工業製品の美学を追求するフランス人デザイナー、インガ・センペ

▲リーンロゼのアームチェア「ヴォーフィックス」に座るインガ・センペ。個展「Tutti Frutti」は2017年6月30日から9月24日まで、フランス・イエールのノアイユ邸で開催された。https://www.villanoailles-designparade.com/inga-semp

フランスのプロダクトデザイナー、インガ・センペの個展がフランス南部の街、イエールで開催されている。2000年に事務所を立ち上げて以来、数多くのデザインをさまざまな企業に提供してきた彼女。自身の活動を個展として発表することは少なく、今回が15年ぶりの開催だと言う。その理由は、デザインは美術館やギャラリーに展示されるものではなく、生活の場に置かれるものという考えからだ。前回の展覧会は独立して間もない2003年であり、今回の展示は今までの活動を総括するものとなっている。

▲製品化に至らなかったプロトタイプも展示。例えば、写真左のこげ茶色の車輪付きスーツケースはファスナーが付き、タンスも兼ねる。これなら旅先でワードローブに入れ替えなくても済む。©︎ Claire Lavabre

彼女の作品が一堂に揃った場で改めて感じたのは、工場でつくられた量産品でありながら、どこか人格を持ったような愛嬌を備えていること。センペがデザインするうえで大切にしているのは、「自分がデザインしたいという衝動に駆り立てられるものを見つけること」だと言う。例えば、ソファであれば、「これまで何十年ものあいだ、多くのソファが生まれてきたでしょう? そこに興味を持つの。なぜソファのデザインがこれほど多くあるんだろうかと……」。

彼女がソファで挑戦したのは、一般的なウレタンフォームを詰めたクッションソファではなく、木のフレームにキルティングのマットレスを被せただけという、これまでにないつくり方。これは、フランスの大手メーカー、リーンロゼから「ルーチェ」シリーズとして製品化されている。こだわったというマットレスのステッチは、ひとつのつながった線ではなく、縦横の糸にイレギュラーな切れ目を入れることで生まれ、それ自体がソファの意匠となっている。

▲ソファ「ルーチェ」。

アームチェアの「ヴォーフィックス」は、構造体のメタルとキルティングマットレスが補完しあうことで成立している。通常のクッションタイプの椅子では、クッションや張地で構造体を覆うのに対して、「ヴォーフィックス」では1枚のマットレスをメタル製のふたつの巨大なクリップで挟み込み、クリップからはみ出たマットレスが羽のような形のサイドパネルの役目を果たす。メタルは露出しているものの、マットレスの中に埋もれるため、違和感がない。

フランス、イタリア、スウェーデン、デンマークの企業から多くの製品を発表しているセンペは、母国フランスのプロダクトデザイナーに対する認識の低さに落胆する。歴史的に富裕層に向けた特注家具のための製造業は存在したものの、今も大規模な生産ラインを持つメーカーが限られている。それゆえ、外部デザイナーに製品デザインを依頼するという認識が薄いと言うのだ。こうした状況のなかでも、積極的に外部デザイナーを起用しているのがリーンロゼ。センペとも長年にわたり、信頼関係を築いている。

▲パリ10区にあるセンペの事務所では、模型を使いながら展覧会の構成が検証された。

限られた人にしか届かない高級品ではなく、工場でつくる量産品のデザインに徹するセンペ。その条件のなかで人の心を豊かにするものをどこまでつくることができるかにこだわっている。その際、デザインのすべてのプロセスを自らコントロールしたいと言う。こうした考えを理解してくれ、機能的で経済性も重視したデザインで知られるスウェーデンの照明器具メーカー、ウェストベリでは、コの字型のクランプ金具を取り付けた照明器具「w153 île」を手がけた。

▲「w153 île」のランプシェードはつばの広い帽子のようで、華奢な女性が帽子をかぶっているかに見える。ポピーレッド、スカイブルー、ライトイエロー、グレイブラウン、ペトロルと、ニュアンスに富んだカラーバリエーションが揃う。

クランプ式ランプと言えば、機能主義の無骨な印象を抱くかもしれない。しかし彼女の「w153 île」は、リビングやベッドサイドなどさまざまな空間に置けるホームデコレーションアイテムという位置づけだ。クランプを用いずとも自立するように、鋳鉄の台も加えた。さらに、シェードの向きを変えられることで、壁掛けも可能だ。これは、シェードと電球の間に磁石を取り付けることで角度を調整できるからだ。

▲クランプランプの構造を検討するためのスケッチなども展示。

一般に、シンプルなデザインほど難しいと語るデザイナーは多い。センペにとってもデンマークのブランドHAYのためにつくった壁掛けミラー「ルーバン」はそうだった。「ミラーとリボンという異素材をスムーズに接着する方法を見つけるのに苦労した」と語る。

▲「ルーバン」。ミラーの周りを縁取るリボンは取っ手であり、壁に掛けるときのフックでもある。

ミラーをポリエステル製リボンで縁取りしただけのシンプルなデザインは、取っ手部分のリボンをミラーと接合するための真鍮製金具をどう固定させるかが課題だった。初期のデザインではミラー周りをできるだけすっきりと見せるために直接リボンを接着し、ドリルでミラーに穴を空け、U字型金具で固定することを考えていた。

▲「ルーバン」のための初期のスケッチ。

しかし、高度な技術を要するため、量産と価格の面から断念。結果、ミラー周りにオークのベニヤ板を貼り、板に金具を取り付けることで、手の届く価格帯に落ち着いた。彼女がデザインの際に心がけているのは、シリーズとしてバリエーション展開が可能なこと。そして人が自由にアレンジを楽しめること。ミラー「ルーバン」は5つの大きさと複数のリボンカラーがあり、小さなミラーをひとつ掛けたり、複数を並べてランダムに映したりなど、風景の切り取り方を楽しめる。

彼女は今回の展覧会によって、保管していた昔のプロダクトやスケッチ、模型を見返すなかで、新たな発見をしたようだ。自身のアーカイブがどのようなかたちで次のクリエイションにつながっていくのか楽しみだ。End