プロダクトデザイナーの鈴木 元さんが、日々の小さな発見や“気づき”について語ります。
第1回「ミクロとマクロ」
方向感覚はいいほうではない。スマホの地図がないとすぐに道に迷ってしまう。Google Mapの兄弟分にGoogle Earthという素晴らしいアプリがあるが、チャールズ&レイ・イームズが1968年に制作した映像作品「Powers of Ten」が開発の大きなインスピレーションになったのだそうだ。
大学時代、授業でこの映像を見たときのことを鮮明に覚えている。映像は芝生に寝転ぶ男性から始まる。カメラはぐんぐんと上昇をはじめ、男性は公園の一部となり、公園は街となり、陸になり、地球になり、宇宙になる。銀河系を見渡せるほど上昇したカメラは急降下し、もとの男性までたどり着くが、カメラの下降は止まらず、今度はゆっくりと男性の手の皺に分け入る。細胞膜を超え、遺伝子に侵入し、素粒子まで到達して約10分の垂直の旅は終わる。数学的で緻密な映像美や、ワンカットで全世界を見せる手法に10代の僕はくらくらした。
デザインの仕事をしていると、ふとこの映像を思い出す。角の丸みや表面の肌触りといった微細な色合いに心を砕きながら、同時に周囲の空間、ブランド、地球環境のことなど俯瞰的に思考を巡らせ、上昇と下降を繰り返しながらデザインは固まっていく。「狭義のデザイン」とか「広義のデザイン」という表現を最近よく耳にするが、そもそもデザインに狭義も広義もなく、ミクロとマクロの混ざり合いこそがデザインなのだろう。映像の中で、極小の原子と広大な宇宙の姿が相似をなしているところは感動的である。
イームズの思想は時代を超えて世界中の人々が使うツールになったが、そんな思想に毎日触れられるのだから方向音痴も悪くないと思うのである。