▲草多さんが自分で撮った照明の写真は、随時、インスタグラムにアップされている。Photo by 安土草多
さて、前回に続き、安土草多さんの話を少々。
もともと草多さんは平々凡々の自分というものにコンプレックスを人一倍、持っていたそうだ。そんな草多さんの話にはちょくちょく「環境」という言葉が出てくる。自分のオリジナルの環境でつくっていけば、オリジナルの物づくりができてくる。何事も環境づくりが基本で、その環境にあった物づくりをすれば自ずと自分らしさがでてくる、ということだ。
「民藝」の考えは草多さんにとってコンプレックスから脱却するきっかけとなった。同じコップが全て同じかたちにならなくても、その環境でつくられた良さがある。民衆が無為につくったものを愛でる柳宗悦の言葉をそう読み解き、民藝の思想から成長していった島根の出西窯の奮闘記(※)から、環境がものづくりに与える影響に確信をもったという。
▲窓の外に見えるのは、同じ敷地に住む叔父の牧舎
▲オリジナルで知人につくってもらっている金型。同じ金型を使ってもその日、その日で、少しづつグラスの仕上がりは変わる
同じ構造の窯でも、吹く人のペース、つくり方、使い方という「環境」で変わってくることは、自分のなかで納得がいった。そして、今、ようやくこの輝きに行き着いたのだが、数年後、今の灯油窯から電気窯をつくり直す予定らしい。
ガラスの作家からたまに聞く言葉のなかには「地球に負荷をかける負い目」をところどころに感じさせる。ガラスをつくるには大量の火力を必要とするからだ。それも(窯の構造にもよるが)何日も火を入れ続けないといけない。自分が吹かない時も燃料を燃やし続けることにストレスを感じる作家は少なくない。だが、電力ならばつくり出せる。ならば、電気窯に変えよう、という判断だ。もちろん、草多さんには10年のデータがあるから、窯が変わっても「自分のガラス」をつくり出せる自信はある。
▲照明は机に置けるタイプもある。Photo by 安土草多
醤油やかつおぶしの工場が工場についている菌を大切にするように、草多さんの窯も長年のガラスが付着して、この窯でないと吹けないガラスなのでは?前の窯の方が良かった、と言われたらどうする?と尋ねたことがある。
「その時の環境によってできたものがその時の僕だから。もし『昔のがいい』言われたら『お持ちのものを大切に使ってください』と言うしかないかな」と、草多さんは笑っていた。
去年、久々に高山に安土親子を訪ねた。
工房に行く前に向かった先は、街中から離れた場所にポツンとあるギャラリー「やわい屋」だ。
▲やわい屋店内。築百五十年の民家を移築の贅沢な空間
草多さんは「買う環境」も重要視している。だから「配り手」と呼ばれる、お店の人、バイヤーの人の役割を尊重している。自分の工房をたとえ訪ねてきたとしても、お店を紹介している。それぞれの役割があり、得意分野がある。売る人の役割を僕はできない。と、とても明快だ。はたして私は問屋として、その責務を果たしているか、自分の胸に手を当てた。
▲草多さん(右)が信頼する、地元の民芸店「やわい屋」の朝倉圭一さん
私が「つなぎ手」として心がけているのは、つくられたものが輝ける場所につなげること。9/1からリビング・モティーフさんで、今年3回目となる「日本の道具展」が開かれ、草多さんのガラスも登場する。最近は民藝系のお店での展示が多い草多さんのガラスが、モティーフさんの空間にどう広がるか、今から楽しみだ。
▲草多さんの照明の種類は、すでに60種類を越しているとか…… Photo by 安土草多
(※)
「出西の民窯 出西窯 民芸の師父たちに導かれて六十五年」多々納弘光著(ダイヤモンド社)
6月29日に著書の多々納弘光さんが90歳で亡くなられました。こころよりお悔やみ申し上げます。
「仕事抜きで会いに行く人と、捨てられないカレンダー」のおまけ
第2回に登場した三笘修さんと郡司庸久さんの2人展は7/15-7/30まで、キュレイターズキューブで行われます。ぜひ足を運んでください!