VR/AR系の技術やデバイスは、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)ではすでに日常的な光景となっている。したがって、そこから抜きん出るには、それなりの革新性が求められる。
AXIS187号(2017年6月号)でもソニーやバードリー(仮想的な鳥人飛行体験装置)による最新のVR系デザインを紹介したが、NHKエンタープライズも会場内にひときわ目立つドーム型のワイドスクリーンを設置し、「8K:VRライド」という超高解像度のVRモーションライドを提供していた。
同社が、NHKメディアテクノロジー、レコチョク(レコチョク・ラボ)、ワンダービジョン・テクノ・ラボラトリーの協力を得て実現したこのライドは、油圧式のふたり掛けベンチシートに座り、東京の過去、現在、そして2020年のオリンピックに向かう未来までの時空旅行を、VRゴーグルなしに最大限の没入感を伴って楽しめるという趣向。
サザンオールスターズの「東京VICTORY」に合わせて繰り広げられるのは、CGと実写を巧みに組み合わせた映像だが、体験デザインという観点から、リアリティの再構築に重要な役割を果たしていたのは、座席の斜め前上方に伸びる構造材の中に組み込まれた送風ファンだった。前出のバードリーも同様だが、視覚と聴覚が満たされた後は、触覚や皮膚感覚に訴えるVR技術が求められることを改めて実感した。
ちなみに、「8K:VRライド」では、1台の8Kプロジェクターからの映像を、一度、凸面鏡に反射させてスクリーンに投影する方式が採用されていた。これには設置面積を抑えつつ、レンズとスクリーン間の実質的な距離を確保するとともに、プロジェクター自体の光学系に手を加えずにドーム投影を行えるというメリットがある。また、ドーム自体もシェルを分割して運搬できるように工夫されており、大きな上映サイズにもかかわらず、さまざまな場所で上映することを前提に全体がデザインされていることが理解できた。
一方で、VRゴーグルは後ろまで文字通り360度の視界を堪能できる点が最大の特徴だ。しかし、(精緻さよりも膨大なVRデータを迅速に用意する処理の速さが求められる)グーグルマップのストリートビューは極端な例としても、つなぎ合わされた撮影イメージの境目や部分的な消失が見られると、没入感が阻害されてしまう。
もちろん、実写ではなくCGであれば破綻のないVRデータの生成は可能だが、昨今の超リアルなCGであっても、VRゴーグルのような至近距離での再生だと、実写とは異なる空気感が感じられる。
さらに、VR系のハード、ソフト、コンテンツをすべて自社で手がける台湾のフニークVRスタジオは、撮影データを単につなぎ合わせるのではなく、コンピュータ内の仮想空間にレンダリングする独自のアルゴリズムによって、この問題を解決。実写でありながら、全く破綻が感じられず、滑らかに動くステレオVR映像のオーサリングを行っていた。
撮影用のVRカメラは、市販の広角アクションカムを3Dプリントしたハウジングに収めて構成されており、デザイン案を最小のコストで迅速に実用化していくメイカーズ的な考え方が、こうしたところでも有効に働いていることを実感した。
これらの技術やデザインが映像のあり方を再定義ものだとすれば、「産地直送」という言葉の意味を根本から変える存在が、ローカルルーツ社の「野菜ファクトリー」だ。これまでの産地直送は、「産地からの農産物の直送」だったが、これは「産地が直送されてくる」のである。
すなわち、トレーラーで移動可能なコンテナの中に、天候に左右されない、野菜の生育に最適な環境が整えられており、屋根を覆うソーラーパネルによって電力が賄われる。このシステムであれば移動販売はもちろん、都市部のわずかなスペースでも新鮮な野菜を栽培して直売することができる。栽培床は陳列台のように整然としており、顧客がここから野菜を取ってレジに持っていけば、収穫や出荷のための梱包作業さえ不要となる。
先端映像から農業まで、この守備範囲の広さもSXSWが類を見ないイベントであることを物語っている。