建築家ル・コルビュジエが100年近くも前に両親に贈った家が
今なおスイスで愛されている理由

ローザンヌに来た目的は、ローザンヌ美術大学(以下ECAL)の視察(前回のレポート参照)に加え、友人でもある3人のプロダクトデザインチーム「BIG-GAME」のスタジオの訪問と建築家ル・コルビュジエがつくったレマン湖のほとりにあるアパートメントを見るためでもありました。

スイスのプロダクトデザインチーム「BIG-GAME」

ECAL訪問後に、近くにスタジオを構えるプロダククトデザインチームのBIG-GAMEのもとに向かいました。

▲奥に写る3人によるBIG-GAME。右からAugustine、Gregoire、Elric。3人を中心に常に5〜6名のECAL卒業生をスタッフにプロジェクトを進めている。オフィスは、スイスの街並みのように、整理され、シンプルで機能的だ。

BIG-GAMEは、ECALのプロダクトデザイン学部の同期だったベルギー人のElric、フランス人のAugustine、そしてスイス人のGregoireの3人が、10数年前に卒業後の作品発表としてミラノサローネで共同出展したことをきっかけに設立したデザインチームです。小都市でありながら、ヨーロッパのほぼ中心に位置するローザンヌの地の利を活かしてヨーロッパ各地はもちろん、ここ数年は日本でも活動しています。

▲ミーティングや業務進行の様子は、リラックスしつつお互いの責任範囲を明確にし、それぞれのリズムに委ねている印象だ。3人が各担当とコミュニケーションしつつプロジェクトの方向性を伝えている。

BIG-GAMEは、スイスでもローカルのプロダクションと様々なプロジェクトを進めるとともに、これまでにマジスヘイ、日本ではカリモクなどから作品を発表し、どの作品も「シンプルでクール」というよりは「フォルムの愛らしさや性質の異なる素材の組み合わせ」が特徴的です。

そんな彼らにアレンジをお願いして訪れたのが、一見関係なさそうな、あの建築家ル・コルビュジエがつくったアパートメントでした。

ル・コルビュジエが両親に送った家が、今はミュージアムに

ECALでもインダストリアルデザイン学科で教鞭をとる彼らに特別にアポイントを取ってもらい訪れたのが、ル・コルビュジエが両親のためにレマン湖のほとりにつくったアパートメント、「Villa “Le Lac”(ヴィラ・ル・ラク)」です。実は、この建物におけるプロジェクトの協会理事を務めているのが、BIG-GAMEなのです。なんと、現在この建物は、「Le Lac」という当時の名前のままミュージアムとして活用されているのです。そして、2012年にBIG-GAMEのElricが、プロジェクトディレクターの一人として、この建物内でECALの学生による展示にも関わっているのです。

僕がここで興味があったのは、その展示内容はもちろん、どういった経緯でこの歴史的な建造物と学生によるプロジェクトへと発展したのかといった点です。「歴史を踏まえて、著名な建築家の作品とコラボレーションをすること」には、日本における活動のヒントが隠されているのではないか。そんな興味を持ちつつ“Le Lac”のキュレーターを務めているPatrick(PatrickはNestle本社の建築ツアーのガイドでもある)に、早朝の出社前に特別に施設内の案内をお願いしました。

▲本業の出勤前に晴れ晴れとした笑顔で現れ案内してくれたキュレーターのPatrick。

“Le Lac”は元々、1923年にローザンヌから15kmほど離れたCorseauxという街にあるレマン湖の湖畔に、コルビュジエの両親が住むためのアパートメントとして設計・建設されました。当時のル・コルビュジエの経済力を考えると、もっと大きな家を建てる余裕はあったはずですが、敷地も特別広いわけではなく、室内は三部屋ほどしかないとてもコンパクトなつくりになっています。というのも、このアパートメントの設計に着手するより前に、彼はすでに山の中に大きな家を建てて両親にプレゼントしていたのですが、その家が冬場はとても冷える上に、暖をとるのに時間と労力が掛かることから、この山の家を売却してしまっていたのです。そして、その資金を元に、どこにでも手が行き届く小さなスペースを活用した機能的なこの家をつくり、再び両親にプレゼントしたそうなのです。

▲ル・コルビュジエ本人によるイニシャルイメージスケッチ。

ひとりの強い想いが価値を生み、次の世代へとつなぐ

この建物は、1973年に母親が亡くなった後閉鎖されてから一般向けに開放される1984年までの約10年間、手付かずの状態で放置されていました。そこで、Patrickが、修士論文で“Le Lac”のこれまでの歴史や文脈、また新しい活用方法などを根気強く市やコルビュジエ財団に提案を続け、ついに2012年に建物の改修や整備をすることが決まりました。実は、市の計画ではこの土地を駐車場にする話も出ていたそうです。都市のCrush and Build(建てては壊す)が繰り返される日本では聞きそうな話ですが、スイスのようなデザインや建築に理解がありそうな環境ですらそういった案が上がることに非常に驚きました。

多くの人が初めからその建物の価値を理解しているのではなく、誰かが手にとり時間を費やしその存在意義を見出すことが、次世代につながる新しい価値を生み出すことに繫がっていくのだと改めて認識しました。そのためには“Le Lac”の建築物としての価値のみではなく、個人の(この場合Patrickのような)提案力や熱量も重要な要素になるのでしょう。

▲約60㎡の小さなアパートメントには老夫婦のための暮らしの工夫がふんだんに施されていた。

▲Nestle本社で建築ガイド・通訳を本業とするキュレーターのPatrickが出勤前に一つひとつ宝物を見せるように丁寧に説明してくれた。

エネルギーに溢れた展示が、建物に新たな息吹をもたらす

この小さな建物は、当時のアパートメントの状態で見せるため、当時の資料の検証を行い、オリジナルに近づけるための改修を重ねています。また、それだけでなく、外部のアーティストやデザイナーとこれまでに9つのコラボレーション展示を行なっています。

そのうちの一つの展示が、2012年にBIG-GAMEのElricが携わった、ECALの学生による展示『Chez Le Corbusier』です。Patrick 曰く、「建築空間はもちろんのこと、庭から壁面、湖に面したロケーションなどの特性を徹底的に調べ、当時の時代背景や生活の動作によって生まれた傷、隙間などを把握した上で取り組んだ生徒たちのデザインは、現代的な感覚と技術を活かしつつ、まるでこの場にあったような懐かしさとともに新たな空気を作り出した」とのことでした。

今年は、ル・コルビュジエの生誕125年という節目にあって、ル・コルビュジエの描いたモダニズム建築と次世代を担う学生との対話の関係性は、端から見ている自分にも心地良さを覚えるのとともに、学生へこういったプロジェクトを準備し提供する意義を強く意識する機会になりました。

ちなみに、僕が訪れた時は、色鮮やかな室内の機能や空間性を活かしたパリのビジュアルアーティストの「Adrian Couvrat」による展示を行っていました。

▲湖側から見るためにおそるおそるスタンドアップパドル(SUP)に初挑戦して撮影した一枚。

展示を行う上で大前提としていることは、参加アーティストが、この建物とその歴史からインスピレーションを受け、新しいエネルギーをこの建物に吹き込むこと。過去の展示の資料を見せてもらいましたが、中には一部空間に馴染んでないなぁと感じるものもあったけれど、そのどれもがアーティストと建造物の対話を楽しんでいる様子を、話しているキュレーターのPatrickからも感じ取ることができました。

それは、歴史に向き合い新しいエネルギーを吹き込むことを恐れないこと。歴史を守り保存するだけではなく、現代に生きる自分たちの思考と行動と共にアップデートし続けること。それがこの建物における次の世代へと引き渡していく日常的な行為なのだと、たった小さなこのアパートメントからも保存活動と思考のあり方は、自分自身に大きく響く話となりました。End

▲BIG-GAMEオフィスを間借りして旅の情報整理の業務。