第5回
「氷室友里 手を動かして発想し、皆に共感してもらえるものをつくりたい」(前編)


凍てつく湖面に柔らかい色合いの船や釣り人が点在する、冬のラップランドを描いた生地。湖を覆った氷の部分にハサミを入れると、なかから水面や魚などが現れ、見る人を驚かせる。これはテキスタイルデザイナーの氷室友里さんが制作したものだ。大学時代から、また会社勤めの傍ら、作品を発表しつづけていた彼女が、昨年10月に独立した。

インタビュー・文/今野敬介

▲ ジャガード織の作品「LAPLAND」。ハサミを入れると中から何が出てくるのか、皆ワクワク、ドキドキするに違いない。Photo by Kazuya Shioi

氷室さんは多摩美術大学で学ばれましたが、小さい頃からデザインに興味を持っていたのでしょうか。

氷室友里

絵は苦手でしたが、小さい頃から手を動かすのが好きで、立体工作やキットを使って遊んでいました。父がデザイン関係の仕事だったので、よく美術館に連れていってもらい、高校1年生のときには東京の立川美術学院に入り、何をしたいかを探っていたと思います。
やがて、プロダクトデザインに惹かれ、当時のドローグデザインをはじめとするオランダのデザイナーたちに興味を持ちました。気になるデザイナーのバックグラウンドを見ていくと、テキスタイルデザインなどの専門性を持った人が多かった。その影響からか、自分も専門性を持ちたいと考えたのです。 多摩美術大学を志望したのは、専攻にテキスタイルデザインがあり、設備が充実していると感じたからです。

在学中の活動について教えてください。

大学1年生のときに「バナナ テキスタイル プロジェクト」に参加しました。大学が研究するバナナの繊維を使ってプロダクトをデザインするというプロジェクトで、私は「sugar spot」というランチョンマットをつくりました。単にバナナの繊維をリサイクルしたプロダクトという発想ではなく、愛着を持って長く使い続けられるものとして考えました。
この作品は、食べこぼしなどのシミをバナナのシュガースポットに見立て、使うほどに味わいが出るような、自分だけの柄を楽しむことができるというもの。作品を評価していただき、2年生のときにはルワンダとウガンダに行く機会をもらえたんです。その経験からフェアトレードに興味を持ち、現地の人が道具なしにつくれるラグマットを卒業制作で発表しました。思い入れのあるプロジェクトです。

▲ バナナの茎の繊維を用いたランチョンマット「sugar spot」。バナナの形にくり抜いたピースを並べて熱で圧着し、一枚のシート状に仕上げている。

▲ 卒業制作のラグマットでは、針と木槌を用いて手でつくる編み方を提案した。

在学中に商品化されたものがあるそうですね。

大学卒業後は独立したいと思っていたので、実績をつくらなければと、いろいろなことに挑戦しました。2年生のときに大学の友人とYUSE DESIGNというユニットを組み、スパイラルのSICF(スパイラル・インディペンデント・クリエーターズ・フェスティバル)でオーディエンス賞をいただき、その後商品化になったものがあります。
それは「SANDWICH TAG」というサイドウィッチの具をモチーフにした両面印刷の付箋です。展示用のプロトタイプをつくるために、食材をラップで巻いてスキャナーで読み込んだり、貼ってはがせるスティックのりで紙を貼り重ね、リアルな食材のシルエットを目指して電鋸でカットしたりしました。 受賞した次の年のSICFで東京紙器株式会社と出会って、一緒に商品化を進め、扱ってほしいお店には自分たちから売り込みました(笑)。パウチにして売りたいとパウチ機を自分で買ったり、完成までには時間がかかりました。今は生産していないのですが、「すべてを自分たちでやらないと!」という想いがあったからこそのプロジェクトです。

▲ ユニットで制作した「SANDWICH TAG」。BLT、ハムチーズ、エビアボガドといった製品名に思わず笑いが出る。

「おにぎりハンカチ」も学生のときに商品化になったものです。三角に畳むとおにぎりの形になって、広げるとモダンな柄になり、東京・代官山にショップを構えるファブリックブランド「cocca」が主催するテキスタイルコンペで賞をいただき商品化され、完売することできました。この当時、商品まで持っていかないと自分の課題が見えてこないというか、大学の授業だけではダメだと思っていましたね。

▲「おにぎりハンカチ」は、たらこ、うめ、しおの3種類。質感を追求し、米粒をひとつひとつ描いた。

その後は大学院に進んだわけですが、留学先としてフィンランドのアアルト大学を選んだ理由は何だったんでしょう?

アアルト大学を選んだ理由は、大学の提携校に韓国とフィンランドがあったからです。北欧は日照時間が少ないので、家の中は明るい色を使って部屋を彩っています。インテリアプロダクトに興味があったことから、その環境を体験したいとアアルト大学を志望しました。
実際に行ってみると、お茶をするにも外でなく、家に招いて話をするという習慣がありました。私はフィンランド人のおばちゃんとルームシェアできたので、そうした文化も体験することができたんです。
学校では、たまたま受けたジャガード織の授業が今の活動につながる大きなきっかけになっています。ほぼコンピュータの授業のようなもので、課題提出は工場に依頼する織りの組織図とコンセプト、完成イメージというもの。だから、あまり手を動かさない。とにかく作品のサンプルづくりに励みました。3カ月くらいである程度の指示書は書けるようになりますが、自分のイメージを組織図として表現するのは今も難しいですね。
コンピュータとにらめっこして、実際につくってみる。こうも違うのかと驚いたりしながら、洗濯をして伸び縮みがどれくらいかを実験したり、一本糸を通さなかっただけで2枚の布がくっつかないなどの勉強を繰り返していたと思います。

▲ アアルト大学在学時のサンプルの一部。サンプルとともに素材と組織図、日時などを細かく記録したノートがある。Photo by Maiko Okada

そのサンプルづくりから作品になったものはありますか?

織り糸で柄をつくるジャガード織の特性を活かして、福笑いのような作品をつくりました。人の顔の部分を袋にして、顔のパーツを仕舞うことができます。大学の横に幼稚園があったので、子どもたちに遊んでもらって。皆の笑顔を見たときは本当に嬉しかったです。

▲ アアルト大学時代につくった「福笑い」。

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Photo by Maiko Okada

氷室友里 Yuri Himuro/テキスタイルデザイナー。1989年東京生まれ。2011年に多摩美術大学 生産デザイン学科テキスタイルデザイン専攻を卒業し、同大学院でフィンランドのアアルト大学へ留学。13年、株式会社スマイルズに入社し、16年10月にフリーランスに。学生のときから商品化された作品が多く、人と布との関わりのなかに驚きや楽しさをもたらすことをテーマにしている。伊勢丹新宿店や布博などに出店。17年4月4日に始まるミラノ国際家具見本市「サローネサテリテ」に参加する。 http://www.h-m-r.net/


今野敬介 Keisuke Konno/1991年宮城県生まれ。神戸芸術工科大学デザイン学部プロダクトデザイン学科卒。同学科のプロジェクトinfoguildにおいて米国で映像を制作。同じく同校のDesign Soilプロジェクトではミラノデザインウィーク時の展示をサポートした。韓国留学を経て、現在はデザインジャーナリストとして活動中。https://m.facebook.com/keisukekonnokk