短期間で真にイノベーティブな製品を
柔軟かつスピーディーなデザインプロセスとは?

2017年1月、米国ラスベガスで開催された世界最大規模の家電見本市「CES」。4,000社もの企業が出展し、160カ国から18万人もの来場者が集まるなか、12年に設立された米国のオーディオメーカー、クリア社はホテルのスイートルームで新製品のプロトタイプを発表した。デザインプランニングは同社デザイン部を率いるアレックス有江氏。デザインを手がけたのは日南のデザインディレクター、岡 広樹氏。どちらもソニーの元デザイナーである。

2014年にソニーから独立したアレックス有江氏は、16年8月にクリア社のデザイン部長に就任。新製品開発のためにソニー時代から慕う岡 広樹氏に声をかけ、それ以来コラボレーションを続けている。

「岡さんは80~90年代のラジカセブームを牽引したソニーのチーフデザイナー。当時のデザイナーの卵は、岡さんらが打ち出すマスキュリンなデザインに憧れて入社したものです。岡さんのすごいところはデザインの振り幅が広いことと、とにかくスピードが早いこと」(有江氏)。

ものづくりと同時にマーケティングやプロモーションも進めていかなければならない現代では、柔軟で迅速な開発が求められる。そのため高いスキルと豊富な経験、そして類まれなスピード感を持つ岡氏の手腕に頼ったというわけだ。

▲ 岡 広樹/日大芸術学部デザイン学科インダストリアルデザインコース卒業。1979年ソニーに入社し、ラジオからプロ用のカメラまで数々のプロダクトを世に送り出してきた。2006年発売のICレコーダー「PCM-D1」ではGマーク金賞、iF賞金賞など世界のデザイン賞を受賞。14年にソニーを退職、現在日南でデザインディレクターとして活躍中。
▲ アレックス有江/上智大学経済学部および桑沢研究所工業デザイン卒業。広告代理店やデザイン事務所を経て、1989年ソニーに入社。デザイン開発やパーソナルオーディオ、テレビなどのデザインを担当。2000年から北米に赴任、サンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴなどのデザインセンターのマネジメントを担当。14年ソニー退職、デザインコンサルティング会社Kotofactoを設立。16年からクリア社のデザイン部長も兼務する。

ひらめいたときにいつでも修正可能

ふたりが最初に開発したのがブルートゥース・インナーイヤホン「IE Sport」だ。コンセプトは「軽薄楽匠」。「今のブルートゥース・イヤホンはバッテリー容量で勝負しているところがあるため、ケーブルに付属品がぶら下がっている製品が多い。岡さんにお願いしたのは、すべての機能を本体1つにまとめることでした」。

ブルートゥース・インナーイヤホン「IE Sport」
音楽の再生、心拍数のモニタリング、通話機能に加え、高い防滴性を備える。「これだけの機能を通常では考えられない小さいケースに収めている」と有江氏。価格は149ドル、3月発売予定(日本での発売は未定)。

有江氏からのオーダーに応じて、岡氏はAutodesk Fusion 360上で3つの装着タイプを考案。画面上に標準的な耳の3Dモデルを据え、フリーフォームやスカルプトモデリング機能を使って最適な造形を検討した。「今まで使っていたCADでは耳にかける部分のカーブをつくることは難しかった。この機能を使えば、粘土のように引っ張ったり曲げたりすることができ、感覚的に検討できます」(岡氏)。

またスポーツ用イヤホンは樹脂製のイメージが強いなか、バッテリーのカバー部分にアルミ素材を採用して、近未来的なメタリック感とクラフトマンシップを表現。以後、ブランドの象徴として別の製品にも取り入れていくことになった。現状では岡氏がFusion 360のレンダリングデータを有江氏のCADソフトのデータに書き出してやり取りしている。「レンダリングがあまりにきれいなので、モックアップはいらないという話になった。エンジニアがこれを見てあっという間にプロトタイプをつくってしまいました」と有江氏。

そんな同氏もFusion 360の導入を検討しているとのこと。そうすればライブレビュー機能を使って互いにモデルを回転させながら効率よく議論することも可能だ。 

「Fusion 360はアイデアがひらめいたときにいつでも修正できるのがいい。クラウド上でレンダリングするため、パソコンのスペックは関係なく、どこにいても修正できます。関係者とプロジェクトを共有できたら、作業はより効率化するでしょうね」(岡氏)。Fusion 360は間もなくブラウザー版もリリースされるため、iPadやスマホでモデルを確認したり、修正することもできるようになる。

「IE Sport」のスカルプトモデリング中の画面。「Fusion 360はサーフェースもソリッドもポリゴンもメッシュもすべてできるので造形の幅が広がります。何より短時間でできるのがメリット」と岡氏。

パッケージのデザインまでFusion 360で行う。箱型のモデルにヒンジを取り付けて動きを設定し、簡単なアニメーションを作成。これで箱の動き方や内側の表現をすべて検討できる。

便利な機能はスキルと哲学があってこそ

続いてふたりが開発したのはアウトドア用ブルートゥース・スピーカー「BT Smart Speaker」だ。近年、小型のブルートゥース・スピーカー市場は活況でメーカー各社がさまざまな製品を投入している。後発であるクリア社製品の特徴は、アウトドア用のスピーカーとしてAmazonが提供する音声アシスタント機能「Alexa」を搭載した点だ。

「最初は別のデザインスタジオに依頼していたのですがいい案が出てこなくて悩んでいた」という有江氏のもとに、岡氏から1枚のレンダリング画像が送られてきた。スピーカーのデザイン案だった。豊富なオーディオの経験と知識に基づいたロジカルなデザイン。クリア社内と出資会社に見せると、即座にゴーサインが出た。岡氏は「有江さんと一緒に仕事をして、クリア社の戦略や方向性を理解していたという強みはありました。しかしそれ以前にスピーカーというのは、“音が出そうな形”でなければ買ってもらえない」と話す。本来、スピーカーは大きいほど良質な音が鳴るものだが、小型化する場合は「音の主張をどこにもってくるか」が大事だ。

「そこで両端を斜めにカットして、正面から見ても低音でユニットが動いているのを見えるようにしました。また全体の長さなどを調整して、音が広がるように工夫しました」(岡氏)。

有江氏も、「今の時代、機能のいい3Dソフトさえあれば誰でもスピーカーをつくれてしまう。でも良い音が出ないものも多いんです。音に対するきちんとした知識と哲学があってこそ、ソフトの機能を生かして、いいものが素早くつくれる。デザインの基本ですよね」と満足げだ。

外部のエンジニアに渡す仕様書もまたFusion 360でつくっている。レンダリングのキャプチャーをアドビ・イラストレーターに取り込んで、マテリアルや処理の概要を書き込んでいく。

日々、ものづくりの現場から学ぶ

現在、両氏は3つ目のクリア社製品としてオーバーイヤー・ヘッドホンを開発中だ。発表は6月予定のため詳しく紹介することはできないが、今までにないルックスと機能性を備えたブルートゥース・ヘッドホンということだけは確かだ。もちろんアイコンであるアルミのメタリック感も健在。岡氏は「アイデアとしては左右のアルミのリングに機能を持たせるということ。リングの意匠に先端の機械加工技術を駆使することで、ブランドならではのクラフトマンシップを際立たせたい」と意気込む。

短期間で次々と新製品のデザインを生み出す岡氏のインスピレーションはどこから来るのか。同氏は「現場主義」という言葉を挙げる。「ソニー時代にオーディオを経てプロ用撮影機材のデザインをしている頃から現場主義だと言ってきました。要は放送局やロケ地など撮影の現場でものを考えようということ。そして日南もまさに現場主義なんです」。

日南の工場には最先端の加工機械やマテリアルの技術が揃い、それらに精通したプロ集団にいつでも話を聞くことができる。まさにデザイン発想の宝庫だ。「市場のトレンドは情報としていくらでも入ってくる。でもデザイナーのイメージしたものが量産化されなければ商売に結びつかない。プロダクトデザイナーは量産を前提にものづくりを考えなければいけないので、現場から学ぶことが本当に多い」(岡氏)。

ほかにもまだ開発中のクリア社製品があるという。
「デザイナーにとってもエンジニアにとってもチャレンジングでやりがいのあるプロジェクトをどんどん手がけていきたい」と話す有江氏は現在、企画段階から岡氏に入ってもらう体制を構想しているところだ。勝手知ったるスピード感のある二人三脚は今後も続いていく。

今夏(6月)発表予定のオーバーイヤー・ヘッドホンのレンダリング画像(一部)。これもFusion 360で制作している。

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