多くの人々がスマートデバイスから商品購入やサービス利用を行うようになり、コネクティッドデバイスが個人のデータを生成するようになった昨今、企業はどのように顧客の信頼を得て個人情報を収集し、活用すべきなのでしょうか。消費者は、個人情報の提供に、納得できる理由と対価を求めます。前編では、これからの企業のブランディング、マーケティングの4つの課題のうち、「価値の交換」「ブランドの信頼フレームワークの構築」という2つの課題を、さまざまな企業の実例を交えながら説明しました。引き続き、後編で残りの課題について解説します。
3. プライバシー対策とブランド価値を整合させる
プライバシー対策とブランド価値が整合していますか?
ダイレクトマーケターは何十年も前から消費者データを扱っていますが、スマートプロダクトがもたらすデータの量と詳細さは過去の比ではありません。データの用途も強力です。現場が変化するにつれ、各事業部のエグゼクティブ、ITチーム、マーケター、製品/サービス企画担当者、法務顧問は、次々と新たな課題に取り組み続けています。
長文のプライバシーポリシーを掲げるだけでは意味がない
ローリー・フェイス・クレイナー氏(カーネギーメロン大学 計算機科学および機械工学・公共政策学科教授)が、2012年、人が通常1年間に利用するウェブサイトとアプリのプライバシーポリシーをすべて読むには244時間かかるだろうと推定したのは有名な話です。これに加え、エンドユーザー使用許諾契約(EULA)とサービス利用規約もあるのですから、自分の生成するデジタルエキゾースト(ユーザーによる日常的なデジタル技術の使用で生成される情報)の意味を理解する、ましてや管理する時間のある人などほとんどいないのは明らかです。これだけ労力がかかると、消費者は、企業のデータポリシーや個人データの扱いに関する信頼性をいちいち評価できません。企業のデータポリシーを合理的に評価できないとなると、近道が必要です。つまり、企業の個人情報保護方針を支持する感情的な意思決定メカニズムです。
プライバシー保護に対するブランドの明確な姿勢
プライバシーポリシーは、ブランドイメージの一環になる必要があります。ブランドキュレーター、マーケター、熟練したデザイナーは、データ/プライバシーポリシーの管理を法律家から奪い取らねばなりません。これはすでに始まっています。
2014年から、アップルは、消費者のデータとプライバシーの保護を強く打ち出しています。iPhoneとiPadに高度な暗号化機能も装備しました。2016年には、警察や保安局が犯罪者やテロリストの電話にアクセスできるよう、米国司法省がiPhoneのバックドア作成を要請したのに対し、アップルは抵抗しました。その姿勢を政治的にどう思うかは別として、アップルは、プライバシーと顧客データの保護を支持するという明確なメッセージを送っています。
情報漏洩による損害の大きさ
逆に、もし企業が消費者データの制御を失えば、ブランドイメージは大きな打撃を受けます。データが漏洩した大手小売業者はいくつかありますが、2013年秋のTargetの侵害では7,000万件もの個人情報が流出し、大きな問題となりました。米国証券取引委員会(SEC)の記録によれば、2015年1月現在、情報漏洩関連の支出は2億5,200万ドルにのぼります。
しかし、直接的なコスト以外にも、信頼の喪失による風評被害とブランドイメージの低下があります。消費者データのような不可解なもののために、長年かかって構築したブランドが危機に陥りました。情報漏洩は他の企業でも起きているため、消費者はTargetを許すかもしれませんが、そのことを忘れるまでには長い時間がかかるでしょう。ブランドマネージャーを議論、あるいは幹部に加えれば、企業はより緊密にプライバシーポリシーとブランド価値を整合させることができます。
4. 信頼エコシステムの構築
消費者データやデジタルエキゾーストを他社と共有する機会が増えている一方で、消費者の信頼を維持する方法を考えていますか?
前に述べたように(スキーヤー向けのスマートフォン用アプリEpicMixによるサービスの事例については前編を参照)、消費者データとデジタルエキゾーストを利用して優れたブランド体験を実現している例の多くは、リゾート、テーマパーク、キャンパスなど、ひとつの組織がすべてのタッチポイントを管理する環境にあります。例えばEpicMixアプリは、Vail Resorts Companyが所有し、運営するスキーリゾート内でしか使えません。しかし、都市、車、家がますますスマートになり、接続機能を多用するようになれば、体験はさらにカスタマイズされ、計画的なものになります。
特定のカスタマージャーニーを中心として、体験がいずれは複数のブランド、企業、組織にわたるようになるでしょう。ここで新しい課題が生じます。カスタマージャーニーの幅が広くなり、複数のブランドが関与するようになった場合、どのようにブランドは自己を表現すれば良いのでしょう? 消費者データとデジタルエキゾーストを企業の壁を越えて共有しながら、どのように消費者の信頼を維持すれば良いのでしょう?
複数企業のデータ共有で可能になる体験
この戦略を実行している例として、再びUberを取り上げます(UberのGPSデータ追跡サービスの事例については前編を参照)。Uberのサービスは、独自のモバイルアプリケーションでクルマを呼ぶことから始まりました。しかしUberはその後、他の企業のアプリケーション内の機能としてサービスを発展させました。
例えばUnited Airlinesモバイルアプリでは、フライトにチェックインした後、Uberで空港までのクルマを予約するボタンがあります。これは、顧客の標準的なカスタマージャーニーにぴったり馴染みます。同様に、Facebook Messengerからも、Messengerを開いたままでUberを予約できます。新しいアプリを開かずにクルマを予約できる利便性を考えれば、消費者は2社の間に情報が流れてもかまわないと考えるでしょう。
提携のカギはブランドの信頼性
コネクテッドカーや自動運転車の車内体験をデザインする自動車メーカーも、同様の状況にあります。現在、ほとんどの自動車メーカーは、SiriusXMやAndroid Autoなど他社の体験を提供しています。また一方で独自の体験を構築している企業もあります。私たちは、その両方をブレンドした体験のほうが市場で成功すると思いますが、マーケティングの最高責任者(CMO)は信頼エコシステムを慎重に管理し、信頼を増すようなブランドと提携する必要があります。信頼の低いブランドはエコシステムの弱点となり、信頼の高いブランドまで同レベルに引き下げてしまいます。
消費者データの重要性と有用性を正しく認識したマーケティングを
コネクティッドデバイス/サービスの普及と消費者データの急増は、エンジニアリング、IT、法務チームだけに任せておいて良い問題ではありません。消費者のブランド体験を決定する際には、CMOやブランドマーケターが中心になる必要があります。マーケティングチームは、企業が個人データの見返りとして、消費者に魅力的な価値を提供していることを常に確認しなければなりません。
消費者は、自分が信頼する企業と積極的に個人データを共有します。CMOは、カスタマージャーニーに信頼を構築する瞬間を組み込むよう組織全体に働きかける必要があります。法務チームは、当然ながら企業を守るため、プライバシーポリシーや使用許諾契約を推進しますが、消費者データに関する企業の方針と行動がブランドプロミスを強化するよう調整するのはCMOの仕事です。
情報漏洩、その結果としての信頼喪失は、ITの業務上の失敗として始まりますが、ブランド認知と価値に甚大な影響を及ぼします。個人データと消費者の信頼は、パーソナライズ体験経済の重要な構成要素です。個人データは企業が獲得するものであり、消費者が喜んで提供するものでなければなりません。これはブランド構築の新しい側面であり、ほぼマーケターの領域とも言えます。
※「Journal of Brand Strategy」2016年夏号に発表された記事を転載。
この連載は、frogが運営するデザインジャーナル「DesignMind」に掲載されたコンテンツを、電通エクスペリエンスデザイン部・岡田憲明氏の監修のもと、トランスメディア・デジタルによる翻訳でお届けします。