第6回
「氷室友里 手を動かして発想し、皆に共感してもらえるものをつくりたい」(後編)

テキスタイルデザイナー氷室友里さんのインタビュー後編では、アアルト大学の留学から戻り、就職、独立、そして現在にいたるまでを伺います。

インタビュー・文/今野敬介

日本と海外の大学で違いのようなものは感じましたか。

私が在学していた頃は、日本は作品をつくる技を磨くことを重視していて、フィンランドはデザインやコンセプトを伝えることに重きを置く印象を受けました。自分の手でとことん素材と向き合い、没頭していくことで見つかる面白さ、工場などの他者にお願いすることで自分の能力を超えたものがつくれる面白さ、ふたつの国で学べたことは貴重な経験でした。

日本に戻り、多摩美術大学の大学院でもジャガード織の作品づくりを続けたのでしょうか。

先生にジャガード織の工場さんを教えてもらって、泊り込みするくらい集中して制作を続けました。現在でもお世話になっているので、本当に良い出会いだったと思います。今もいろいろな工場を訪ねるのが好きで、毛羽立っていたり、音が鳴ったりする生地サンプルを見せていただいたりして、創作意欲を掻き立てられます。

▲ さまざまな色を使って図案を描く。この中にはまだ未発表のものもあるという。Photo by Maiko Okada

その後は独立せず就職されましたが、どんな心境の変化があったんですか。

本当にどうしようかと迷いました。いろいろなこと思いながら大学の就職課を尋ねたら、株式会社スマイルズの張り紙があった。私の近い人がスマイルズに関係していたので、話を聞いたりしているうちに、スマイルズしかないって思うようになり、1社のみ受けました。1年半ぐらいは副店長として毎日スープづくり。そのあと、ネクタイブランドのジラフで2年間ほどデザイン企画を担当しました。

作品のなかには学生時代ではなく、在職中に商品になったものがありますね。

スマイルズはとても面白い会社で、自分のやりたいことを形にしていくという方針を掲げています。代表の遠山正道さんに副業の話をしたら認めてくれて、自分の制作を続けることができました。
有休をとって工場さんに出向いたり、個展を開いたり、おかげで大学院卒業後の個展で発表した作品「LAPLAND」も商品になりました。
これは留学時に旅行したラップランド地方での思い出がモチーフです。生地の一部をハサミでカットすることで、柄をアレンジすることができます。下地はジャガード織で、ハサミを入れる部分は緯糸を飛ばして織っています。LAPLANDのほかに、「SHIBA」「HAKKUTSU」「SKY」の4シリーズを販売しています。

▲「HAKKUTSU」のクッションとその図案など。黄色の部分は地面。そこを掘るようにハサミを入れると、恐竜の骨や土器が出現し、まるで物語が動き出したような印象を受ける。Photo by Masahiro Muramatsu

独立の経緯を教えてください。

転職した同期や後輩と話したときに、20代後半から30代の仕事を頑張れる時期に何をしているかって大事だよねって話題になったんです。直売のイベントでお客さんに喜んでもらえるのを間近で見ることができるのは、単純にとても嬉しくて、皆に楽しんでもらえるテキスタイルの開発により挑戦していきたいと考えるようになりました。

独立してすぐに個展を開かれました。

個展の目的は、今までお世話になった方へのご挨拶であり、今の自分の考えを直接お話する機会にしたかったんです。そこからお仕事につながることもあるし……。人と直接つながっていけるように、会って話すことを大事にしています。個展は反響があって、副業時代に契約できなかった仕事もこのタイミングで再び声をかけていただきました。

▲ 長野のヴィンテージ家具店「Ph.D.」で生じる革の端材を用い、新たな価値を生み出そうとするプロジェクト。端材の特徴を掴んで制作したバッグやポーチは表情が1点ずつ異なっている。Photo by Masahiro Muramatsu

商品化を進めるうえで決めているルールのようなものはありますか。
パターンのモチーフにはわかりやすいものを選んでいます。多くの人に見てもらいたいので、どんな年代の人でも、国が違っても、共感できるものを選ぶように心がけています。デザインするときは、使っている人の表情が浮かぶかどうかを大事にしていますね。
もうひとつは、素材に無理をさせないことです。無理やりイメージに近づけたなってわかってしまうので、素材の持っている特徴を面白がるようにしています。
関係ないかもしれませんが、旅先で見つけたおもちゃを集めています。動きのあるものって面白いなって、原始的な構造で簡単だけど動きがユニークなもの。例えば、アフリカで買った動く木のおもちゃやフィンランドの仕掛け絵本など。出会ったときの楽しい感覚を自分が生み出したいなと思わせてくれるし、その感覚には素直でいたいのです。

▲ ミラノサローネで発表予定の「snip-snap series」より「SATOYAMA」。

今後の活動について教えてください。
直近ではミラノサローネ「サテリテ」への出展が決まっていて、新作を展示します。これをきっかけに海外にも活動の幅を広げていけたらと思います。

ミラノのサテリテ「B5ブース」でお会いできるのを楽しみにしています。

インタビューを終えて
喜んでくれる人の顔を思い浮かべながら、楽しく、驚きのある作品をつくる氷室さんは、数々の作品とそのサンプル、組織図、ノートなど両手に持てるだけ持ってやってきてくれた。作品を体験した途端に誰かに教えたくなったり、温かい感情が溢れてきたり。こうしたプロダクトに出会えるのは、それほど多くない。学生時代から強い想いで独立を目指し、それに向かって実践してきた彼女は、これからどんなものをつくっていくだろうか。近々のミラノでの新作発表で多くの注目を集めることを期待したい。

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Photo by Maiko Okada


氷室友里 Yuri Himuro/テキスタイルデザイナー。1989年東京生まれ。2011年に多摩美術大学 生産デザイン学科テキスタイルデザイン専攻を卒業し、同大学院でフィンランドのアアルト大学へ留学。13年、株式会社スマイルズに入社し、16年10月にフリーランスに。学生のときから商品化された作品が多く、人と布との関わりのなかに驚きや楽しさをもたらすことをテーマにしている。伊勢丹新宿店や布博などに出店。17年4月4日に始まるミラノ国際家具見本市「サローネサテリテ」に参加する。
http://www.h-m-r.net/


今野敬介 Keisuke Konno/1991年宮城県生まれ。神戸芸術工科大学デザイン学部プロダクトデザイン学科卒。同学科のプロジェクトinfoguildにおいて米国で映像を制作。同じく同校のDesign Soilプロジェクトではミラノデザインウィーク時の展示をサポートした。韓国留学を経て、現在はデザインジャーナリストとして活動中。https://m.facebook.com/keisukekonnokk