首都大学東京 インダストリアルアート学域の授業「プロダクトデザイン特論D」において、学生の皆さんが3チームに分かれ、第一線で活躍するデザイナーの方々にインタビューを実施。インタビュー中の写真撮影、原稿のとりまとめまで自分たちの手で行いました。シリーズで各インタビュー記事をお届けします。第2回は佐藤オオキさんです。
佐藤オオキさん 「基本的に面倒臭いほうを選ぶ」
プロダクトデザインから空間やグラフィック、最近ではドラマの監修まで手がけ、その活動は多岐にわたり、次々と斬新なアイデアを形にしていくデザインオフィスnendo代表、佐藤オオキさん。その発想とエネルギーの源を探った。
楽しんでいいんだ
——卒業旅行で訪れたミラノサローネで刺激を受け、デザイナーを志したそうですが、そこではどのような体験があったのでしょうか。
ミラノに友達が留学していて、サローネって何だろうねみたいな感じで卒業旅行に行ってみたんです。ミラノの雰囲気や一般の人たちがデザインというものに対して盛り上がっている。そのすごく自由な雰囲気が、ずっと建築を勉強してきていた自分にとってはとても驚きで、デザインの魅力に一気に引き込まれました。デザインは閉じた世界のものではなく、みんなのためのものであって、誰もが理解できて楽しめるものなんだと、自分の中のデザイン観が壊されました。そしてnendoを始めたんです。
——影響を受けたデザイナーはいますか。
お仕事をさせていただいた方では、三宅一生さんは尊敬しているデザイナーのおひとりです。まだ自分が見たことがない、体験したことがないようなデザインを生み出していて、凄くピュアで、情熱的で、とても感動した記憶があります。自分が勉強してきた建築は、基本的に目標を掲げて、そこを目指してスケジュールを組み、ちゃんとそこに着地させることが求められますが、一生さんとのプロジェクトは当初の話からどんどんゴールが変わって、いいと思ったところをゴールにしていいという、考え方に気付かされたプロジェクトでした。何か価値を見出せたらそれはそれで正解だということ、それが一生さんから教わったことですね。
左脳で組み立てて右脳に感動を与える
——佐藤さんの生み出す作品には独特な世界観を感じるのですが、他のデザイナーと比較してご自身の考え方が違うと思うところはありますか。
何でしょうね。人の右脳に感動をどうやって与えられるかということを、いつも左脳で組み立てて考えていることかもしれません。何を見ても、なんでこれが面白いのかという、原理みたいなものが凄く気になります。例えば、イルミネーションを見て、みんなが「わーきれい!」と言っているときに、自分はどうしてみんながきれいと思うのかを考えてしまう。逆にどうしたらきれいじゃないイルミネーションになるのかな、という目で見ます。そういう視点で見ていると、人からは嫌われがちです。純粋に楽しもうよって(笑)。そういう物事の原理や原則、つくり手側が何を考えていたのかを気にしながら物事を見て、それを逆回転させるのがデザインなのかなって思っています。
——佐藤さんでもアイデアがひらめかないことはありますか。また、その際どのように対処していますか。
うーん、対処法はないと思っています(笑)。そのため、アイデアが出ない、いわゆるドツボにはまった状態にならないようにしています。世界のトップデザイナーの方々も、そういうときは「今日は終了! もう飲みに行く。お酒! 」という人が多いようです(笑)。例えば、アイデアを考えている中で、こんな方向もありかなというような分岐点があるとします。その枝分かれであっちに行ったら落とし穴がある!ということを見抜く嗅覚のようなものをみなさん持っているようなんです。だから対処法としては、かなり感覚的なことですが、ドツボにはまる予兆に気づくというのが結論でしょうか。それって何回もハマってみないとわからないことなんですけどね(笑)。
——佐藤さんの本などにあるスケッチがとても特徴的に感じたのですが、あの絵はご自身で描いているのですか。
はい、すべて自分で描いています。どれだけ描いても、全然上手くならないんですが(笑)。でも、逆に絵は下手なほうがいいと思っていて、絵とかCGが上手すぎると、その雰囲気に酔い、麻痺してしまい、その結果デザインの本質を見失ったり、技術にデザインされてしまうということになります。才能がありすぎる人ほどそうなる可能性があると思っていて、そういう意味で自分は絵が下手なのも悪くなかったかなと思っています。コンセプトを伝えるギリギリの画力というか、そのアイデアの本質的な部分が伝わればいいと考えています。だからスケッチって抽象度が高ければ高いほどいいのかなと思っています。
大勝ちとやや負けは勉強になる
——佐藤さんが考えるこれからのデザイナーに必要な能力は何ですか。
おそらくデザイナーの範囲が社会からの期待値でとても広がってきている気がしています。そこで必要なことは、デザイナーに限ったことでも、難しいことでもなく、コミュニケーション能力だと思っています。どんなにいい料理をつくっても、それを求めてないお客様に出したら、何にもならないという話と同じです。相手から会話を引き出して、何を求めているかを読み取れることが、クライアントに喜んでいただくための提案に必要なのではないでしょうか。
——これから社会に出ていく、デザインを学ぶ学生にメッセージをいただけますか。
基本的に面倒くさいほうを選ぶといい気がします。さきほどの、アイデアが出なくなる経験をいっぱいすると、そこまで行かなくなるという話で、自分のためになる経験をするには、出来るだけリスクはとったほうがいいと考えています。
大勝ちとやや負けはすごく良い勉強になる。リスクを取っていくと、成功したときに大きな成功体験が積めるし、やや負けはその中に失敗がいっぱい含まれているから、どちらもいい勉強になる。反対に、大負けで惨敗しても何も残らないし、やや勝ちが続くのはあまり勉強にならないのではないでしょうか。
これからのデザインの分野はすごく面白いと思います。その方向に就職されたいというのなら、環境はとても大事だと思います。デザインが求められていない、価値を理解してくれない状況下に自分を置いてしまうとどんなに才能や能力、意欲があっても、それは多かれ少なかれ削ぎ落とされてしまいます。それを学生のうちにわかるようになるのは難しいけれど、一流のデザイナーを見ているとそこの嗅覚がすごい。クライアントを選ぶのも、就職先を選ぶのも同じことで、こことなら面白いことできそうだなあという嗅覚が、面倒くさい方を選ぶことで身についていくのではないでしょうか。(インタビュー・文・写真/首都大学東京インダストリアルアート学域 根本新大、黄 云、堅山明樹、氷室拓磨、塚本裕仁、對馬優子、本 理香子)
佐藤オオキ/デザインオフィスnendo代表。1977年カナダ生まれ。2000年早稲田大学理工学部建築学科首席卒業。02年同大学院修了、デザインオフィスnendo設立。建築、インテリア、プロダクト、グラフィックと多岐にわたってデザインを手がけ、「Newsweek」の「世界が尊敬する日本人100人」に選出され、「ELLE DECOR』をはじめとする世界的なデザイン賞を数々受賞。作品はニューヨーク近代美術やポンピドゥーセンターなど、世界の主要美術館に多数収蔵されている。
http://www.nendo.jp