平面が立ち上がる瞬間をデザインする。
「KIGI WORK & FREE」展に見る植原亮輔・渡邉良重の18年。

▲Photos by Junya Igarashi

デザインユニット「KIGI(キギ)」として独立してから5年半、ドラフト在籍時からを合わせると協働して18年になる植原亮輔と渡邉良重。7月16日から宇都宮美術館でスタートした「KIGI WROK & FREE」は、ふたりにとって初の大規模な個展となる。これまで手がけてきたクライアントワーク(WORK)と、彼らにとって同様に大切なプライベートワーク(FREE)を一望できる内容だ。

展覧会では植原と渡邉それぞれの持ち味を対比的に見せつつ、中央にふたりで手がけたものを据えることでクリエイションの幅の広さを伝えている。グラフィックデザインに立脚しながらもアウトプットは平面に限らず、プロダクトやインスタレーション、店づくりにまちおこしまでと、どこにたどり着くかわからない面白さが彼らの魅力だ。「KIGIらしさとは自由であること」と言い切るふたりに、展覧会のこと、多彩な活動について話を聞いた。

素振りだと思って思い切りやればいい

なぜ今回、「WORK & FREE」というタイトルにしたのですか。

植原 僕たちのクリエイションに対する想いからです。クライアントワークは多くの人たちとのあいだで最大公約数を見つける難しい作業で、それを乗り越えていくクリエイションだと思います。一方、プライベートワークは、クライアントのいない自由な活動。例えば自分たちでブランドやお店をつくったりしていますが、そこにも工場や営業の方々の力が不可欠です。結局どちらも一人称以上の人たちを巻き込んでいくのが僕たちの仕事なのかなと思っています。

▲宇都宮美術館のROOM2では、クライアントワークの仕事を紹介。

ふたりにとってWORKとFREEの比率はどのくらいなのでしょう。

渡邉 仕事をしないと生きていけないので、そういう意味では私は仕事にかけている時間のほうが多いです。でも気持ちは半々くらい。もう少し余裕ができたら、時間も半々くらいでいきたいですね。

植原 僕は半々ですかね。自分たちのオリジナルショップやブランドなどもやっているので、場合によっては6(FREE):4(WORK)くらいかもしれない。

渡邉 お店やブランドをFREEととらえるとそうなるかもしれませんね。

植原 WORKのほうは、本当に約束と責任がすごいんです。でもFREEは自由じゃないですか。自分でなんとかすればいい。

渡邉 そう、やってもやらなくてもいい。

植原 FREEは気持ちを楽にして取り組むようなことだと思っています。言ってみれば練習試合。だから展覧会のひとつのメッセージとして、自発的に行うクリエイションやものづくりを大変なことだと思わないほうが良いと思います。「つくれない!とか、できない!」と悩んでいる人は、素振りだと思ってホームランをイメージして思いっ切りやればいい。練習なら修正もできますしね。

▲デザイン会社ドラフトのオリジナルプロダクトブランド「D-BROS」で手がけたビニール製のフラワーベースを用いたインスタレーション。

会場構成について教えてください。植原さんと渡邉さんの仕事を対比的に見せているのが印象的です。

植原 良重さんのイラストの印象が強いので、どうしても「KIGIはかわいいものばかりつくっている」と言われがちなんです。僕は特にかわいい表現はしていないのに、僕までかわいいことができると思われていて、「それはちょっと違いますよー」と(笑)。要するに、互いの特徴をちゃんと見せて「KIGIはこうなっています」とわかる展示にしたかった。

ふたりの表現の違いはどんなところですか。

植原 全然違いますよね。うーん、なんだろう。僕はどちらかというとアイデアを考えたり、コンセプトを整理したり、戦略的なことを組み立てたりします。あと、タイポグラフィが好き。良重さんの場合は表現全般が好きで、イラストとデザインをつなげていくような考え方。違うんだけれど、そこがうまく融合していると思います。

18年協働してきて大変なこともあったのでは。

植原 比較的楽しんでやっていますよ、時々こじれますが(笑)。ふたりのいいところは引きずらないところ。1日も経たないうちに元に戻っているんです。

▲植原亮輔「IMPLOSION – EXPLOSION」(2012・2013年)。集合と拡散をテーマに、剥離紙の上に小さな丸いシールを並べて表現を試みたシリーズ。

▲渡邉良重「dropス」(2015年)。寺山修司の少女詩集の中にいろいろな宝石の名前を見つけ、そのイメージをもとにジュエリーアーティストの薗部悦子とコラボレーションした。

行動を限定したくない

KIGIの仕事はアートとデザインをオーバーラップしていると思いますが、ご自身ではどんなふうにとらえていますか。

植原 僕はコンセプトさえあればなんでもできる、と思っています。あとはどんなふうにアウトプットするか、というだけ。アウトプットを取り除くと、そこに「考え方」が残る。そういう思いでやっているので、アウトプットがイラストでなければいけないとか、写真でないといけないとか、決まっているわけではないんです。何か問題があったら、その解決方法は空間づくりやイベントにあるかもしれないし、そういうことだってやっていいはずです。

では、ふたりの考えるKIGIらしさとはなんでしょう。

植原 自由である、ということです。デザイナーはデザインしかしちゃいけないと窮屈に考える必要はないと思うんです。発想の段階では実はみんな結構とんがっていると思う。発注されたものに応えるだけ、期待されているものをつくるだけ、と行動を限定したくはないんです。

渡邉 プライドが強すぎると、プロジェクトがちょっと頑なになるかもしれません。私たちは新しい出会いのチャンスがあったら、せっかくだからそれを活かしたいと思っています。

植原 デザインもアートも現状は分業制です。作品をつくる人、それに光を当てる人、売る人、という具合に。それはそれで大事だと思うんだけれど、問題なのは「つくる人がつくりっぱなしでおしまい」の場合。だからいつも、ひとつひとつの作品に対して僕たちの制作ストーリーを添えるようにしています。広告のキャッチコピーみたいな感覚で、伝えるところまで自分たちの言葉でちゃんとやりたかったんです。

▲渡邉良重「集合」(2013年)。たくさんのレースペーパーを集めてひたすらカットし、色を塗って重ねた作品。

▲植原亮輔「ONE OFF DESIGN _ FAKE VASES FOR FAKE FLOWERS」(2014年)。溢れる工業製品(造花)のために、ノート生産時に不要になったコクヨの表紙の紙を用いて花器を制作。

新しい試み、KIGIのこれから

今回、「風贈り」「風形(ふうけい)」という風にまつわるふたつの新しいインスタレーションを制作しました。KIGIとして新しい展開の作品だと感じたのですが、どんなコンセプトなのでしょう。

植原 宇都宮美術館は、僕たちのオフィスがある東京から116km離れた場所にあります。毎日通うことはできない代わりに、毎日想いを届けたいと考えました。「風贈り」という作品では、風鈴の短冊を毎日手紙として送り、それを受け取った学芸員の前村さんに吊り下げてもらうことにしたんです。62日間の会期中、毎日1個ずつ吊るすことで、最終日には62個の江戸風鈴を飾る予定です。

渡邉 毎日手紙を送るという作業を通じて美術館に気持ちを向けたい。1日1回思い出す、という感じで。

▲「風形(ふうけい)」(2017年)

植原 もともと風鈴と風車を対にした作品をつくりたかった。夏でもあり、風を利用した何か。とにかく風を贈ろう、というのが僕らのテーマでした。

渡邉 私たちがつくるものはだいたい止まっているから、ちょっと動きを感じられるようなものがあったらいいなと。展示室前のプロムナードギャラリーと中央ホールの空間が広いので、お客さんが入ったときにふわっと風を感じてもらえたらうれしいです。

植原 火や水と違って、風は形が見えないですよね。これまで山ほどの人がいろいろなかたちで風を表現してきたと思うけれど、誰も本当の風を見たことがない。僕らもチャレンジしてみたけれど、やっぱり見ることができない。それを確かめてみた、という作品ですね。

「時間の標本」(2007年〜)はふたりにとって最初のインスタレーションだと思うんですが、これも立体的というか、動きのデザインと言えますね。

植原 確かに「時間の標本」は僕らの原点ではあります。もともとは「HOTEL BUTTERFLY」(D-BROS)というプロダクトのシリーズから生まれました。蝶は、止まっているときはグラフィカルで平面的だけれど、羽ばたくと3次元になる。2次元と3次元を回遊しているようなイメージなんですが、僕らがつくっているプロダクトも「平面が起き上がっていく」という点では同じなんです。自分たちがやっていることの象徴でもあると思うので、あの作品をいつも真ん中に置いています。

▲「時間の標本 #001」(2007年-)

最新作の「密の棚」では、3Dモデリングにも挑戦されています。

植原 ヨーロッパから買い付けした中古家具をメンテナンスして販売している「krank」(福岡)との出会いから生まれた作品です。プロダクトデザイナーの阿武優吉さんと一緒につくりました。僕たちが平面上で考えたイメージをもとに、阿武さんが3Dソフトを使って設計し、それを家具に取り付ける仕組みや素材などの相談に乗ってくれました。

渡邉 新しい展開かもしれないですね。

これからの展開をますます楽しみにしています。本日はありがとうございました。End

▲「密の棚」(2017年)


KIGI/植原亮輔と渡邉良重が2012年に共同で設立。企業やブランド、製品などのアートディレクションのほか、琵琶湖周辺の職人たちとのオリジナルブランド「KIKOF」、プロダクトブランド「D-BROS」、ファッションブランド「CACUMA」などを手がける。2015年にはギャラリー&オリジナルショップ「OUR FAVORITE SHOP」を東京・白金にオープン。2015年度東京ADCグランプリ受賞。ふたりともに亀倉雄策賞(第11回/植原・第19回/渡邉)。2016年ヴァンジ彫刻庭園美術館で個展を開催。http://www.ki-gi.com

「KIGI WORK & FREE」

会期
2017年7月16日(日)〜9月24日(日)月曜休館(9月18日は開館)
会場
宇都宮美術館
詳細
http://u-moa.jp
イベント
KIGIのふたりによるアーティストトークやワークショップ、親交の深い音楽家・阿部海太郎によるコンサートなど数々のイベントが開催されます。詳しくはウェブサイトでご確認ください。

▲本展担当の主任学芸員である前村文博さんは言う。「以前美術館でワークショップをしていただいて以来、特にKIGI結成以降のアート的な活動に興味を持ち、2年ほど前に声をかけて展覧会の準備をしてきました。ふたつの展示室にクライアントワークと自主制作の作品を分けたが、結果的にデザインとアートは明確に分けられないと感じています。デザインとは何か、アートとは何かという本質的な問題について考えるきっかけになれば嬉しいです」。