整しながら製品として完成させていくのです。
私自身がこだわるのは、柄がどう見えるか。バッグなら、柄がどこから始まり、どこで終わるか。なるべく縫い代を減らして布がシームレスでシンメトリーに見えるように、とか。もちろんバッグの内側の見え方にも注意を払います。
格子はユニバーサルな柄
ヘルシンキ大学で文学と美術史を学んだそうですが、なぜ織りを始めたのでしょうか。
もちろん本を読むことは好きだし、美術も好きです。でもそれ以上に、手を使って何かをつくることが好きなんです。小さい頃、祖母が趣味で布を織る様子を眺めていた経験も大きいかもしれません。ヘルシンキのアートスクールでプリント技術を少し学び、テキスタイルに興味を持ったことが直接のきっかけです。プリントも面白かったですが、既製の布の構造に対して何も施せないことに物足りなさを感じました。それが技術的にどう成り立っているかを調べることが好きなんですね。織りというのはとてもテクニカルな分野です。その模様をつくるために、糸をどのように並べ、組み合わせていくか、よほど考えなければならない。どうしても織りそのものを学びたくて、ポルヴォーの工芸学校に行きました。
学校ではどんなことを学びましたか。
まず伝統的なフィンランドのテキスタイルについて学びました。昔のタオル(リネン)などの端切れをを分析し、その通りに織って知識を得ました。毎回違う組織や糸で織るので、複雑で大変でしたよ。でもうまくできるととても幸せな気持ちになったものです。
ヨハンナ・グリクセンのテキスタイルは「北欧の伝統のモダナイズ」とよく解釈されます。
「ドリス」(ノルマンディ・コレクションのひとつ)を見てフィンランドの人は、「100年以上前のブランケットの柄みたいで懐かしい」と言います。確かに私はフィンランド人ですし、そこにルーツがあるわけですが、これまで自分がつくったテキスタイルが伝統に起因していると考えたことはありません。伝統的な技術を理解したうえで、それをなぞるのではなく、自分のやり方でつくりたい。例えばヴァザルリなどオプ・アートの影響もあると思います。
日本にもファンが多いですね。「日本の家や家具にも合う」という声も聞かれます。
とても嬉しいですね。それは特定の伝統をコピーしたものではなく、ユニバーサルな柄だからだと思うんです。例えば、チュニジアの人が「パピヨン・コレクション」を見て、「まるで自分の国の布のよう」と言ったことがあります。フィンランド文化や日本文化に特定されるのではなく、世界中で受け入れられる普遍性があるのだと思います。そもそも格子模様とは、タテ糸とヨコ糸から成る織物にとってとても論理的な構成です。とてもシンプルで、自然なのです。
格子模様を発展させた幾何学的な柄がブランドの特徴ですが、違うタイプの柄にも取り組もうと思ったことはありますか。
例えば、花柄とかですか? どうでしょう、私自身が興味を持って実験を重ねればできるとは思います。でも今のところ、それをしようと思ったことはありません。かつてプリントを学んでいたときも、花柄に取り組んだことはありませんでした。私のなかには、何かとてもスクエアな要素があるのかもしれませんね(笑)。でも実験は好きですから「やらない」とは言いません。将来やっているかもしれません。
新しいマテリアルであるタイルに挑戦
ノルマンディを立ち上げた20年前と、今のテキスタイルの状況はどう変わりましたか。
フィンランドには1950年代からマリメッコがあります。また、より伝統的な織物やリネンについては、フィンレイソンなどの老舗が美しいコレクションをつくっていました。しかし、これらの老舗がある時点で伝統的なものをすべてやめ、工場や機械を売り払ってしまったのです。私がブランドをスタートした当時は、若い世代の小さな会社がそれらの機械を買って、自社製造を始めていました。その後フィンランドの繊維産業は衰退を続け、本当にわずかな会社だけが生き残っています。現在は自国で製造することに競争力がなく、卓越した技術者や機械を見つけることがより難しくなりました。それはフィンランドだけの問題ではないと思います。
日本の織物についてはどう思いますか。
とても興味深いし、もっと知りたいと思います。伝統が生き残ることはとても大事。それを歴史としてではなく、現在そして未来のものとしてアップデートすることがポイントでしょう。
これからやっていきたいことを教えてください。
最近はテキスタイルではなく、タイルをつくっています。フィンランドのセメントタイルメーカー、ラ・パラのデザインコレクションに参加したんです。「ルーム・コレクション」の柄を使ったタイルは今年4月にヘルシンキのアルテックストアで発表し、現在も開発を続けています。新しいマテリアルに取り組むことはとても楽しいですね。
今日はお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。