東京ビジネスデザインアワード(TBDA) 2016の優秀賞に選ばれた「肌に貼って直接書けるメモシール」は、水なしで肌に貼れる「特殊転写シール」の技術を活かし、忙しい看護現場向けに提案したもの。その後の商品化にあたってチームが考えたのは、「ウェアラブルメモ(身につけるメモ)」をコンセプトに商品ラインアップを増やしてマーケットを広げていくという戦略だ。「商品化とは、どうしたら買ってもらえるかを考えること」。その答えに向かって、チーム一丸となって骨太なビジネスをデザインしている。
ファッションではなくファンクション(機能)で勝負
——コスモテックは何をつくっている会社なのでしょうか。
高見澤友伸氏(コスモテック 代表取締役社長) 私たちは粘着テープメーカーです。セロテープやガムテープではなく、「工業用テープ」というパソコンのディスプレイやタッチパネルのなかに部品として入るテープやフィルムをつくっています。また、ひじょうに小さな部品を製造するときに土台にするテープは工場の中でしか使われないものです。消費者が実際に目に触れることのないものを扱っています。
——肌に貼れる特殊転写シールというのはいわゆる「タトゥーシール」のことですね。なぜ、この技術でアワードにエントリーしようと思ったのですか。
高見澤 私たちはこれまで特定のクライアントや業界のニーズをもとに製品をつくってきました。特殊転写シールも、15年ほど前に「水を使わず簡単に貼れて、取れにくく、楽にはがせるシールがほしい」というご要求に合わせて開発したもの。しかし本業は工業用テープですから「知っている方が依頼してきたらつくります」というスタンスで、社内的には「埋もれた技術」だったんですよ。
ところがこの5年くらい、日本の弱電(通信機器やコンピュータ)産業にとって厳しい時代が続いています。私たちサプライヤーも自立して生きていくという選択肢しかないなか、新しいビジネスの可能性を探るために転写シールの技術をアピールしてきたのです。いくつかの成功例も生まれましたが、さらに用途を開拓するためにとにかくいろいろな業界の人に知ってもらうことが大事だと考えています。ですからこのアワードのことを知ったとき、すぐに「やってみよう」と応募しました。
——一方、kenmaはビジネス視点を持つデザインオフィスです。なぜコスモテックの技術に注目したのでしょうか。
今井裕平(kenma コンサルティングディレクター) 僕たちはビジネスコンサルとしての経験と、デザインのバックグラウンドを活かすデザインコンサルティング会社です。「フラッグシップをつくる」ことをコンセプトに、抽象表現になりがちな企業のシンボルを、プロダクトやサービスの様な具体を対象にデザインしており、「これから事業をつくりたい、この技術でビジネスを立ち上げたい」と考えているクライアントと一緒にまだ固まっていないところからやらせていただくことが多いです。
TBDAは僕たちにとって興味深いアワードで、今回も参加企業の説明会に行って、技術のことはもちろん、経営者のパーソナリティやリスクの取り方などを拝見していました。なかでもコスモテックの転写シールは「ファッションではなく、ファンクション(機能)の方向でアイディアが見つかればビジネスの可能性がありそうだ」と考えて提案することにしたのです。
——転写シールの上に「書く」というアイデアはすぐに出てきたのですか。
今井 応募の2、3週間前くらいですね。メンバーが「シールの上に文字を書けるのでは」と言って試したところ意外に書けたので、そこから社会的意義に重きを置いて利用シーンを考えていきました。知り合いの看護師にヒアリングして、実際に多くの人が現場で「手メモ(手のひらや腕に直接文字を書く)」をしている状況がわかったので、アワードでは看護現場向けのアイテムとして提案しました。
高見澤 事務局が選定したいくつかの案から私たちがマッチング先を選ぶのですが、「書く」という行為についてここまで具体的に取り組んだことはなかったので面白いと思いました。
下山卓紀(コスモテック 新規事業部マネージャー) 書きやすさについては、技術的になんとか改良できそうでした。案が決まってから最終プレゼンまで1カ月しかなかったので、その間に何種類かつくって書きやすいものを選んで持っていきました。
ビジネス化の段階では自社技術にこだわらない
——受賞後、商品化に向けてどのように動き出したのでしょうか。
今井 商品化のキックオフのときに、コスモテックさんと「まだ何かやれますよね」という話をしました。ビジネスを大きくしたいので、看護師向けだけでなくもう少しマーケットを広げたい。「ウェアラブルメモ(身につけるメモ)」をコンセプトに「WEMO(ウェモ)」というブランドを打ち出し、介護、農業、救助などBtoBの異なる分野への可能性を考えていきました。
——そのなかで転写シールのほかに、シリコンバンドという新しいアイテムが加わります。
今井 メモという行為にはリマインドや記録といったいくつかの目的があります。しかしその解決法がすべてシールでいいのか、ということを自問していました。マーケティング的にもシール商品だけに頼るのはリスクがある。悩んでいたときにシリコンバンドにシールを貼ることを思いついたんです。でも、シリコンバンドはコスモテックの技術ではないから「ノー」と言われるだろうな、と思っていました。
高見澤 NGは出しませんでした。まあいいんじゃない、という感じです(笑)。シリコンバンドはよくある製品ですが、そこに書きやすくするための表面処理など私たちが得意とする高分子技術を盛り込むことができますから。
下山 当社で設計して金型もつくっているので、商品開発という意味ではコスモテックのオリジナルです。
今井 TBDAは受賞した後もアドバイザーのサポートが手厚いんですよ。デザインマネジメント、コミュニケーション、知財の知識、契約書の指導までしてくれる。シリコンバンドを思いついて審査委員の日高一樹さんの事務所へ相談に行ったらバンド自体は既にあるので特許出願はできないが、別の権利の考え方を適応することでコスモテックの独自技術として登録できると助言してくれたので、すぐに出願しに行きました。
まずはB to C向け市場からローンチ
——受賞が決まった半年後の「国際 文具・紙製品展(ISOT)」(7月)に「WEMO」の試作を出展しました。来場者の反応はいかがでしたか。
高見澤 ものすごかったです。われわれのブースだけ想像を超える人だかりができていて、取り囲まれるような感じでした。
下山 用意していたチラシがまったく足りず、何度も社内で印刷して補充したほどです。メディア取材も多く、テレビのキー局ほぼすべてに取り上げられました。
今井 展示ブースは、どうやって足を止めてもらうかを考えてデザインしました。大手小売の方から助言をもらったり、卸業や量販店の方からも「商品化されたら取り扱いたい」という話をたくさんいただきました。
——いよいよ「WEMO」商品化に向けた最終段階ですね。
今井 秋に発売予定です。当初はB to Bで考えていましたが、メディアに取り上げられて盛り上がっているので急きょB to C向けにも展開することになりました。B to Bについては医療分野のなかでも訪問介護やリハビリ施設といったところからスタートする予定です。また、農業、救急医療、教育分野などの可能性も引き続き考えていきます。
——TBDAに参加してよかったことを教えてください。
高見澤 アイデアをモノにするのは簡単だし、展示会に出せば皆さん面白いと言ってくれる。でもそれを買ってもらえるようにするのがいちばん難しい。単にモノをつくるだけのデザイナーだったら、「じゃあどうやって売るの」というビジネス化の段階でつまずいていたかもしれません。今井さんはそういうタイプではないし、マーケティングやデザインに関するいろいろな技術があるから助けてもらっています。
また、たくさんメディアに取り上げられたことは、社内にとってもよいことです。中小メーカーの社員って、自分が手がけたプロダクトを直接見ることがほとんどないんですよ。
でも今回はコンシューマに近い商品なので、外で社名を耳にしたりモノを見るかもしれない。自分たちの仕事に自信を持ってもらえる機会になればいいなと思っています。
——販売開始を楽しみにしています。ありがとうございました。(Photos by 西田香織)
株式会社コスモテック http://www.cosmotec.ne.jp/j/j_index.html
株式会社kenma https://www.kenma.co
2017年度東京ビジネスデザインアワード
提案募集:2017年8月16日〜10月25日
https://www.tokyo-design.ne.jp/designer/