クヴァドラに見る企業戦略としてのコラボレーション。
視野を広げ、テキスタイルを超えるために

▲ロナン&エルワン・ブルレックによる展示「Textile Field」(2011年、ロンドン)。ふたりはストックホルムのショールームもデザインした。© Studio Bouroullec

1968年の創業以来、個人や公共空間、家具向けのテキスタイルを生み出してきたデンマークのクヴァドラ。年間3,000を超えるプロジェクトを手がけ、世界25カ国でビジネスを展開する、ヨーロッパ屈指のテキスタイルメーカーだ。

この夏、同社の副社長でありブランディング&コミュニケーション統括のヌーシャ・デ・ギアが来日し、自社の歴史や取り組みについてプレゼンテーションした。なかでも「戦略的に行っている」という外部クリエイターとのコラボレーションに焦点を当てて語った。

▲クヴァドラ副社長、ブランディング&コミュニケーション担当のヌーシャ・デ・ギア(Njusja de Gier)。吸音材から最高級ラインのテキスタイル、さらにグループ傘下の「ダンスキナ」「キナサン」「リアリー」といった全ブランドのグローバル・マーケティングとブランディングを統括。外部クリエイターとのプロジェクトでも重要な役割を担う。

▲本社オフィス。近年、建築家のセヴィル・ピーチがリノベーションを手がけた。「社内そのものがクリエイティブであってほしい」という方針から、社員がアートやデザインに触れる機会を増やし、教育にも熱心だ。© Ed Reeves

▲800㎡の本社ショールームには、取り扱う全コレクションが並ぶ。© Ed Reeves

プロモーションと技術革新に向けた挑戦

「クヴァドラといえばコラボレーション」というくらいに、同社は創業初期から建築家やデザイナーとの協働プロジェクトに積極的に取り組んでいる。例えば、1970年に素材提供をしたヴェルナー・パントンの「Visiona 2」展では、空間におけるテキスタイルの新しい提案として人々に鮮烈な記憶を残したという。

▲クヴァドラ最初のショールーム(1968年)。© Courtesy of Kvadrat

▲テキスタイルを提供したヴェルナー・パントンの「Visiona 2」(1970年)。© Panton Design, Basel

2代目のアンダース・ブリエルが経営を引き継いだ2000年以降、コラボはますます加速している。アーティストのオラファー・エリアソンやトーマス・デマンド、デザイナーのパトリシア・ウルキオラやロナン&エルワン・ブルレックといった誰もが知る著名なクリエイターばかりだ。

数十人のクリエイターを起用するような大がかりなプロジェクトは2年に1回、小規模なものなら毎年何かしら企画しているという。社内の専任キュレーターが、「今一緒に働きたいホットなクリエイター」をリストアップし、彼らと対話しながらコラボレーションを決定する。双方にとって意義ある取り組みにするため、数年かけて交渉するケースもあるそうだ。

デ・ギアはコラボレーションの目的について、「ブランド構築と、建築家やデザイナーにインスピレーションを与えるため。また、彼らがクヴァドラをどう理解、解釈しているかも知りたい」と説明する。すぐ利益につながるわけではないが、新しい技術や素材の開発機会にもなっているのだ。

▲32人のデザイナーが「Hallingdal」を使って作品を制作したプロジェクト(2012年)より、ドーシ・レヴィンによるウールを使ったオブジェ「The Wool Parade」。© Casper Sejersen

一緒にやる以上、「できない」とは言わない

クリエイターとの協働は短期のプロジェクトだけでなく、長期的な製品開発にも及ぶという。ファッションデザイナーのラフ・シモンズとは現在5つ目、皆川 明とは3つ目のコレクションを開発中だ。その際、必ずしも協働相手にテキスタイルの知識は必要ない。「ウルキオラやブルレック兄弟、あのラフ・シモンズだってテキスタイルデザインの経験はありません。デザイナーはコンセプトを提案してくれればいい。専門チームがそれをエンジニアリングします」(デ・ギア)。

ラフ・シモンズの場合だと、テキスタイルのサンプルや、好きなアーティストの作品などを集めた「ムードボード」をつくり、そのイメージをもとにチームが「テキスタイル化」。自社工場や関連会社のネットワークを駆使し、ひとつの製品をつくるために複数の工場をまたぐこともある。「マッチングによって技術的な不可能はなくなるため、クリエイターがつくりたいものに対して“できない”とは言いません」とデ・ギア。その言葉にはコラボレーションに対する覚悟が見え隠れする。

▲ラフ・シモンズと協業した「Ria」。

新しいフィールドに挑戦するための足がかり

クヴァドラがクリエイターとのコラボに少なからぬリソースを注ぐのはなぜか。デ・ギアは「私たち自身の視野を広げるため」と答える。既存のビジネスやマーケットに止まることなく、新しいフィールドに挑戦し続けていかなければ生き残れない、という危機感だ。コラボはテキスタイルの可能性を試す手段であり、決して表面的な話題づくりのためではない。

そんなデ・ギアに「日本のテキスタイルと産業に対してどう思うか」と尋ねると、こんな意見が返ってきた。「美しく、職人のすばらしい技もあります。ただ世界的に見て価格が少し高い、という印象。デザイナーによるコレクションをつくり、それをグローバル展開できるような機会を模索しているとは思うが、時間はかかりますね」。

そのうえで「既存とは異なるマーケットセグメントについて考えてみてはどうでしょう」と提案を述べた。「ハイエンドなインテリアメーカーなどとの協働になると思うが、例えば中国やロシア、中東の高級住宅建築など、少し視野を広げて、“誰にテキスタイルを使ってほしいか”を考えると新しい可能性が見えてくるかもしれません」。

デ・ギアの言葉には説得力がある。なぜなら彼らは多様な分野のクリエイターたちとの協働によって、そうした広い視野を養い、実績を上げているからだ。

今年、9月18日〜24日に開かれるロンドンデザインフェスティバルでは、自社3回目となるデザインプロジェクトの展覧会「My Canvas」を開催する。世界各国の19人のデザイナーたちが、同社のテキスタイル「Canvas」を使ったクリエイションを披露する予定だ。ますます勢いを増すコラボの取り組みから、どんなテキスタイルの可能性が見い出されるのか期待したい。End