【後編】小笠原鋳造所
制限から生まれる端正なかたち。

前編のおさらい

前編では、岩手県水沢市にある小笠原鋳造所の工場の作業を説明しながら、「型でつくること」「協働しながらならではのものづくり」のお話をしました。今回は、小笠原陸兆さんのこだわりを僭越ながらお伝えします。

▲2002年ごろ。「吹き」の作業を終えて、一息をつく小笠原陸兆さん。飲んでいるのは奥さんお手製の赤しそジュース。

小笠原陸兆さんは1929年生まれ。惜しくも病で2012年に亡くなられたが、生涯現役を貫いていた。2011年の秋に伺った際は、背中に呼吸をサポートするボンベを背負って、現場に出ていらした。

陸兆さんの魅力はなんといっても、デザインだ。代表作であるブックエンド、フィッシュパン、ミニパン、鍋敷き。どれをとっても、無駄のない美しいかたちをしている。新作をつくられるときに伺ったら、石膏モデルを見ながら、「このカーブじゃなくて、こっちの線の方がいい」などと話してくれた。自分の求めるかたちが常に明確だった人だ。

▲フィッシュパン(下)と、ミニパン(大)の石膏型。付け根の絞りのデザインが小笠原さん「らしさ」。

その感覚はどこから生まれるのか尋ねたことがある。鋳物師の2代目として、生まれながらに鉄を身近にしていたことが大前提にある。戦後10年経ったあたりに盛り上がったクラフト運動という時代のなかにいたことは大きいようだが、人から教わるというより、さまざまな素材を扱うクラフトマンと会い、他の人の新しいデザインに触れながら、自分から生まれるかたちが正しいことを確かめたようだった。

フィッシュパンやフライパンの持ち手の、付け根を絞ったデザイン。安心感のある楕円。様々なバリエーションのある鍋敷きの絵柄はまるで、家紋のように整っている。どれもこれ以上、削ぎ落とすところはないようなシンプルなかたちだが、あたたかみが感じられる。

▲キューポラ(溶解炉)の解体は、いつ見てもダイナミック。

▲作業が終わると、「まっさら」に戻る。

重くて熱くなる、鉄という危険な素材の特性を生かしたアイテムは限られる。「限定される」不自由さは、裏返せば「素材の強み」だ。重いからブックエンドを、熱くなるからフライパンを。きれいなデザインを考えたからといって、素材の性質を理解しないとかたちにはならない。

「湯」と呼ばれる溶けた鉄が、型にちゃんと流れ込むか。湯の動き、つまり道筋を無視すると、先端まで流れず、商品にはならない。また、土も凍るような冬は、溶けた鉄との温度差が開きすぎ、歩留まりが悪くなる。その作業性を考えるのも、陸兆さんの仕事だ。それらをすべて考慮したデザインは、「無理がない」。素材に無理させない、無理な作業が必要のないかたちは、結果、使い勝手の良さにもつながる。

▲フライパンの「プレート」。雄型と雌型の空洞に鉄が流れ込んでいく。

陸兆さんの代表作のフィッシュパン。グラフィカルなそのかたちと黒い色は食べ物の色を映えさせ、何を料理しても美しく見え、料理後、真上から写真を撮れば、誰でも一流シェフやスタイリストになれる。重すぎると思われるかもしれないが、この重さによって、圧がかかり、料理の幅も広がる。厚みによる熱の伝わり方も味方にすれば、予想以上の実力を発揮してくれるのだ。

▲(左から)1. ミニパン(小)(パンケーキや卵焼きに)。2. 両口のフライパン。
3. フィッシュパン。4. オイルパン。(現在つくっていないがさすが!の美しいかたち)。

18センチのフライパンは小さいと思われるかもしれないが、深さがあるので、見た目よりもかなり容量があり、ソースなどもつくりやすい。口は右手で注ぐことを考え、左方についているものが多いが、右利きの人が右手で必ず持って注ぐとは限らない。左手に持ち、右手で中身を払うときは、口は右にあったほうが使いやすい。もちろん、左利きの人も同じだ。

▲左は幻の両手のフィッシュパン。右は今もつくり続けられているフィッシュパン。

スタイリストの小山 織さんの名著「インスパイアード・シェイプス – Inspired Shapes」(講談社インターナショナル)で、その美しいかたちが海外にも知れ渡ったブックエンドは、リビング・モティーフでも長らく定番として愛されている。

陸兆さんが亡くなられ、工場も閉じられた。しかし、今も奥さんとお嬢さんが依頼した地元にある工場の協力のもと、陸兆さんがデザインした数々の道具を使い続けることができる。地場の力を使えることも「クラフト」の強み。

陸兆さんは亡くなられてもなお、クラフトの方向性を、我々に教えてくれている。

▲陸兆さんと奥さん。

▲奥さんは、大きな鉄鍋(これは残念ながら、今はつくっていません)で、陸兆さん大好物のほうとうを振舞ってくださった。肉をしっかり食べるのが元気の源のよう。

「仕事抜きで会いに行く人と、捨てられないカレンダー」のおまけ。

舞台となった、大分県日田市。7月上旬の豪雨で、大分県北部の地域は大きな被害を被りました。福岡との県境の里山も大きな被害を受けました。

1)現在、復興事業の基金が開設されています。
http://ontayaki.support

2)今年は小鹿田とも縁の深い、バーナード・リーチの生誕130周年。これを記念した展示会が9月26日から10月18日まで開かれるそう。こちらの会場は確定次第、また、おしらせします。

今年も開催!「日本の道具3 鍋からはじめる秋支度」

この連載で紹介している安土草多さん、小笠原鋳造所ほか日野さんが選んだ秋を一層楽しむためにぴったりの道具が並びます。

開催期間
2017年9月1日(金)〜10月1日(日)
会場
リビング・モティーフ(アクシスビル 1F)
詳細
LIVING MOTIFのウェブサイトにて

トークイベント「台所道具と秋支度」日野明子 × minokamo 長尾明子
日本の作り手に精通した日野明子さんと、産地や旬の食材を大切にしながら活動する料理家、minokamo長尾明子さんに、これから深まる秋に向けての秋支度についてお話ししていただきます。長尾さんによるおいしいご飯とおかずをつまみながら、楽しい秋の夜をお過ごしください。

日時
2017年9月8日(金)19:30-20:30
予約制
定員 30名
参加費
1,000円
応募方法
メールにお名前、ご職業、参加人数をご記入の上こちらよりお申し込みください。