シンガポールの建築事務所WOHAインタビュー(前編)
「美しい建築ではなく、人間の営みにとって良いことをつくり出したい」

2016年は建築プロジェクト以外に、ニューヨークでの個展、世界各都市での講演などで大忙しだったシンガポールを拠点とする建築事務所、WOHAのウォン・マン・サム(写真右)とリチャード・ハッセル。年末になってようやくシンガポールでゆっくり過ごすことができたという彼らを新年早々に訪れた。2月21日(火)の東京での講演に先駆け、ふたりの考えるサスティナブルな建築について聞いた。

インタビュー・文/葛西玲子

▲『Garden City Mega City』は左右両開きの作品集。2016年刊行


これまでに4冊の作品集を出されていますが、昨年は新たに『Garden City Mega City』を発刊しました。本書はプロジェクト紹介を超えて、地球温暖化をはじめとする環境問題が深刻な現代にあって、建築や街づくりがどうあるべきかを提言していくというWOHAのビジョンが明快に描かれています。

WOHA 本書は、昨年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で、最初のローンチを行いました。僕たちはこれまでにたくさんの建築やマスタープランのコンペに参加していますが、提案が時代の先を行きすぎている、と選ばれないことがよくあります(笑)。

例えば、2000年にシンガポールで開催された公共集合住宅のコンペでは、実現不可能だと判断されて次点に終わりました。ところが、昨年、このときに提案した高層住宅タワーのアイデアが、16年も経って別のプロジェクトとして実現したのです。

中国やインドなどを見ていると、未だに20世紀前半の都市計画の理論をベースに街が開発されています。もう100年も経っているのに……。新しい都市計画の方法は、現代の状況と文脈のなかで提示していくべきだし、そうでなければおかしいと皆気づいているはずなのに、自分のテリトリーやその周辺のことだけに気を取られて、広い視野に立って声高に提案する人がいないと感じています。

だから、自分たちの考えをマニュフェストとして書籍にまとめることはとても大切だと思っています。

▲『Garden City Mega City』(Patrick Bingham-Hall+WOHA著、Pesaro Publishing刊)より


確かにWOHAはコンペに積極的に参加していますよね。若手の旗手として注目を浴びたのも、2000年のシンガポールの地下鉄駅のコンペで、従来のイメージを覆す斬新なアイデアで勝利したときでした。それまでの数年は若手の設計者のほとんどがそうであるように、住宅プロジェクトが主でしたが、地下鉄駅のコンペ以降は、学校、ショッピングモール、リゾートホテル、シアター、高層タワーなど、次から次へと異なるプロジェクトを手がけるようになり、一気に活動の幅が広がりました。今や、シンガポールの市街地のあちこちでWOHAの足跡が見られ、時間の流れと街の変化を感じます。

WOHA コンペはエネルギーと時間を取られ、勝ち負けで気持ちのアップダウンもローラーコースターのようにとても激しいものだけれど、コンペに向けて自分たちの考えをまとめる、という作業はとても重要です。コマーシャルな仕事ではなかなか自分たちが思うようなアイデアを実現できないことが多いから。

昨年竣工したホテルとSOHOからなるタワー「Oasia Hotel Downtown」は、ビジネス街の真ん中にあるということで目立ち、ファサードを徐々に覆っていく植栽の生長や変化を皆が楽しんでくれ、なかには写真に撮ってフィードバックをくれる人もいて嬉しいです。オープンして4年目になるホテル「PARKROYAL on Pickering」は、裏がHDB(公団住宅)でしょ? 住宅の窓から見えるホテルの緑溢れる景色がいいという理由で、家賃が上がっているらしい(笑)。

▲ Oasia Hotel Downtown, 2016(Photo by K. Kopter)

▲ PARKROYAL on Pickering, 2013(Photo by Patrick Bingham-Hall)


2011年にフランクフルトのドイツ建築博物館で開催された「Breathing architecture」展以来、ますます欧米での注目度が高まり、昨年はニューヨークのスカイスクレーパーミュージアムで「Garden city Mega city」展を開催。ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展では「Fragments of an Urban Future」を展示しました。活動の拠点であるシンガポールやその周辺のトロピカルな気候を踏まえた建築へのアプローチが、ヨーロッパやアメリカという異なる風土の人たちにどのように評価されていると考えますか。

WOHA 僕たちは、美しい建築物をつくるということではなく、人間の営みにとって良いことをつくり出したい、といつも思っています。そして、僕たちが住む現在の地球はかなり無茶苦茶なことになってきている。展覧会では自分たちが主にシンガポールや近隣国で積み重ねてきた提案や仕事を紹介しています。それらのプロジェクトは、現在の“都市環境に提言する”という文脈のなかで捉えれば、どこであっても適用するはずです。

書籍の出版と同じように、自分たちの考えを多くの観客に伝えることはとても大切。先日はイスタンブールの市長から、僕たちの過密都市における提案に共感したという連絡をいただいたし、これからも積極的に発信していきたいと考えています。


*後編に続く。

▲ ニューヨークのスカイスクレーパーミュージアムでの個展「Garden city Mega city」, 2016(Photo by Christian Erroi)


WOHA/ウォン・マン・サム(Wong Mun Summ、1962 年シンガポール生まれ)とリチャード・ハッセル(Richard Hassell、1966 年オーストラリア生まれ)が1994 年に設立したシンガポールを拠点とする建築事務所。シンガポール都市再開発機関(URA)やシンガポール陸上交通局のアドバイザーを歴任。建設環境、マスタープラン、建築、ランドスケープ、インテリア、照明、家具などのデザインを幅広く手がける。地域の伝統やコンテクストを読み解き、現代的デザインと融合することで知られる。超高層化が進むシンガポールで、熱帯気候に適した建築をつくり続けていることで国際的に評価され、アガ・カーン建築賞ほか、ヨーン・ウッツォン国際建築賞、RIBA国際建築賞など受賞多数。
http://www.woha.net