INTERVIEW | アート
2017.07.01 10:00
▲来日中のダニエル・トンプソン監督。4度目の訪日。仕事でくるので観光はできていないそうだ。
近代絵画の父ポール・セザンヌと小説家エミール・ゾラの名画に隠された友情を切り出す
ピカソに「我々の父」と敬愛され、マティスに「絵の神様」と崇拝された画家、ポール・セザンヌ。リンゴを描いた静物画や荒々しい山肌を描いた風景画など日本でも広く知られ愛されている画家のひとりである。しかし、彼が名声を得たのは亡くなった後のことだった。一方小説家エミール・ゾラは「居酒屋」「ナナ」が高く評価され富と名声を得ていた。このふたりは少年時代からの友人同士であり、運命的とも言えるタイミングで互いの人生が交差しているという。
芸術家としての生き方を孤独に突き進むセザンヌと、着実に成功を掴んでいくゾラ。その根底を流れつづけ、時に互いを削りあう友情を描いた映画が9月2日(土)よりBunkamuraル・シネマほかで全国公開される。今回は「フランス映画祭2017」(6月22日〜25日開催)に際し来日したダニエル・トンプソン監督に映画の制作からセザンヌの内面に到るまで話を伺った。
画家たちが生きた時代をスクリーンに蘇らせる
© 2016 – G FILMS –PATHE – ORANGE STUDIO – FRANCE 2 CINEMA – UMEDIA – ALTER FILMS
ーー実在する絵画や絵画に描かれている時代を映像化する点で史実に対する膨大なリサーチや豊かな想像力が必要とされたと思います。
史実と私の頭のなかから生まれたフィクションを組み合わせる作業はとても幸せで、骨の折れる仕事でした。さらに脚本を考えるうえで大事な要素であったゾラの「制作」という小説(※セザンヌがモデルとして登場していると言われる)ではすでに史実とフィクションが一緒になっているのです。史実・フィクション・「制作」の3つの要素から脚本を練り上げるのは時間が掛かりましたがとても楽しかったですね。
完成した今となってはどれが史実でどれがフィクションなのか……。私の頭のなかで溶け合ってしまっています。
ーーセザンヌの故郷で世界遺産であるエクス=アン=プロヴァンスでの撮影はいかがでしたか?
撮影の許可を取るのは大変でした。南仏は暑いために火事がもともと多い場所で消防隊が神経質になっているところがあるのです。炎天下のもと撮影のために電気や照明を使用しますから、彼らに火災法的に撮影ができないと朝になって言われる可能性もあった。撮影中1日ダメにしてしまうのは大ごとなのですが、幸いなことにスケジュール通り撮り終えることができました。
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また美しい入江で撮影した時の場所は、元来自動車も船も乗り付けてはいけない立ち入り禁止エリアでの撮影で、最小人数のスタッフで撮影するからと頼み込んでやっと一日だけ許可が下りたシーンでした。
撮影中は消防署の人たちが見張っているわけですが、タバコはもちろん禁止されているその場所で、一人だけ喫煙していたのがなんということでしょう、消防署の人だったのです!(笑)
ーーそれは呆れてしまいます(笑)。劇中の時代に合わせた衣装も印象的でしたね。
準備の段階から衣装のことはかなり話し合いました。この映画の衣装イメージを伝えるため、印象派の絵画の写真を撮って「この絵ならこの洋服、この絵ならこの帽子」というように、色やスタイルのフォトアルバムを作り衣装のチーフに渡したのです。ただ、決める際に彼らがいわゆるボヘミアンであったことを意識して、当時の着込んだのブルジョワの人たちよりもちょっと着崩したようなカジュアルさが表現されることを重視しました。もちろんその時々の流行に合わせて微妙にスタイルを変えてもいるんですよ。
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また、セザンヌは妻であるオルタンスが青いドレスを着ている彼女の肖像画を多く描いているのですが、描かれている青を再現して彼女の衣装を作ったりもしましたね。
ーーセザンヌは当時の絵画における流行や評価基準に惑わされず自身のスタイルを模索した真の芸術家であると言えます。しかしあまりの頑なさでオルタンスを含め、人々を遠ざけてしまいますね。セザンヌのような人をどう感じますか?
とても魅力的だけれど、付き合うのは難しいのではないかしら。今の精神分析的にいうと彼は躁鬱病のようなところがあった人物で、浮き沈みの気分が激しく、周りにいる人は大変です。セザンヌという人はほとんど強迫観念的に自分の芸術や仕事のことで頭がいっぱい。ゾラとは正反対です。ゾラは社会と結びついて考える人でしたからね。
ーーそういった根本的な違いが互いを惹きつけたのでしょうか。
ふたりは子供の頃からの友だちですから、幼い頃は共感しあっていたと思うのです。大人になった時点から違いが際立ちはじめてしまう。大人として選択していかなければいけないことの数々が友情の障害になり、時に敵のようにすらなってしまうのではないかしら。
人生における幸福と成功について
▲アートコレクターとしても名高いダニエル監督。アーティストの背景に関する並外れた知識をもとに丁寧に語る姿が印象的だ。
ーー幼い頃からの友にも関わらず、生い立ちから晩年までのセザンヌとゾラの人生が絶妙に交差しているところに監督は心惹かれたと伺いました。幸福や成功がなにを意味するのかを考えさせられます。
アーティストにとっての成功というのはそれまでの自分を安堵させてくれる一方で、生み出すまでの苦労や迷い、創造に対する疑念が消えるわけではないですよね。それはゾラもセザンヌも抱えていた問題だと思います。
ーー成功を掴んだゾラは一見人生の勝者のように映りますが、晩年は心配事を多く抱えますね。
成功という点からいうとセザンヌは一度として本当の意味での成功を手にしていないのです。もちろん晩年にちょっとした名声を得ることはできましたが、本当の意味での成功というものを彼は知らず仕舞いでした。
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かたやゾラはもちろん批評家から叩かれたりもしたが、「成功」という意味では早くから認められたので、大きな家を建てたり、快適な生活を送れたわけです。でもそれに対してセザンヌは羨ましいとは思わないんですね。セザンヌは裕福な家庭に育っていて、ゾラは逆にかつて貧しい暮らしをしていたので、ゾラを見返してやろうというようなネガティブな気持ちを抱いていなかった。要するに彼らは成功する時期がずれていたのです。
アーティストにとっての成功は実に複雑なものです。
一度成功してもいつかまた手からこぼれ落ちてしまうのではないかと不安に陥ってしまうというところがある。
ーー06年に公開された「モンテーニュ通りのカフェ」に出てくるジャンも成功に翻弄されるピアニストとして描かれていたのが印象的でした。
そうですね。モンテーニュ通りのカフェもアーティストゆえの苦悩がひとつのテーマでした。ピアニストのジャンは成功したにも関わらず、自分の居場所を見つけられずにいます。
成功した途端、人々はレッテルを貼りたがりますね。そして知らぬ間に自らそのイメージに閉じ込められてしまうだけでなく、イメージの外側へ出るのが怖くなってしまう。アーティストは支えてくれる人が身近にいてくれることを求めている、ということは今も昔も言えることだと思います。
ーーかたや現代のアーティストは自らプロデュースし、売り込んでいくことまで行えるマルチタレントなタイプが目立ちます。
まさにセザンヌはそういう現代のアーティストが求められているようなことが苦手だったし、しようともしなかった。そんな彼こそ周りの人の力を借りることができれば、見捨てられるような人生を送らなくて済んだのではと思ってしまいます。
ーーそれでもセザンヌの生き様をスクリーン越しに見ていると自分のクリエイションを信じて進む勇気がもらえる気がします。
アーティストの人々に勇気をもたらすものというのは、孤独であったり自分のやっていることに対する迷いというのは決して無駄なものではなくて、自分が目指している道の路上にあるものなのだということです。
私はセザンヌの晩年の10年の作品は特に好きなのですが、それは彼が求めていたものをその間に見つけていたと感じるからです。彼自身はそのことに気づいていなかったかもしれないけれど、私には彼が見つけたのだなと感じています。
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ーー具体的にはどういったところにそれを感じるのでしょう?
裸体の温かみ、空気の流れ、自然の荒々しさ……いずれにも彼はそれをただ描くのではなくて、描く対象を「見るものに感じさせる」、そのサジェスチョンこそ彼が目指していたものなのだと感じています。抽象的な感じですね。
キュービズム・抽象画の扉を開けたのは彼なのです。だからこそ次世代のアーティストたちがセザンヌを我々の父だ、といっているのでしょう。
ーーそれは彼が離れた印象派には確立できなかったことなのでしょうか?
印象派には印象派の革新があるのですが、セザンヌは印象派から離れてさらに遠くに行ったという感じがしますね。
ーーだからこその苦悩があった?
彼のほうが時代の先に行っていたからこその、苦悩ですね。
ーー監督の今後の作品のプランを聞かせてください。
あまりプランを考えないのですが、いくつかあるテーマの中でこれだ、という作品とマッチの火がポッとつくような自然な出会いがあるのを今は待っている感じです。
ーーアートコレクターでもある監督にとって、アートは切り離せないテーマなのだと感じます。次回もアートの映画を撮られますか?
ええ、きっと!
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「セザンヌと過ごした時間」
9月2日(土)Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
監督:ダニエル・トンプソン『シェフと素顔と、おいしい時間』『モンテーニュ通りのカフェ』
出演:ギョーム・カネ、ギョーム・ガリエンヌ、アリス・ポル、デボラ・フランソワ、サビーヌ・アゼマほか
上映時間:2016年/フランス/スコープ/114分
配給:セテラ・インターナショナル
公式HP:http://www.cetera.co.jp/cezanne/