▲しずくグラスのシリーズは150種類もつくられたそう。筆者は京都の東寺の弘法さまの市で、木箱付きの6客セットを見つけた。
学校を卒業してから会社員を7年していた。実のところ会社は大好きだった。辞めた訳ではなく、会社が解散となったので、やむなくフリーになった。
営業職は楽しかったが、それでもたまに苛立つこともある。そんな時は給湯室に行き、ひとり、珈琲をドリップしていた。夏はグラスに氷を入れてアイスコーヒーを入れながら気を静めた。
使っていたグラスはサボア・ヴィーブルさんで買ったものだった。淡島雅吉のしづくグラス、という名前を教わったが、まだネットで調べられる時代ではなく、名前だけが頭に残っていた。会社を辞める日、もちろんそのグラスは持ち帰った。
▲会社員時代から愛用のしづくグラス。
独立して数年経ったある日、銀座の藤屋画廊で淡島雅吉のポスターを見つけた。そこには、色鮮やか且つふくよかな花瓶やオブジェが並んでいた。接客をしてくださった美しいマダムは、淡島さんのお嬢さんのナナさん。淡島雅吉という人はガラスのデザイナーとして、信頼のおける職人さんと作品をつくりあげたということを教えてもらった。
私が愛用していた「しづくグラス」は陶器のようなあたたかみを持つグラスにすべく、淡島さんが独自に考案した型吹きガラスだった。昭和のモダンデザインの歴史の中で欠くべからざるご本人は亡くなられていたが、型吹きであるため委託工場でつくり続けられ、私も手に入れられたのだった。
その後、うつわの本を書くに際してや、多治見のギャルリももぐささんの企画展にて抹茶碗を貸し出してもらうために、ナナさんのお宅のプライベートギャラリーにお邪魔したとき、意外なことを聞いた。「ずっと頼んでいた工場が閉鎖してしまい、他の工場に型を持って行ったが、父の求めていたグラスにならない」と。金型とつくり方、現物見本があったとしても、ちょっとしたニュアンスが違うという。
かねがね「型があれば、作者が亡くなってもモノはつくり続けられる」と思っていた私には驚きだった。しかし、見せてもらった新しい工場のグラスは、線が細く、輪郭は同じだが、魂の抜け殻のように感じた。そして、「しづくグラス」は製造を中止され、幻のグラスになった。
▲手元にある、淡島雅吉さんが載っている本をとりあえず4冊。
前述のうつわの本「うつわの手帖【1】お茶(ラトルズ)」も、お恥ずしながら初版売り切り増刷なしのため、幻になってしまった。この本のしづくグラスの項の最後に「淡島さんの作品を集めたプライベートギャラリーを食と絡めたものにする」ことを記しながら、淡島さんの孫であり、ナナさんの息子さんである執さんがプライベートギャラリーに併設するレストランをオープンさせたお知らせを頂いた後も伺い損ねていた。
先日、友人で私と同じような職業のノグチくんが独立したお祝いに、レストラン「gallery+ShuLabo」をとうとう訪ねた。浜田山の閑静な住宅街の一角に佇む店に入ると、淡島さんの作品が壁一面に並んでいる。
▲ShuLaboの外観
▲プライベートギャラリーでは淡島さんの作品を「味わう」こともできる
作品を間近に見つつ、執さんが腕を振るうとびきり美味しいお料理を頂くひと時は、贅沢至極。お料理は、贅沢な素材を活かしきり、おおらかでふくよかで、淡島さんのガラスの豊かなガラス表現と重なるものがある。
久々にナナさんともお話できた。2019年に公共の場で淡島さんの回顧展が開催されることが決定したそう。昭和のモダンデザインの巨匠の作品を一堂に見られる日が、今から楽しみだ。
▲ShuLaboのお料理。「フランス産ホワイトアスパラガスのグリル ポーチドエッグ添え」4月から6月ごろの期間限定 シーズン終わり次第終了。季節の素材が贅沢に使われている。
▲しづくガラスのリーフレットには「日本料理に使えるガラス器」とあります。洋食のShuLaboでは、使われていません。
《前回のおまけ写真》
▲牧野伊三夫さんがデザインした、シネマテーク・リベルテのオリジナルTシャツ。これを着て友人宅に泊まりに行ったら、宿の主人がこっそり、贋作を制作しはじめた。(こんなことはやってはいけません……!)
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Gallery+ShuLabo
- 営業時間
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DINNER 18:00〜23:00(LO 21:30)要予約制
※現在、お料理教室開催のためランチは月・木・土・日のみ営業。 - 定休日
- 水曜日
- TEL
- 03-3306-2226
- 住所
- 〒168-0065 東京都杉並区浜田山2-2-32
- HP
- http://gallery-shulabo.com