INTERVIEW | アート
2017.11.07 13:00
「編むとは言葉であり、コミュニケーション」
編み物が生活に根ざす北欧アイスランドから、YARN(糸)に人生を見出した4組のアーティストを描いたクラフト・アート・ドキュメンタリーフィルム、「YARN 人生を彩る糸」が12月2日よりシアター・イメージフォーラムにて公開される。
出演者は全身ニット集団と街を闊歩するオレク(ポーランド)、白い糸を人生のメタファーとして超絶パフォーマンスを見せるサーカス・シルクール(スウェーデン)、ゲリラ的に街をニットで彩るヤーン・グラフィティで世界を旅するティナ(アイスランド)、そして日本からは子どもたちの想像力を刺激するカラフルなネットの遊具を世界中でつくり続ける堀内紀子だ。
堀内さんの作品「ネットの森」(彫刻の森美術館)がクローズ期間を経てこの夏再開された際にはAXISでもその制作の様子を取材した。
「これほど巨大な作品はどうやって生み出されるのか?」
「子どもたちが堀内さんのネット遊具に夢中になる理由とは?」
映画公開に先駆けて、カナダを拠点に世界各地でネット作品を制作している堀内さんに気になる質問を投げかけてみた。
「編み物」は生活の一部だった。
堀内さんは学生時代に染色を学び、アメリカでテキスタイルデザイナーとして活動したのち造形作家に転身されています。編み物はどんなきっかけで始めたのですか?
いちばん最初の記憶は4-5歳のまだ戦時中の頃、家族で移り住んだ満州で父が開いていた病院の看護婦さんに教えてもらいました。くっついたマッチ棒2本を引き剥がしたものを編み棒にする、鉤編みでした。それが子どもながらにとても面白くて。
編み物が大好きな母の影響も大きいです。薬剤師の仕事のかたわら、常に何かをつくっていた人で、私たち子どものセーターを編んでくれたりもしました。6人分もですよ!そんな母の横で当時6-7歳の私も生活の一部として自然に編み物を始めました。私にとっては「遊び」だったのです。
7-8歳の頃に油彩に強く惹かれて絵描きを志したけれど11歳の頃には「自分が将来なるのは絵描きではないな」と思った。両親のように医学部へ進もうかとも考えましたが、やっぱり本当にやりたいことはアートにあると思い直し、美大に進学したのです。専攻を決める際、絵も建築も大好きだったので迷いましたが、染色を選びました。
当時はプロダクトデザイン全盛の時代だったけれど、日本の染色技術は素晴らしいでしょう。でもこのままでは廃れてしまう。それに私は数学的に考えて構築することが好きでした。染色は理系の思考が存分に生かせる分野でした。
「ネットの森」のネット遊具もたくさんの幾何学から成り立っていますね。
編み目って全部数字で成り立っていますよね。幾何学によって形づくられていく。計算がすべてです。私の作品は有機的な印象を与えるのでそうは見えないかも知れないけれど、感情的につくっているものでは全くないのです。制作を始める際もまずはひたすら計算し、それを元に構築していく。そこまでしてからやっと制作に取り掛かります。
一時鉤編みの構造を勉強しましたが、そこからはいろんな発見がありました。編み物が四角形を構築するのに対して鉤編みは六角形を構築していく。6方向に広げていけるという特性は有機的な形態をつくりやすいのです。
そもそも人間は皮膚に代わるものとして布(テキスタイル)を発明し、その布は皮膚と同じように穴が空いていて、おかげで肌を覆っても皮膚呼吸できるようになっています。その穴をどうつくるかというのがまさに染織を学ぶということでした。私はサイエンティストではないですが、常にテキスタイルとサイエンスの間を行き来していると思っています。
さらにネット遊具の場合、実際に子どもたちがそこで遊ぶという機能面を考える必要があります。
そうですね、子どもたちが飛んだり跳ね返ったりすることを想定したうえで糸のテンションを計算しています。私は糸をピンと張った緊張感のある状態をとても美しいと思っているのですが、夫のマッカーダムもかつては私と同じように糸のテンションに魅せられた作品を制作する学生でした。
彼とともにカナダに移って会社を設立し、一緒に制作するようになってから材料やシステムの改良は大きく進みました。以前は図面を自ら引いていましたが、CADに切り替わったタイミングで彼が図面を引いてくれるようになりました。お互い歳をとってきたので、楽な姿勢で制作できる、あるいは単位ごとに制作できるようにするなど少しずつ制作方法を変えながら仕事が続けられるようにしています。
材料に関しても、彼がリサーチしネット遊具に最適な強度を持つ「ナイロン66」を探し当てました。ナイロン66を素材そのまま日本に輸出することが叶わなかったので、プロダクトにしてから送らなければいけないなどの苦労はあったけれど、彼のおかげで制作方法も材料の機能性も改善されました。
静止作品からネット遊具へ。その転換点は?
映画の印象的なシーンとも関連しますが、「子どもたちのための作品」を制作するようになったのはなぜですか?
私は30歳で独立して以来フリーランスで制作を続けていたのですが、みんなが褒めてくれていた「糸と構造体を持つ造形」をある時から物足りないと感じはじめていました。なぜ物足りなく感じるのだろうと悩んでいた頃、友人と開催した展覧会で制作した鍵編みでつくった大きな細胞を模した作品に、突然、子どもが飛び乗ったんです。形をグニャグニャと変形させる様子を見て、その瞬間「ものすごく面白い、この作品は生きている!」と思いました。それまでは静的な作品ばかりだったけれど、そのときを境に動きをともなうような作品を子どもたちのためにつくろう、と決めました。
1979年に沖縄記念公園、90年台に昭和記念公園、その後札幌・滝野すずらん丘陵公園、彫刻の森美術館でネット遊具を制作されました。制作にあたって、子どもたちを取り巻く環境についても相当リサーチされたそうですね。
制作を始める前に3年間掛けて徹底的に子どもたちの遊ぶ環境や住宅を調査しました。そうすると高速道路の下が遊び場だったり、遊具がコンクリートでできていたりとひじょうに劣悪な環境であることがわかってきました。そのことを新聞で記事にしてもらったこともあったのだけど、高度経済成長期の最中の日本人の多くは気に留めてくれませんでした。子どもたちが安心して自発的に遊ぶことのできる場所が必要だと強く感じました。
ネット遊具を設置するという提案は当時、すんなりと受けいれられたのでしょうか?
沖縄記念公園で提案した際も、最初は理解が得られませんでした。「メンテナンスが必要な遊具なんて」と猛反対を受けたのです。だけど私はメンテナンスをするという概念を取り入れなければいけないと主張しました。
「庭はメンテナンスを当たり前のものとしているのに、なぜ遊具を生きているものとして同じように扱えないというのでしょうか?」
この提案が通り、ネットは4年ごとに取り替えを行うなどして30年近く成功を納めてきたのです。
何人もいることが意味をもつものを。
実際に堀内さんの作品は世界中の子どもたちに熱烈に愛されています。幼い頃ネット遊具で遊んだ記憶を大人になっても鮮明に覚えているかつての子どもたちも多くいます。この作品が与えてくれるのは、体験を通じた記憶そのものですね。
まさにそうですね。
印象的なエピソードに私のつくったネット遊具で遊んでいたときに知り合った子ども同士が結婚し、子どもができて、彫刻の森美術館での作品が公開された日に子どもを連れて遊びに来てくれたということがありました。彼らは子どもの頃遊んで楽しかった記憶を覚えていて、大学生になって再会したときにお互いそのときの話をしたことがきっかけで付き合うようになったそうです。
私のネット遊具は常に複数人で遊ぶものだからこそ楽しく、記憶に残るのだと思います。誰かが跳ねるとその反動で他の子どもたちも跳ねたり、ぶつかったりする。多少身体がぶつかってもネットがショックを吸収してくれるので危険はありません。それに子どもは擦り傷くらいあったほうがいいと思っています。
昔ならネット遊具で体験するような人と人とのインタラクティブなつながりが大家族のなかで日常的にあったと思うけれど、今は個の時代。親の目が行き届き過ぎることで、時に子どもは自由な時間を失くしてしまいます。
人と人は協力し合えるということ、そのためには自ら心をオープンにしなければいけないということを遊びのなかで子どもたちが自発的に知ることができるのはとても大事なことです。
堀内さんのネット遊具が世代を超えて子どもたちを魅了するのは、常に誰かの存在を感じながら遊ぶことのできるという喜びと驚きに満ちているからかもしれません。そうした体験は今の時代の子どもたちにこそ必要だと感じました。
近年、SNSなどでのコミュニケーション過多によって精神的に自由でなくなっていく子どもたちのことを心配しています。思い切り遊んだ楽しい記憶をもつ子どもたちは、そこから得たイマジネーションで次々と現れる障壁を乗り超えていけるのだと思います。
ネット遊具は繊維でできているので子どもたちに遊ばれていくうちに摩耗してしまいますが、遊具を通じて楽しい記憶を留めた経験は子どもたちの心のなかで生き続けるんです。そうやって次世代につないでいけることをやっていきたいですね。
常に同時並行でプロジェクトを抱えている堀内さんですが、今後の予定を聞かせてください。
今は3つほど同時進行で動いていますが、すでに次のプロジェクトもいくつか決まっています。カナダのディスカバリーセンターやインドのムンバイ、コスタリカなど。引退は全く考えていません!
映画「YARN 人生を彩る糸」で彼女たちのアートを目撃する。
この記事で紹介した堀内さんのほか、映画に出演するアーティストたちの魔法のような糸づかいも素晴らしいが、それ以上にアーティストとしての創作活動を通じて彼女たちが放つ、暗闇を照らすようなパワーに圧倒される。世界各地で伝統的な女性の仕事のひとつとして根ざしてきた「編み物」が、アートとして子どもから大人まで魅了する姿をおさめた本作の上映が今から楽しみだ。
「YARN 人生を彩る糸」
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12月2日よりシアター・イメージフォーラムほか、全国順次公開。
- 監督
- ウナ・ローレンツェン(長編デビュー作/アニメーター)
- 出演
- オレク (かぎ針編みアーティスト)、サーカス・シルクール (コンテンポラリーサーカス)、ティナ(ヤ ーン・グラフィティ・アーティスト)、堀内紀子(テキスタイル・アーティスト)
- ナレーション
- バーバラ・キングソルヴァー(米ベストセラー作家) 「始まるところ」より
- 上映時間
- 2016年/アイスランド・ポーランド/76分
- 後援
- 駐日アイスランド大使館
- 提供・配給
- ミッドシップ+ kinologue © Compass Films Production 2016
- 公式HP
- http://www.yarn-movie.com