アンバー料理長 リチャード・エッケバス
「レストランとは360度の体験のこと」

2016年11月28日〜12月3日に開催された香港の「ビジネス・オブ・デザインウィーク(BODW)」(香港デザインセンター主催)で講演を行った約60人のクリエイターのなかからピックアップしてダイジェストを紹介する。

リチャード・エッケバス氏は、出身国のオランダをはじめ各地の有名レストランで実績を残し、数々の賞を受賞してきた。現在は、香港の5つ星ホテル「ザ ランドマーク マンダリン オリエンタル」のメインダイニング「アンバー」の料理長を務める。

同氏がレストラン「アンバー」をオープンするために香港に招かれたのは12年前。当時の香港は「大変保守的なフードシティだった」と言う。しかも伝統と格式あるホテルで、新しい仕組みやコンセプトをつくっていくのは大変なチャレンジだった。

既存体制からの反対や誤解にさらされながら、エッケバス氏はメインダイニングに新風をもたらした。最大の功績は、同氏が料理や飲料だけでなく、皿やカトラリー、インテリア、照明、音楽などに至るまで空間と時間、環境をまるごと監修したことだ。「レストランとは360度の体験にほかならない」と話すエッケバス氏の取り組みは「フードデザイン」として世界的に評価されている。「ゲストの体験全体において料理はとても小さな部分でしかない。音楽、テーブルリネン、ユニフォーム、皿、サーブ、すべてが重要であり、私のコンセプトやアイデアをくまなく反映させることで完璧なレストランをつくりたいんだ」。

より良いレストランをつくるため、エッケバス氏がキャリアを通してずっとやってきたのは、常にゲストから学ぶということだった。「レストランは常にワーキングプロセス、つまり現在進行中のプロジェクト。いつも前とは違っている、よくなっている。だからこそゲストに対して常に新しい体験を提供できる」。一方で、「すべての人を喜ばせることはできないから、私は自分のやるべきことをやりたい」とも。「もちろん建設的な意見は聞くが、最終的にはそれらを自分自身のなかで統合させて、自分なりの答えを見つけ出す。いちばん大事なのは、ほかの人の経験やほかの事例に追従しないこと。毎日、自分自身に問いかけるんだよ。なぜそれをやるのかと」。

宮崎牛を使った一皿。

「香港に来てからアジアについて多くのことを学んでいる」と言うエッケバス氏。香港で最初に料理したとき、ゲストから「塩辛い」と言われた。そこで「うまみ」や「だし」について学び、フレンチのレシピに取り入れるようになった。例えば、肉は塩でなく昆布で下味をつけている。また食材を仕入れるために九州には頻繁に訪れる。あまおう、甘鯛、宮崎牛などの生産者とも親しい間柄だ。

デザート

モデレーターから「あなたにとってなくてはならない食材は?」と問われて、エッケバス氏は「選ぶことはできない」と即答した。「それが欲しくても旬でなければ使うことはできない。1年中いちごが手に入るのはロマンティックとは言えない。適切な時が来るのを待ち望み、完璧に状況が整ったところで自分の仕事を始める。それが料理人の醍醐味であり、私が自分の仕事を愛している理由だ」と語った。(取材・文/今村玲子)