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ケンタッキー、ルイビルまでちょっと旅をしませんか?

アメリカ合衆国の中東部に位置するケンタッキー州は南部に属するが、南北戦争で中立を選んだ境界州でもある。一般的な日本人の知識だと、競馬のケンタッキー・ダービーやバーボン・ウィスキーを思い浮かべる程度だろうか。もちろんケンタッキー・フライド・チキンのケンタッキーでもあり、その本社があるのが、この州最大の都市ルイビルだ。故モハメド・アリの出身地としても知られているだろう。

▲ルイビルで人気のクルーズ船。1914年から運行する「ベル・オブ・ルイビル」。|Photo by pixabay

ブルーグラスからインディ・ロックまでが交差する河港の街

このルイビルが近年注目すべき音楽都市となっている。僕にしても、数年前までは、その州の愛称から名前のとられたブルーグラスの本場で、20年代までさかのぼると、実はジャグ・バンドの発祥地だった(名産のウィスキーのジャグ[壺]が用いられた)といった認識くらいしかなかったが、オハイオ川沿いの河港の街で、インディアナ州と接する位置ゆえに昔から人や物の交差点であり、人口70万人ほどという街の規模から想像されるよりもずっと盛んなミュージック・シーンがある。

ちなみに、日本では一般にルイビルと表記している街の名前をどう発音するかは永遠の論争だ。その由来がフランス国王ルイ16世という外国人の名前のせいか、発音は少なくとも5通りはあるとも言われている。我々外部の人間のほとんどは「ルーイヴィル」と発音すると思うが、地元の人たちの多くは「ルーアヴァル」と発音するそう。キャメロン・クロウ監督がこの地域出身の父親に捧げ、近郊の街を作品名にして、ルイビルでも撮影した05年の映画『エリザベスタウン』にも、オーランド・ブルーム扮する主人公に、フライト・アテンダントのキルスティン・ダンストが「ルーアヴァル」だと繰り返し発音を直す場面があった。

▲映画「エリザベスタウン」トレイラー

90年代以降、この街は、全米各地で大きなアリーナ級の会場を売り切るほどの人気ロック・バンド、マイ・モーニング・ジャケット(映画『エリザベスタウン』にも出演)をはじめ、フリークウォーター、ウィル・オールダム(別名ボニー・「プリンス」・ビリー)、ジョーン・オズボーン、ガスター・デル・ソル、VHS・オア・ベータ、スリント、ヴィルビリーズなどの個性豊かなバンドやアーティストを輩出してきた。

その背景を探ると、80年代後半から90年代にワシントンDCのシーンに影響を受けたパンク~ポストパンクの盛んなシーンがあり、週末には小さなクラブに入りきれない数の若者が詰めかけていたという。その後、そういったパンク~ポストパンクの盛り上がりを受け継ぐインディ・ロックの流れに加え、州東部のかなりの領域に「米国音楽のゆりかご」と呼ばれるアパラチア山脈がかかり、オールドタイムやブルーグラスが盛んな土地柄ゆえ、若い世代がそういったフォーキーなルーツ・ミュージックを再発見したことがあり、その2つの要素が共存し、時に影響し合って発展していった。それがこの地域のミュージック・シーンの大きな特徴のようだ。

また、以前なら音楽界で成功するには、ニューヨークやロサンゼルス、またはナッシュビルなどに移住しなけれならなかったが、インターネットが社会を変え、音楽業界がすっかり様変わりした現在は、地方都市に拠点を置いたままで活動を続ける人たちも少なくない。それでもツアーに出掛けることを考えると、どこでもいいと言うわけでもないが、ルイビルは音楽的に重要な都市ナッシュビル、シカゴ、セントルイスが500km以内、メンフィス、ワシントンDCが700kmほどの距離にあり、地理的な条件にも恵まれているのだ。

今月のプレイリスト

▲ジャケット写真 左上から:ネリー・パール「Lonesome No More!」、ベン・ソリー「Ben Sollee and Kentucky Native」、クワイエット・ホラーズ「Amen Breaks (Explicit)」、ジョーン・シェリー「Joan Shelley

さて、今月のプレイリストは、そんなルイビルを拠点にするアーティスト4組の曲をお届けする。


▲Nellie Pearl “Live/Die”|ネリー・パール公式ページ

ネリー・パールは地元で知られた数組のロック・バンド、フォーク・グループのメンバーが集まって、15年に結成したバンド。たちまち人気を得て、クラウド・ファンディングのキックスターターでファンから資金を調達したデビュー・アルバム「Lonesome No More!」が、昨年のルイビル・ミュージック・アウォーズで見事年間最優秀アルバムに輝いた。

この〈Live/Die〉はそのアルバムからの曲だ。彼らは男女のツインヴォーカルが看板で、フォーク、カントリーの影響を取り込んだいわゆるアメリカーナ・バンドだが、サーフ・ギター風のインスト曲まで含む音楽性の幅広さがある。


▲Ben Sollee “Mechanical Advantage”|ベン・ソリー公式ページ

ベン・ソリーはチェロを弾き語るユニ―クなシンガー・ソングライター。小学4年生からチェロを弾き始めたクラシック音楽の素養と両親が好んでレコードをかけた50,60年代のR&B、そして地元で盛んなオールドタイムやブルーグラスが音楽背景となっている。大学在学中の05年に誘われたアビゲイル・ウォッシュバーンのバンドへの参加で注目され、08年にデビュー・アルバムを発表。その時点では時に従来の奏法の枠から外れた独特な演奏を聞かせる優れたチェロ奏者として知られていただけだったので、才能豊かなシンガー・ソングライターとしての顔を見せたソロ・アルバムは話題を呼んだ。

これまでロック、ジャズ、ブルーズと様々なミュージシャンとコラボしてきたが、このほどケンタッキー・ネイティヴという新バンドを結成し、今月ニュー・アルバムを発表する。バンジョーやフィドルを擁する弦楽器だけのブルーグラス・バンドに近い編成だが、ブルーグラスをやるわけではないところがミソ。この〈Mechanical Advantage〉もメキシコのダンス音楽ウアパンゴのリズムを取り入れたものだ。


▲Quiet Hollers “Broken Guitar”|クワイエット・ホラーズ公式ページ

クワイエット・ホラーズは、シャドウィック・ワイルドを中心にしたバンドだが、彼のキャリアにはルイビルのミュージック・シーンの歴史が重ね合わせられる。若い頃の彼はハードコア・パンクを演奏しており、地元のバンドだけでなく、DCのバンドにも加わっていたという。その後、彼はシンガー・ソングライターに転身し、10年にソロ・アルバムを発表。ライヴのために集めた面々が、クワイエット・ホラーズとなるが、結成当初はオルタナ・カントリーと呼んでいいバンドだった。それが、70,80年代のロックなど、様々な影響を加え、自分たち独自のサウンドを発展させていく。

この〈Broken Guitar〉は、今年発表されたニュー・アルバム「Amen Breaks」収録曲だが、昨年にアルバムに先駆けて発表され、ルイビル・ミュージック・アウォーズの年間最優秀楽曲候補となった。


▲Joan Shelley “Where I’ll Find You”|ジョーン・シェリー公式ページ

今年5月に、この〈Where I’ll Find You〉を含むニュー・アルバム「Joan Shelley」を発表。ウィルコのジェフ・トゥイーディが自ら手を挙げてプロデューサーを務めたということで話題沸騰の女性シンガー・ソングライターが、ジョーン・シェリーだ。

本人とネイサン・サルスバーグのアコースティック・ギター2本のアンサンブルが美しいフォーキーなサウンドを聞かせるが、「海の無い土地に住んでいるのに、海や海岸の出てくる歌を歌うのは、サンディ・デニーのDNAじゃないかしら」と冗談めかして言うように、ケンタッキー人ながら、英国フォークの影響も感じさせるところがまた魅力となっている。また、シャイアン・マイズ、ジュリア・パーセルとの女性3人でバンジョーやフィドルを弾いて歌うオールドタイム・ミュージックのバンド、メイデン・ラジオでも活動している。

今月のプレイリスト(Spotify版)>>