REPORT | グラフィック
2017.02.04 18:15
2016年11月28日〜12月3日に開催された香港の「ビジネス・オブ・デザインウィーク(BODW)」(香港デザインセンター主催)で講演を行った約60人のクリエイターのなかからピックアップしてダイジェストを紹介する。
安尚秀(アンサンスー)は韓国におけるタイポグラフィのパイオニアである。40年以上にわたって広告業界で活躍し、韓国のグラフィックデザインを牽引してきた。
ロイヤルカレッジ・オブ・アート(ロンドン)、中央美術学院(北京)などの客員教授も務める安氏が講演で紹介したのは、彼が設立し、自らディレクターを務めるデザイン学校「PaTI(Paju Typography Institute)」での取り組みについて。「所有しない、競争しない、権威を持たない」という3“ない”ポリシーを掲げ、「デザインをしないワークショップ」などユニークな方法で、タイポグラフィ、建築、文学、パフォーマンスまで幅広い表現者の育成に取り組む。
PaTIのロゴ
「5年前、私が60歳になったときに自分自身やデザインの状況について考えた」と話す安氏。「それまでの快適な電車を降りて、もっと自由なクルマに乗り換えたいと思った。目的地は決まっていた。デザインの小さな学校をつくりたかったんだ」。かつての同僚や若いデザイナーを集めて、坡州市(パジュ)にスペースを借りた。安氏が「街全体がキャンパスみたいなものだ」というとおり、近隣には映画や演劇、建築などの専門学校があり、多くのクリエイターやその卵たちが活動している。「PaTIは小さく簡素な学校だが、そうした学校とのネットワークを築くことで可能性が広がる」(安氏)。
RCAの学生と一緒に行ったワークショップ。
カリキュラムもユニークだ。入学して最初に学ぶのが「東洋医学」。「これまでクリエイティブにとって脳だけが重要とされ、それ以外の身体の部分は分断され、抑圧されてきた。身体という有限なものからこそ、あらゆるクリエイティブが生まれると考えている」と安氏。
PaTIでは最初に東洋医学の概要を学ぶ。
PaTIのコミュニティキッチンではオーガニック素材を使って自ら調理もする。
学生は学校で使う机やイスも自らつくらなければならない。昨年できた新校舎は建築家と学生がワークショップを行って設計したものだ。安氏の要求はただ1つ、「未完成にしてほしい」ということだった。「最低でも10年かけて学生と一緒に完成させていきたい。教育とは環境を自らつくること。私はいろいろな学校で教えてきたが、どこもすばらしい環境が既に与えられ、どこも同じだった。PaTIは違う」。
とにかく自分たちで考え、必要なものはすべて自らつくる。秋には新校舎に薪ストーブをつくるワークショップを行った。韓国の美術館のキュレーターがそんなPaTIの取り組みを見て「バウハウスに似ている」と感銘を受け、PaTIを招いて展示を行った。この春には韓国の現代美術館でPaTIの展覧会も開催される予定だという。
薪ストーブをつくるワークショップ。
PaTIの学生によるパフォーマンス。
安氏は、「ネルソン・マンデラは『教育こそ、世界を変えることのできる武器』と言った。私もそう思う。学校の運営は困難も多いが、85人の意欲的な学生たちとともにこれからのデザインについて考えていきたい」と語った。(取材・文/今村玲子)