ベンチャーキャピタリスト高宮慎一がこれまでのビジネスワークの経験から導き出したデザインの価値を、ビジネスモデル、その実例に沿って整理・考察する。
第一講 ビジネスというデザイン
2000年代以降イノベーションを生みだし、問題解決をするデザインの力に注目が集まっている。各国首脳やグローバル企業のトップが出席する世界経済フォーラムでデザイン思考が取り上げられ、ビジネスの現場ではアップルがスティーブ・ジョブズのリーダーシップのもと、デザインをビジネスのど真ん中に据え、華麗なる復活を果たした。
iPodを例に挙げると、その革新性は、単に美しくデザインされたデバイスの意匠にあったわけではない。デバイスにiTunesというソフトウェアが付随し、iTunes Music Storeというオンラインプラットフォームで音楽コンテンツを購入でき、さらには店舗や広告表現すら一貫性をもってデザインされ、ビジネス全体がターゲットユーザー、提供価値に対して統合的に最適化されていた点にこそ真の革新性がある。
デザインを、ヒトと外なるものとの接点を最適化し、価値を生みだす営みと考えると、カタチあるプロダクトとヒトとの最適化はもちろん、抽象的な概念であるビジネスとヒトとの接点を最適化するのもデザインと言える。ビジネスにおける、しかも経営目線でのより付加価値の高いデザインの役割は、ビジネスモデルとそれを実現する仕組み、組織と、顧客、従業員、株主などのステークホルダーとの接点の最適化と言うことになる。
また、デザインのビジネスにおける価値の発揮と言っても、いくつかの類型がある。まずオーソドックスなのは、アップルやP&Gに代表されるような大企業のケースだ。これら大企業ではイノベーションのジレンマを超えて、新規事業を生みだし、また継続的にイノベーションを起こす組織能力を獲得するためのデザインが求められている。次に、プロダクトこそが事業の価値の根幹にあるスタートアップのケースがある。例えばメルカリが良い事例なのだが、起業家は、無意識的にデザインケーパビリティ(※)を、ユーザーに刺さるプロダクトを生みだす場面に活用している。
そして、最後はデザインやクリエイティブそのものを商品やサービスとして展開しているデザイン事務所やクリエイティブエージェンシーのケースだ。この世界では、個人の職人技、巨匠ビジネスから脱皮して、いかに持続性やスケールを獲得していくかが課題となっており、広義のデザインがもつ役割が期待されている。
本連載では、このようなビジネスの類型ごとのデザインの活用事例を見ていきたい。また、このようにビジネス的視点から見たときの、より広義のデザインがもつポテンシャル、役割、その実装上の要諦を紹介しながら、デザインとビジネスの接点を“デザイン”するうえでの課題についても触れていきたい。
ーーデザイン誌「AXIS」188号 「ベンチャーキャピタル流デザイン講」より。