メトロクスでは、50年代から80年代までの国内外のマスターピースと呼ばれるデザインプロダクトを扱うほか、生産中止になっている製品を再評価し現代に復刻するプロジェクト、そして、オリジナル製品の企画開発を行っている。2017年の今年、創立25周年を迎えたメトロクスの代表、下坪裕司氏に話を伺った。
いいものを判断し、人に伝える
下坪氏は北海道で生まれ育ち、地元の専門学校でデザインを学んだ。デザイナーになりたいと思って入学したが、「自分には突出した才能はない」と感じ、「ものを生み出すのではなく、いいものをきちんと判断して、その魅力を人に伝えていく仕事のほうが自分に向いているのではないかと思った」。
卒業後は、インテリアショップのイデー札幌店に就職。その後、ビンテージの家具を扱うショップに転職し、バイヤーの経験を積んだ。アメリカやカナダ、イギリスに買い付けに行って名作に触れ、ものを見る目を養った。
海外で買い付けた家具は、輸送コスト節減のために社員自らが解体して梱包し、発送しなければならなかったが、ものを解体したり、組み立てたりすることが好きだった下坪氏にとっては、簡単な工具さえあれば容易なことだった。むしろ、「家具の構造を学び、デザイナーの思考の足跡をうかがい知ることができる絶好の機会」となり、現在の製品開発のうえで、当時の経験が大いに役立ったという。
自分がいいと思うものを扱う
イデーに在籍していたときから、国内外の著名な建築家やデザイナーのマスターピースを扱う仕事をしていたが、それらは会社の視点で選ばれたもの。次第に、「自分がいいと思うものだけを扱うお店をつくったらどうなるだろう」と考えるようになった。
1993年に自身の会社を設立し、「メトロポリタンギャラリー(現・メトロクス)」という、ギャラリー兼ショールーム機能を持つインテリアショップを札幌にオープン。2003年には東京にもショップを構え、本社機能を移した。
扱う製品は、50〜60年代のヨーロッパのビンテージ家具を中心に、イタリアの事務機器メーカー、オリベッティ社やドイツのブラウン社の製品などもあり、そのラインアップは広がりを見せている。
往年の製品を再評価して復刻する
1998年には、生産中止になっている製品を再評価し、復刻する「メトロポリタンプロダクツ」部門を開設した。復刻する基準は、「自身で使ってよかったもの」と、「製造元がわかること」の2点。
復刻にあたって初めに取り組むのは、メーカーや製品を管理する財団法人などに了承を得ることだ。メーカーが現存していなければ、建築家やデザイナーに連絡したり、権利を持っているところに赴いて話し合いの場をもったりすることもある。
製造は一部を除いて、日本の工場で行っている。輸送コストを節減できるだけでなく、品質を安定的に保つことができ、トラブルにも即座に対応できるという理由からだ。特殊な素材や加工が必要な場合には、製造できる工場探しから始めることもある。
マックス・ビルの復刻製品
これまで本連載第12回の近藤昭作氏の照明を含めて、多彩な製品を復刻してきた。先方にコンタクトを取って承諾を得るまでは、比較的スムーズにことが運ぶが、復刻する製作過程では苦労を伴うことも多いそうだ。マックス・ビルのリトグラフやラグも、販売に至るまで試行錯誤の連続だったという。
マックス・ビルの製品は、歴史学者でありアーティストでもある息子のヤコブ・ビル氏が財団で管理している。色の再現にとても厳しく、細いチェックが入った。
「色校正を何度も送ってやり取りしたのですが、なかなかOKが出ませんでした。色の表現はとても繊細で難しく、『もうちょっと青みがかったグリーン』ということで、パントーンで指示してもらうようにお願いすると、『この色とこの色の間くらい』と。ラグは、グラフィック作品をもとに独自に開発したものなので、紙に印刷された色をウールやアクリル素材で再現するのに苦労しました。しまいには、ヤコブさんから『あなたの目はとても悪いのでは?』と言われてしまいまして」と、当時を振り返って下坪氏は笑う。
その後、根気よく丁寧にやり取りしたかいあって、2種類のリトグラフ作品と、3種類のラグが完成。ショップで大々的に展示会も開催した。この復刻プロジェクトを通じてヤコブ氏との交流が深まり、自宅に招かれて夫人の手料理をご馳走になったり、その後の製品開発や販路開拓にも積極的に協力してくれるようになったという。
モビールは「私の夢そのもの」
渡辺 力氏の製品もいくつか復刻した。「リキモビール ミヤマ」は、もともと1983年に東京・新宿京王プラザホテルの日本料理店「みやま」のためにデザインされたものだ。2011年のある日、渡辺氏がオリジナルのモビールをメトロクスに寄贈してくれたそうだ。
著書「素描」(建築家会館刊行)に、モビールは「私の夢そのもの」と書かれていたことを下坪氏は思い出し、思い入れの深い製品だと、渡辺氏が100歳を迎えた記念に家庭用サイズに縮小して復刻した。
これを自宅で使用してくれたそうだ。その後も渡辺氏は自邸に飾っていたマックス・ビルや田中一光氏のリトグラフ、オリベッティの製品などを寄贈してくれ、亡くなった後は遺族から手描きの原寸図面を譲られたという。
若手とのオリジナル製品の開発
メトロクスでは、2016年から新たに若手デザイナーを起用したオリジナル製品の開発もスタートさせた。その第一弾がトラフ建築設計事務所との籐のウォールミラー「wawa」である。
普段から建築家やデザイナーの売り込みが多いそうだが、大勢の中からタッグを組む相手を選ぶ決め手は、「相性」だという。
「『wawa』は、開発に2年ほどかかりました。長期間かかってしまう場合もあるので、それにお付き合いいただける方でないと、難しいかなと思います。いちばん重要なのはメトロクスらしさを理解いただいて、うちのフィルターを通しながらデザイナーの方の個性も取り入れて、製品に反映できるかというところ。まずお会いして話をし、お互いの感性に共感できるかということがプロジェクトを始められる大事な要素になりますね」。
復刻と新開発のプロジェクト
会社の設立当初は、下坪氏が製品の選定を行っていたが、現在は毎月、社内会議を開き、意見やアイデアを持ち寄って決定しているそうだ。市場調査は行わず、自分たちがいいと思ったものを選ぶという指針は変わっていない。
ところで、その「自分がいいと思ったもの」は、きちんと売り上げにつながっているのだろうか?
「なかには思ったほど売れなかったものや、想像以上に売れたものなど、いろいろです。売れなかった場合は、次の糧にしようと考えます。それは10数人程度の、この規模の会社だからできることかもしれませんね。けれども、結局のところ、何が売れるかはわからないというのが正直なところです」。
今後も名作の復刻と、若手との新たなオリジナル製品というふたつの側面から製品を発表していくという。開発中の製品もいくつかあるとのことで、発表を楽しみにしたい。
下坪裕司/メトロポリタンギャラリー代表取締役。1967年北海道生まれ。デザイン学校卒業後、イデー札幌店に勤務。その後、アンティークショップでのバイヤーを経て、1993年にメトロポリタンギャラリーを設立。日本とヨーロッパで生まれた歴史あるデザインプロダクトを取り扱うインテリアブランド「メトロクス」と日本の伝統工芸の技術を用いたモダンクラフトブランドの「n-crafts@metrocs」を運営し、近年では海外への輸出販売に注力している。イタリアのオリベッティ社やドイツのブラウン社のプロダクト、江戸切子の蒐集家でもある。
「渡辺力 ポップアップショップ」開催
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メトロクス東京では、戦後日本のデザイン黎明期に革新をもたらしたデザイナーのひとり、渡辺 力氏のデザインプロダクトを一堂に会したポップアップショップを開催する。現在では市場に流通していないリストウォッチやスツールをはじめ、渡辺氏に関する貴重なコレクションアイテム、生前に残した直筆サイン入りの「アルミニウムクロック」を10個限定で販売する予定だ。※会期中に渡辺氏が手がけたアイテムを1万円以上購入した方には、特典として「ユニトレイ」を進呈。
- 会期
- 2017年8月19日(土)~9月30日(土)
- 会場
- メトロクス東京(東京都港区新橋6丁目18-2 Tel:03-5777-5866)
- 営業時間
- 平日10:00〜18:00 土曜12:00〜19:00
- 定休日
- 水・木・日曜・祝日
- 詳細
- http://metropolitan.co.jp