▲Photo by Robert Katzki|Unsplash
音楽評論家、翻訳家、そして輸入レコード店店主だった五十嵐正が音楽であなたを旅に連れ出します。今回の目的地は、ブルックリン。女性シンガー・ソングライターの新作を紹介します。
ブルックリン区という地域が生み出した音楽
ニューヨーク市のブルックリン区がアートからファッションまでのクリエイティヴなアーティストが集まる地区となっていることは、今では良く知られている。音楽界でも20年前ほどからミュージシャンがどんどん移り住んでおり、新たな音楽が生まれる重要な場所となって久しい。
何故ブルックリンかという理由について、マンハッタンのダウンタウンの家賃が高騰して、アーティストたちが生活費の安いブルックリンに移りだしたという説明がされる(今ではブルックリンで家賃高騰の問題が生まれている)。だが、それだけでは説明が不十分だろう。実のところ、同様な話は80年代にもあり、当時のミュージシャンには逆方向へ向かい、ハドソン川を渡ってニュージャージー州側に移る人たちも多かった。当時ホーボーケン・ポップという名称で呼ばれたロック・バンドの一群が注目された背景にはその移動があったのだ。
90年代にブルックリンの音楽シーンが発展した大きな要因には、インディペンデントのプロモーターやミュージシャンが自ら演奏できる場所を開拓していったことがあった。使われていないビルの一角や商店や飲食店の片隅など、様々な空間を探し、活動の場を自ら作り出したのだ。その中には使用が違法な場所もあり、当初はある種ゲリラ的な活動でもあったともいう。そういった努力が積み重なって、シーンが花開いたのだ。そして00年代半ばには、その状況に気づいた大手のプロモーターがブッキングする新たな会場や店もそこに加わることになった。
日本では1年遅れの15年に「ブルックリンの恋人たち」なる邦題で公開されたアン・ハサウェイ主演の「Song One」をご覧になっただろうか。その映画の中で、主人公は事故で昏睡状態になったミュージシャン志望の弟のノートを手引きに、毎夜ブルックリンの様々なライヴ会場を回る。そこに登場する大小様々な会場と多彩な音楽に、あの街の音楽シーンが垣間見られる。
▲映画「ブルックリンの恋人たち」 主演 アン・ハサウェイ インタビュー動画
さて、ブルックリンの音楽シーンというと、ダウンタウンのシーンの流れを汲んで、ジャズや前衛、インディ・ロックをイメージする人も多いだろうが、実のところ近年はフォークやブルーグラスなどのアコースティック・ルーツ・ミュージックもとても盛んだ。今の若いミュージシャンはインターネットで古今東西のあらゆる音楽にアクセスできる時代に育ち、様々な音楽への関心を持つので、ジャズからクラシックまでの幅広い人脈に日常的につながることのできるブルックリンを活動拠点に選ぶようだ。
今月のプレイリスト
▲ジャケット写真 左上から:ベッカ・スティーヴンズ「レジーナ」、ウィルセン「I Go Missing In My Sleep」、アンバー・コフマン「City of No Reply」、カサンドラ・ジェンキンズ「Play Till You Win」
というわけで、今月のプレイリストは、ブルックリンを拠点にする女性シンガー・ソングライターの新作から4曲をピックアップした。ジャズからカントリーまでの幅広い音楽性を吸収して、それぞれに個性的な作品を作り出している女性たちだ。
▲Becca Stevens “Regina” from ‘Regina’|ベッカ・スティーヴンズ公式ページ
ベッカ・スティーヴンズ(@beccastevensbsb)は今最も注目されるアーティストの一人。ジャズの有名校の卒業生だが、その一方で南部ノース・キャロライナ出身で伝統的なフォークにも親しんだ。ジョニ・ミッチェルら先輩シンガー・ソングライターの影響も窺えるが、そのジョニの親友CSNYのデイヴィッド・クロスビーに高く評価され、今年前半には彼のバンドにも参加した。最新アルバム「レジーナ」を引っさげて、7月に2度目の来日をする。必見だ。
▲Wilsen “Garden” from ‘I Go Missing In My Sleep’|ウィルセン公式ページ
ウィルセン(@thisiswilsen)はロンドン出身で、ボストンのバークリー音楽院を卒業後、ブルックリンにやってきたシンガー・ソングライターのタムシン・ウィルソン率いるトリオ。「I Go Missing In My Sleep」がデビュー・アルバムとなる。80年代の英国のインディ・ロックとフォーキーなシンガー・ソングライターをミックスしたようなドリーミーなサウンドを聞かせる。
▲Amber Coffman “All to Myself” from ‘City of No Reply’|アンバー・コフマン公式ページ
アンバー・コフマン(@Amber_Coffman)はブルックリンのインディ・ロックを代表する人気バンド、ダーティ・プロジェクターズをデイヴィッド・ロングレスと一緒に支えてきた中心メンバーだったが、カップルだった2人が別れたため、バンドはデイヴィッドのソロ・プロジェクトとなり、アンバーはこのほどソロ・アルバム「City of No Reply」を発表した。この〈All to Myself〉は50年代のドゥワップ風の曲調だが、機械処理したコーラスを用いることでレトロかつ今風のおもしろい作品に仕上げた。
▲Cassandra Jenkins “Shame” from ‘Play Till You Win’|カサンドラ・ジェンキンズ公式ページ
カサンドラ・ジェンキンズ(@CassFreshUSA)も過去にEPやシングルがあるが、「Play Till You Win」が初のアルバムとなる。彼女はエレノア・フリードバーガー(元ファイアリー・ファーナセス)のベーシストというインディ・ロックの履歴書を持つが、自分の音楽にはフォークやカントリーの影響が窺える。この〈Shame〉では、ペダル・スティール・ギターがカントリー・フレイヴァ―を加える一方で、スライド・ギターがスペイシーな感覚を加えているのが効果的だ。
ベッカ・スティーヴンス来日情報
- 会期
- 2017/7/20(木)〜2017/7/23(日)
- 会場
- 東京・丸の内 COTTON CLUB(コットンクラブ)
- 詳細
- 上記施設の公式ページよりご覧いただけます。