REPORT | ビジネス
2017.05.31 18:29
▲ 能作の新社屋。印象的な赤色の屋根は、鋳造の炉をイメージしている。
富山県高岡市を拠点とし、昨年創業100年を迎えた鋳物メーカー、能作(のうさく)。その新社屋が4月下旬に完成した。工場、オフィス、カフェ、ショップ、体験工房からなる約4,000坪の施設のテーマは「産業観光」※。工場と地域の魅力を伝える観光施設をひとつ屋根の下に集め、100年後の日本のものづくりに思いを馳せる。
※ 産業観光:工場やものづくりの現場を観光資源として生かす取り組みで、企業博物館や工場見学などを指す。日本では観光庁が推進する。
▲ エントランスを覆うのは、約400枚の真鍮の板。真鍮は鋳物の素材でもある。
鋳物とは、熱して溶かした金属を型に注ぎ入れて成型する金属製品のこと。400年の歴史を持つ高岡では、木型に砂をかぶせて鋳型をつくり、そこに金属を流し込む「砂型鋳造」が主流だ。仏具や茶道具の製造業として始まった能作は、その技術を活かして、近年は純度100%の錫を鋳込んだテーブルウェアなどを開発。全国11カ所に直営店を持つほか、海外にも進出している。
▲ 入館した人を迎えるのは約2,500枚の木型を収納する「見せる倉庫」。木型は能作にとって「ものづくりの原点」だ。©️Koizumi Studio
▲ ヒット商品の「KAGO」(写真上部)は柔らかい錫の特性を活かした器。新社屋のカフェ「IMONO KITCHEN」でも使用している。
地元を変えたい、という強い想い
今でこそ見学者に工場を開放するものづくり企業が全国各地で増えているが、「20年以上前から産業と観光を結びつける必要性を感じていた」と語るのは、能作の4代目・能作克治社長だ。能作は高岡の鋳物メーカーを代表する企業。自社の利益を超えて、産地全体の活性化を見据えたモデルをつくりたいと考えていた。
▲ 能作克治社長。大阪芸術大学芸術学部写真学科を卒業後、新聞社勤務を経て、1984年に義父が経営する能作に入社した。
福井県出身の同氏が高岡に来て鋳物職人をしていた頃の話だ。工場見学に来た母親が小さな男の子にこう言った。「勉強しないとこういう仕事にしか就けないよ」。能作社長は唖然とした。鋳物の仕事、職人の地位はなぜここまで低いのか。「この状況を変えるためには、まず地元から変えなければならない」と心に決めたという。
ものづくりの魅力を伝えようと工場に小さな展示スペースをつくったり、10年以上にわたって年間約1,200人の小中学生の鋳物体験を受け入れてきた。能作社長は「鋳物の仕事や職人について知ってもらえれば、伝統産業や地域の素晴らしさをわかってくれるはず」と信じる。「伝えることで産地を変えたい」という想いが新社屋にも貫かれているのだ。
五感で素材やものづくりのプロセスを体感
新社屋をつくるにあたって能作社長を支えたのは、10年以上にわたり、同社のブランディングや製品開発に関わってきたクリエイターたちだ。伝統技術ディレクターの立川裕大氏、家具デザイナーの小泉 誠氏、グラフィックデザイナーの水野佳史氏である。建築設計には、富山で多くのプロジェクトを手がける広谷純弘氏(アーキヴィジョン広谷スタジオ)が招かれた。
「工場と観光施設をひとつにしたい」というイメージを具現化すべく、それらを一体化して大屋根をかけたような構造とした。天井高6.6mの土間のような空間には、カフェ、ファクトリーショップ、鋳物の体験工房、ギャラリーが集まっている。内装材には錫・真鍮・銅の板が用いられ、空間全体で素材の特性を感じることができる。これらの金属が温かみを持つことを初めて知る人もいるかもしれない。
椅子やテーブルなどの家具、サイン、取っ手といった建築金物など、新社屋のために新たにデザインされたものもある。「長くチームの一員としてやってきて、能作ができることを最大限に新社屋に活かした」と小泉 誠氏。新たにデザインしたものは、商品化が予定されている。
▲ 建築模型。2014年から月1、2回のミーティングを経て2017年4月に完成。「大屋根をかける」という案にたどり着いたとき、チーム全員が納得したという。
▲ 内観。屋根の下に土間のような空間をデザイン。家具を移動すれば自由な使い方ができる。©️Koizumi Studio
▲ ギャラリー「NOUSAKU CUBE」。壁面を覆うのは約4,000枚の錫の板。
▲ 建物内の至るところで錫や真鍮といった金属素材、富山産の杉材が存在感を見せる。©️Koizumi Studio
▲ ファクトリーショップ。「空間の奥行きを感じてもらえるように」(小泉氏)、天井高とのバランスで棚の高さ1,500mmを決定。標準的な什器の1,350mmより高く、ビジターは商品を「見つけに行く」感覚に。
▲ カフェや社員食堂、ホールのために製作した300脚のオリジナルの椅子。
また工場では、ガラス越しではなく、職人のすぐそばで作業を見ることができる。燃え立つ炉の匂いや鋳込み作業の緊張感、仕上げ加工の大きな機械音など、まさに五感で製造の迫力を体感できる場だ。
▲ 新工場へ続く見学用の通路。「鋳」は鋳造場、「仕」は仕上場。館内サインは水野佳史氏のデザイン。もちろん自社の鋳物でできている。
▲ 新工場の鋳造場。鋳込み作業は1週間のうち2、3日。それ以外の日は鋳型をつくっている。
▲ 鋳型の砂から製品を取り出す作業。現在は、銅より錫製品の割合が圧倒的に多い。
▲ 新工場の仕上場。見学者のために広い通路を設けた。若手職人の中には、小中学生のときの鋳込体験をきっかけに入社した人もいるという。
100年後の日本のものづくりを見据えて
「新社屋の完成が終着点ではない」と能作社長。「ようやく器が整い、これからが本当のスタート。今後いかにして産業観光を広めていくか」。
そんな能作のビジョンを示すものがふたつ、エントランスに設置されている。富山の見どころを伝えるプロジェクションマッピングと「TOYAMA DOORS」だ。後者は能作の社員がおすすめの飲食店などをまとめた観光案内で、観光客にはありがたい情報となる。
▲ 富山県をかたどったプロジェクションマッピングのテーブル(手前)は、「子どもたちに喜んでもらいたい」という能作社長のアイデア。©️Koizumi Studio
▲ オリジナルの観光案内「TOYAMA DOORS」。「好きな場所を選んでもらえるように」とカード形式で200種類ほどある。
「TOYAMA DOORS」の原案をまとめた立川裕大氏は、「能作が入り口(ドア)となって、高岡や富山のいろいろな場所に出かけてもらうための仕掛け」と説明する。新社屋の来場見込みは年間5万人。この人たちが広い地域に拡散することで、県内各地でものづくりを見せる場が増えていくのが理想だ。
能作社長は「100年後の日本がどう変わるかを見せていきたい」と語る。「伝統産業がなくなっているような状況だけは避けたい。日本のものづくりをどう発信していくか。それはわれわれ携わる人間にかかっているのです」。目先の利益だけで動いては、何も変わらない。新たな場所から100年後の日本のものづくりを見据える能作社長の決意は固い。(文・写真/今村玲子)
▲ 新社屋のエントランスには、真鍮製の日本列島が埋め込まれている。鏡面磨きをかけた「富山県」がひときわ輝く。
株式会社能作
- 所在地
- 〒939-1119 富山県高岡市オフィスパーク8−1
- アクセス
- 高岡砺波スマートICよりクルマで5分/JR新高岡駅よりクルマで15分/JR高岡駅よりクルマで20分
- 詳細
- http://www.nousaku.co.jp