データ主導でパーソナライズされた体験経済、
そこにおけるブランドの役割とは?(前編)

現在、私たち消費者はスマートフォンなどのデバイスを通じて、製品・サービスを利用するたびに多くの個人情報を企業に提供しています。企業側はどのように顧客の信頼を得て、その情報を活用すべきか。前後編の2回にわたり、さまざまな企業の実例を紹介しながら、これからの企業のブランディング、マーケティングの4つの課題を提示します。

製品・サービスの体験を通じてブランド価値を高める

もう何年も前から、ブランド従事者、研究者、コンサルタントは声を揃えて叫んできました。ブランドは、クリエイティブコミュニケーションだけでなく、製品やサービスの体験を通じて表現すべきだと。

人はそれぞれ異なるかたちで世界を体験します。差別化された本当の体験は、この独自性の理解に基づき、個人の行動や生活の変動性に対応するものでなければなりません。スマートフォンやコネクティッドデバイスにより、企業がブランド価値を体現し、なおかつパーソナライズされた体験を提供することが容易になりました。

さまざまなタイプの個人データを入手し、そのデータを保存して分析する機能を活用すれば、企業は体験を消費者個人に合わせることができます。スマートフォン、センサーネットワーク、コネクティッドデバイスなどの技術により、国際的な大企業は、消費者に個別に対応することが可能です。これは、かつて田舎の店に見られましたが、産業時代への突入と共に消え去りました。

パーソナライズされた体験への移行は、ブランドと消費者の関係を変えます。消費者によるコネクティッドデバイスの購入は、もはや、認知から検討にはじまり、好みから選択にいたるカスタマージャーニーの最終段階ではありません。むしろ、企業との関係の第一歩です。

例えば、サーモスタットを考えてみましょう。10年前の購入者は、製品レビューを読んだり、電気店の店員と話したりして情報を収集してから購入していました。現在、コネクティッドなサーモスタット、例えばGoogleのNestやHoneywellのLyricを購入する場合、製品はブランドとの関係の出発点にすぎません。サーモスタットは、その家庭の傾向や家族の出入りを学習します。Nestは毎月、その家庭のエネルギー消費状況を近隣の他の家庭と比較したメールを送信します。こうしてパーソナライズされた体験が、ブランドと購入者の関係を消費から参加へと変化させます。

ブランド認知における個人データの役割

ブランドは、自己申告の情報から、デジタルエキゾースト(ユーザーによる日常的なデジタル技術の使用で生成される情報)まで、さまざまな種類の個人データを収集し、体験を強化する必要があります。

企業は、プライバシー規制に適合する法的な要件を満たすことに加え、どうすれば消費者の信頼を得るかたちでこれらのデータストリームを収集し、なおかつビジネスに役立てることができるでしょうか? ブランドにとっての意味とは何でしょうか?

4つの重要な意味

私たちは、さまざまな規模のブランドをサポートすることによりネットワークに繋がるスマートプロダクトのあふれる世界でのエクスペリエンス戦略を明確にします。私たちは、個人データに対する消費者の考え方を探るなかで、マーケティングの最高責任者(CMO)に4つの重要な課題があると考えています。

1. 価値の交換 — データを共有する魅力的な理由を消費者に与えていますか?

2. ブランドの信頼フレームワークの構築 — カスタマージャーニーにおいて、信頼を構築する瞬間、いわば「信頼の瞬間」を組み込んでいますか?

3. ブランド価値とプライバシー対策の整合 — プライバシー対策とブランド価値が整合していますか?

4. 信頼エコシステムの構築 —消費者データやデジタルエキゾーストを他社と共有する機会が増えている一方で、消費者の信頼を維持する方法を考えていますか?

1. 価値の交換

データを共有する魅力的な理由を消費者に与えていますか?

ほとんどの消費者は、ターゲティング広告を価値交換とみなしていません。ブラウザやスマートフォンの広告をブロックするソフトウェアの人気を見てもわかるように、ほとんどの消費者は、たとえ広告が自分の関心に沿っていても、できれば見たくないと思っています。

それにターゲティング広告は、体験を通じたブランドの表現に向かう動きというより、クリエイティブコミュニケーションを通じたブランドの表現にすぎません。個人データに基づくクロスセルやアップセルのサービスが、消費者との価値交換にまったく貢献しないというわけではありませんが、企業は、消費者に交換の意味があると思わせるだけの価値を与えるよう努めるべきです。

消費者が次に欲しくなるものを予測する

消費者データを活用してデジタル環境で優れたブランド体験を提供し、売上を伸ばしている企業の例は数多くあります。Amazonは、ユーザーの検索履歴や購入履歴に基づいておすすめ商品を表示しています。ユーザーが次に欲しくなるものを非常に上手く予測するため、2014年に「予測出荷」の特許を取ったほどです。

Amazonのブランドプロミス(約束)は、幅広い品揃えと豊富な在庫、そして便利で迅速な発送です。消費者のデータと分析を利用して、よりそのプロミスを果たすことは、すなわちサービスの体験にブランドプロミスを盛り込むことになります。

スキーヤーに一生の思い出になる体験を提供するアプリ

Vail Resorts Management Companyは、純粋なデジタルから、物理的体験とデジタル体験の混合に向かう試みとして、スマートフォン用のEpicMixアプリを配信し、スキーヤーのシーズンパスやチケットとリンクさせています。スキーヤーはリフトに乗るたびにパスをスキャンするため、スキーリゾートでの行動がデジタルエキゾーストとして残ります。アプリは、スキーヤーが1日にどのぐらいの高さを下ったか、そのシーズンに何日間スキーをしたかなどを計算し、便利で興味深い情報として提供します。

EpicMixは、チャレンジ、コンテスト、アワードなどでも、スキーに対する興味をかきたてます。リゾートはプロの写真家を雇い、スキーやスノーボードを楽しむ人の写真をスキーヤーのプロフィールやアプリにリンクさせます。Vail Resorts Companyの理念は「一生の思い出になる体験」を提供することです。具体的にスキーヤーに提供する価値といえば、アウトドアとスキーの楽しさを増すことです。そしてEpicMixは、上手くこれを実現しています。

発電所の健康管理をするソフトウェア

消費者データを利用してカスタマイズする体験は、消費者のものだけとは限りません。GE Energyは、顧客である発電会社が発電所を管理するためのソフトウェアツールを提供しています。発電所は非常に複雑なシステムで、何千もの部品を維持管理し、それぞれの耐用年数に応じて交換する必要があります。単に「オン」か「オフ」ではなく、さまざまな健康の度合いがあるという点で、発電所は機械というより生物に似ています。電力を使って電力を生成しているため、何らかの部品の故障による計画外のダウンタイムは多大なコストが発生します。

発電所の健康管理ツールとも言うべきGEのMyFleet製品は、システムの多くの要素を追跡および監視し、そのデータを利用してダウンタイムを抑えるとともに、発電所の健康を最適化します。MyFleetソフトウェアシステムの体験は、産業用インターネットによって優秀な機械、高度な分析、人材を結集し、「かつてないパフォーマンスレベル」を提供するというGEのブランドプロミスを具現化しています。それと同時に、顧客が運用する発電所、および発電所を維持するさまざまなオペレーターの具体的なニーズに合わせてカスタマイズされています。

フィットネスの傾向から消費者のタイプを診断

このような例を見ると、ブランド体験は製品やサービスのデザインを通じてしか提供できないことがわかります。では、マーケティング部門の仕事はあるでしょうか? もちろんあると思います。たとえば、このほどfrogは、個別トレーニング、フィットネスクラブ、スパ、専門コンテンツなど、幅広いサービスを提供するフィットネスクラブチェーンと協業しました。

現在および将来的なメンバーとの絆を深めるため、frogは、各メンバーと、その「フィットネス性格タイプ」に合ったサービスやコンテンツを結び付ける「おすすめ」アルゴリズムを作成しました。このツールは、マイヤーズ&ブリックスの性格タイプに似ていて、メンバーの会話の中から「タイプ」を診断します。そしてアルゴリズムが、初回のオリエンテーションから運動後の食事まで、ブランドのタッチポイントすべてを通じて非常に関連度の高い、記憶に残る体験を形成します。

2. ブランドの信頼フレームワークの考案

カスタマージャーニーにおいて、信頼を構築する瞬間を組み込んでいますか?

個人データの提供に見合う価値を提供するには、ブランドマネージャーがカスタマージャーニー全体を検討し、消費者のブランドに対する信頼を強化するタッチポイントを設ける必要があります。モバイル体験、物理的な体験、あるいはカスタマーサービスセンター体験を個別に最適化するだけでは十分ではありません。すべてが補い合わなければ、優れた体験が生まれないからです。CMOは、ブランドに対する信頼を全体的に高めるようなフレームワークを構築し、信頼を高める体験を最適化する必要があります。

2つのMOT :「信頼の瞬間」と「真実の瞬間」

frogは、「信頼の瞬間(moments of trust)」とともに「真実の瞬間(moments of truth)」を増大させることをおすすめしています。Googleは、「ゼロ番目の真実の瞬間(Zero Moment of Truth:ZMOT)」という概念を提唱しました。これは、買い手が情報を収集し、クーポンを探したり、店を比較したりする瞬間を意味します。

ZMOTに信頼を加えるよう計画しましょう。つまり「ゼロ番目の真実と信頼の瞬間(Zero Moment of Truth and Trust :ZMOTT)」をつくるのです。たとえば、Amazon.comによって普及した他の顧客のオンラインレビューのように、顧客の自信を高める工夫を加えるのです。さらに大胆な例がProgressive Insuranceです。同社では、Progressive Directオンライン見積システムを通じて、競合する保険会社の見積金額も表示します。

第1の真実と信頼の瞬間

「第1の真実の瞬間(First Moment of Truth:FMOT)」とは、消費者が製品やサービスを目の前にする瞬間です。これも信頼を構築する機会とすれば、「第1の真実と信頼の瞬間(First Moment of Truth and Trust :FMOTT)」となります。米国の電話会社であるAT&T、Sprint、Verizonの3社はすべて、信頼を付加するようFMOTを見直しました。

電話会社のカスタマージャーニー全体においては、物理的な店舗が重要な役割を果たし、新規デバイスの購入やプラン加入の決定点となります。3社はいずれも、この重要な瞬間に信頼を強化するよう、担当者とマンツーマンで話し合えるスペースやテーブルを設けるなど店舗での体験を変更しました。新しいプランを契約する際、消費者は、運転免許証、信用度、支払い条件など、多大な個人情報を共有します。単にカウンターでのやり取りではなく、ほぼプライベートなスペースに座り、電話会社が収集するすべての情報を目で見られれば、ブランドへの信頼は高まります。

第2の真実と信頼の瞬間

Uberは、第2の真実の瞬間、すなわち顧客が製品を買って使用する瞬間を「第2の真実と信頼の瞬間(Second Moment of Truth and Trust :SMOTT)」に変えることに成功した企業の例です。同社は、多くの方法でこれを実行しています。まず、ドライバーと乗客が互いを知り、非常に人間的な信頼を構築するようにしました。次に、GPSデータ追跡により、ドライバーと乗客の両方がどこを走っているのか常にわかるようにしました。さらに最近では、家族追跡機能により、アカウント保持者が家族の移動をリアルタイムで把握できるようにしました。

たとえば、高齢の親を病院での検診に送り出すとしましょう。親に代わってUberを予約し、予定どおりに病院に向かい、到着するのを見届けることができます。このシステムの耐偽装性についてUberの利用者から疑問の声も上がっていますが、同社は明確な信頼のフレームワークを構築し、「everyone’s private driver(みんなの専属運転手)」というブランドプロミスを強化しています。

カスタマージャーニー全般で信頼を強化

Forbes 2015の最も信頼できるブランドランキングで12位に輝いたThe Walt Disney Companyは、カスタマージャーニーの一歩一歩を慎重に調整し、来場者が喜んで個人データを共有するよう信頼を構築および強化している企業の良い例です。ディズニー・ワールドの来場者には、マジックバンドと呼ばれる受動RFIDリストバンドが発行され、来場の数週間前に自宅に配送されます。このリストバンドは、入園チケット、乗り物のファストパス(ウェブサイトやモバイルアプリで事前予約可能)、園内ホテルの部屋の鍵、園内および園内ホテルのキオスクで使える決済端末、IDブレスレット(園内でプロカメラマンが撮影した自分やグループの写真にタグ付け可能)の役割を果たします。

最新のマジックバンドは、園内の体験をさらに夢心地にする要素を備えています。たとえば、エプコットでテスト・トラックに乗る順番を待つ間、来場者は自分の車をデザインできます。車に乗っている間、そのデザインの車のさまざまな性能が数値化され、来場者は自分の車のコマーシャルを作成できます。このように消費者データをユーザー体験の改善に活用し、カスタマージャーニー全般で信頼を強化することにより、同社は来場者に「マジカル」な体験を提供するというブランド理念を実現しています。

個人データの活用で、より良いサービス・製品体験を

企業が個人データを利用したサービスや製品を提供するには、この高い信頼が必要です。2014年、frogは、個人データを複数のブランドと共有することに対する消費者の考え方について5か国で調査を実施しました。その結果、消費者は、たとえ見返りの価値が小さくても、自己申告データを企業と共有することに最も好意的でした。人口統計情報や嗜好も、ほとんどの消費者が共有を躊躇しません。特にその情報を利用してサービスや製品の体験が改善される場合がそうです。

例えば、音楽ストリーミングサービスであるPandoraのユーザーは、プレイリストやステーションを作成したときにお気に入りのアーティストを共有します。デジタルエキゾースト、すなわちコネクティッドデバイスやデジタルサービスの使用によって生成される個人データに関して、消費者はやや慎重です。引き続きPandoraの例で言えば、特定のステーションを他よりも多く再生したり、特定の曲をスキップしたりしたときに生成されるデータです。企業は、ひとつひとつの行動や個人データによって消費者に対する理解を深めます。

しかし、やはりほとんどの消費者が、この情報でサービス体験が改善されるなら、妥当な交換だと考えています。彼らが敏感になるのは、企業が個人データをマーケティングに使用する場合、あるいは第三者にデータを販売する場合です。

個人情報を提供することへの抵抗と懸念

問題となるのは、データの種類と用途に加え、消費者がブランドの個人データ取扱いに寄せる信頼です。2014年のfrogの調査、およびそれ以降の他の組織による調査では、ブランドの個人データの取扱いへの信頼性について、消費者はある程度の理解を持っています。

米国のLinkedInやFacebook、中国の人人網(Renren)や微博(Weibo)などのソーシャルネットワークは、モバイル通信事業者や銀行に比べ、一貫してユーザーからの信頼度は低いです。決済/クレジットカード会社や電子商取引会社は、個人データの扱いに関して最も信頼されている傾向にあります。消費者は、たとえ個人情報保護方針やデータ保護を明確に説明できなくても、世の中には個人データの共有と販売に依存するブランドやビジネスモデルと、個人データを利用してサービスや製品の体験を改善するだけの企業があることを理解しています。

frogの2014年の個人データ調査をまとめたレポート『Customer Data, Designing for Transparency and Trust(顧客データの収集は信頼構築から始める)』で指摘したとおり、信頼されている企業は、信頼されていない企業に比べ、個人データを多用した推測的な価値のあるサービスを提案でき、なおかつ消費者が受け入れることを期待できるので有利です。End

後編に続く




この連載は、frogが運営するデザインジャーナル「DesignMind」に掲載されたコンテンツを、電通エクスペリエンスデザイン部・岡田憲明氏の監修のもと、トランスメディア・デジタルによる翻訳でお届けします。