「伊右衛門」「GREEN DA・KA・RA」ブランドなどのパッケージデザインを手がけるデザインディレクターの西川 圭さん。実は、そのパッケージのなかでロゴや表示組にAXISフォントを使用しています。平面のグラフィックデザインとは異なり、立体で考えるパッケージデザインは“ユーザーと商品を繋ぐ”大切な接点となります。日常消費材=FMCG(Fast Moving Consumer Goods)における独自のデザインの考え方とともに、AXISフォントを選んだ理由を伺いました。
サントリービジネスエキスパート株式会社 デザイン部 デザインディレクター 西川 圭氏
パッケージデザイン、その難しさ
――もともと西川さんはエディトリアルデザインをされていました。タイポグラフィがお好きだと聞いていますが、文字への興味はエディトリアルからですか。
学生の頃からですね。欧文書体が好きでいろいろ勉強していて、卒業後は日本語の書体や書の勉強がしたくて1年ほど書家の松川昌弘氏に就いていました。それから中垣信夫さんのデザイン事務所に勤務して、雑誌や単行本、辞書などのエディトリアルデザインを4年ほど担当しました。文字はとっても好きでした。
中垣デザイン事務所では、書籍「瀧口修造1958 旅する眼差し」(慶応義塾大学出版会/2009年)を担当。瀧口氏が1958年に初めて欧州を旅した際に撮影したすべての写真を時系列で掲載、現地のメモや絵葉書などをスキャンして再現した大作。
――AXISフォントはいつ頃から使っていますか。
使い始めたのはサントリーに入ってから。しかも最近ですね、ここ1、2年くらい。存在を知ってはいましたが、距離感があった。ただゴシックでしっくりくるものが少なく、近年思い切って購入しました。
エディトリアルデザインをやっていたときは「美しい書体を選び、美しく組む」ということを中垣さんから徹底的に学びました。ところが入社して初めて表示組(ラベルの背面にある原材料や注意書きなどの表示)を任されたとき、箱組の中に文字が全然入らなくて。「いったいどうなっているんだ」と周りを見たら、文字に50%近い長体(文字の幅を狭くする)をかけてギュンギュンに詰めていくんですよ。表示のサイズ規定は文字のハイト(HIGHT)で計るよう法律で決まっているのですが、横に潰すのは自由なので、みんな長体をかけて押し込むんです。それはカルチャーショックでしたね。
表示だけでなく、パッケージの仕事って文字をものすごく変形させるんです。印象を強くするためにアウトラインをとったり、長体をかけたり、柔らかい表情を出すために角にアールをつけたり。それをやってはじめて普通に見える。当時は文字を冒涜しているような後ろめたささえありましたが、今はだいぶ慣れました(笑)。
「GREEN DA・KA・RA」の、12月末からスーパーマーケットのみで販売されるキャンペーン用パッケージ。「合格成就」などの文字にAXISフォントを使用。ダルマのイラストは西川氏による手描き。
――商品開発のプロセスのなかで、デザインはどのように進んでいくのですか。
サントリーの場合は、各商品ブランドを統括するマーケターと、中味をつくるR&D、デザイナーが5、6人のチームを組んで、仕事を始めます。3者でコンセプトからネーミング、デザイン、中味まで話し合い、プロトタイプをつくってはお客様にヒアリングする。そのサイクルを何度も回していくスタイルなんです。実はデザイナーと言いながら、デザイン作業にかけている時間は全体の半分くらいかもしれません。
「GREEN DA・KA・RA トマト」。2016年から中部地方で販売されていたが、2017年に全国展開が予定されている。緑マークのなか、表示およびその下の赤い小さい文字にAXISフォント(コンデンス)を使用。
――商品に関するデザインはすべてデザイナーが関わるのですか。
例えば「伊右衛門」は容器展開で11種類くらいありますが、それらのボトル、ラベルのデザインをすべて起こして、印刷にかけて色の管理をし、輸送用のダンボールまでつくります。サントリーの商品にまつわるそれら一式すべてをデザイン部38名(クリエイター26名とスケジュールや経理を担当するアカウント12名)で回しています。コミュニケーションといわれる広告やポスターは宣伝部とマーケターが担当するので、僕らはあまりタッチしません。
――伊右衛門の容器展開が11種類もあったなんて驚きです。
容量も異なりますし、店舗用、自動販売機用とすべて形が違うんです。自動販売機用のボトルを1つとっても、シュリンクフィルムのものとロールラベルのものの2種類があります。
最近は時代の流れとして、ゴミが少なくて剥がしやすいロールラベルが主流になりつつあります。必然的にデザインや表示エリアが少なくなる。にもかかわらず注意表記は増える方向にある。それを収めるためには、長体フォントが不可欠なんです。
シュリンクラベルのデータ。ボトル全体にフィットさせるため、センター付近は包装加工の際に93%くらいまで縮む。デザインでは逆算してあらかじめ引き伸ばしておく。
表示組は、まさに“微調整の嵐”
――表示組というのはかなりシビアな作業なのでしょうね。
表示の箱組では、文章の切れ目が不自然にならないように改行します。デコボコさせずにジャスティファイするため、すべての行で65%、60%と長体のかけ方を変えているんです。そこで調整しきれなければ、スペーシングで調整して綺麗なボックス状にする。まさに微調整の嵐なんですよ。そのため途中で文字変更が入るとがっかりしますが、びしっと文字が箱にはまったときの喜びはひとしおです。
普通、表示組は商品の正面カットには入り込まないよう裏側に配置するのがセオリー。ところがボトルは立体物なので、店頭の棚に並ぶときにはくるくる回ってしまいます。どんな目新しい新商品でも真後ろを向いてしまったら、気づいてもらえませんよね。そこでどの向きからでもちゃんと「GREEN DA・KA・RA」とわかるように、思い切って正面をなくしました。
「GREEN DA・KA・RA」
――「GREEN DA・KA・RA」は正面に表示組があります。しかし違和感を感じませんね。
読みやすさを担保しつつ、存在感を抑えるために背景を透明にするなど工夫しています。実は人間って必要な情報だけしっかり取りに行くので、意外と表示組の部分は気にならないものなんです。商品とお客様の接点は、広告よりも圧倒的に店頭にある。店頭でいかにお客様と商品を違和感なく繋げられるかというのがFMCGにおける重要なポイントです。デザイン部にコンビニと同じ冷蔵棚があるので、実際の棚でほかの商品と並んでどう見えるかというのはこまめにチェックしています。
――デザインの上で注意していることはありますか。
日常消費材は、お酒などの嗜好品と違って日常に降りていなければなりません。「ハレとケ」のハレになってしまうとリピートしてもらいづらい。以前、ある商品で味の調査をしたら「おいしすぎる」という結果が出てマーケターが悩んでいたんです。おいしすぎたら「ご褒美飲料」になって毎日は飲まないから、ダメなんだと。それは当然パッケージにも当てはまります。サントリーに入るまでは、おいしいほどいい、美しいほどいい、と思っていました。でも日常という世界はそうではなくもっと複雑。そこに入り込まないと、FMCGの世界でやっていくのは難しいです。入社したての頃はしょっちゅう「デザインを汚せ」と言われていました。
高額商品では、中身や包材を高く(価値を乗せていく)することで商品のバリュー(価値)を上げるという手法をよくとります。一方、FMCGの場合は、お客様が商品を選ぶときや飲むときにストレスをかけない、安心できるといった要素でコストを下げ、結果的にお客様にとってのバリューを上げるということをよく考えます。これは「バリュー=ベネフィット/コスト」という考え方に基づくもので、上に乗せていくばかりが価値ではないのです。
例えば、毎日飲む緑茶のパッケージが金ピカだとなんだか落ち着かないじゃないですか。飲むときにどう見えるかといった「飲料時品質」はとても大切なんです。同様に捨てるときにもストレスをかけたくない。ラベルの上だけミシン目が二重に入っているのは剥がしやすくするためです。これは包材開発專門の人間が、製造、流通時には破れにくく、捨てるときに指で引っかければ破れやすいミシン目のパターンを開発したのです。FMCGでは、買って、飲んで、捨てるまで、一連の流れを考えることが大切です。
西川氏が手がけたブランデーの新商品「V.S.O.P」のパッケージ。日本を意識して唐草模様をあしらった。ブランデーというと赤系のパッケージが多いなか、思い切って日本の伝統色「かち色」を採用。
骨格がしっかりしているAXISフォント
――「伊右衛門ジャスミンティー」では前面のロゴに大きくAXISフォントを使用しています。これはどのような経緯で企画された商品なのですか。
各社ジャスミンティーのパッケージは透明で花々が満開といった、女性的なイメージが強いのです。確かにジャスミンティーは女性に好まれる傾向はありますが、すっきり感があるので男性にも飲んでいただけるのではないか。女性的なパッケージが原因で届いていないのではないか、という分析がありました。そこで男性ユーザーの多い「伊右衛門」ブランドがジャスミン茶をつくることで、安心感と女性的すぎないことが両立できるのではないかと考えたのです。結果、男性にも女性にものんでいただけるものがつくれるのではないかと。
「伊右衛門ジャスミンティー」。2015年5月から、現在も発売中。
――AXISフォントを選んだ理由は?
男性らしさや女性らしさを極力感じないようなフラットな印象にしたい。悩んだ結果、白いパッケージにすることを思いつきました。そんなとき、AXISフォントが目に止まったんです。一言で言うと、感情のない文字。骨格は太いのにクリーンでシンプルなかたち。
もう1つのポイントは、細くても存在感が出せること。先述のように、僕たちは既存のフォントをかなりいじるので、フォントの骨格がしっかりしているというのはとても大切な要素なんです。フォントそのものにクセがあると、例えばアールをかけても崩れてイメージどおりにいかないんです。AXISフォントは究極にプレーンだからいじっても崩れない、アレンジしやすい、というのが魅力です。ただ今回は、アールをかけたりはしていません。欧文はAvenirを使用しています。
――苦労した点はありますか。
伊右衛門ブランドの雰囲気を残しつつのジャスミンティー、というところが難しかったですね。普通に考えたら、筆書きの「マルチャ」と欧文のサンセリフ体を組み合わせるなんて不自然ですよね。味わいのイメージからベースを白にしたのですが、女性的に見えるのではないかという心配がありました。そこで、あえて伊右衛門の「マルチャ」マークを安心感の担保として前面に押し出しました。胴部には男性の嗜好品をイメージさせるヘリンボーン模様を敷きました。このデザインにたどり着くまでは苦労しましたが、最終的にはチーム全員が「これだ」と納得しました。
――市場の評判はいかがでしたか。
「1日何本売れたか」という数字が出るので、発売して1週間も経てばその商品がたどる先が見えます。幸い伊右衛門ジャスミンは発売日の販売数量は予想を上回り、現在でもご好評いただいています。ほとんどの商品は「看板のホコリを払う」ような感覚で年に1回必ずデザインをリニューアルするものなんです。このデザインは発売から2年以上経っていますが1回も手を入れていません。とても珍しいケースです。
「伊右衛門爽やかグリーンティー」のロゴにもAXISフォントを使用。ファミリーマート限定の商品で、販売期間2016年6月21日(火)~11月末。
パッケージデザインではなく、商品デザインという意識
――ところで世界的に見ると、日本の飲料業界はどのような立ち位置なのですか。
著しく進んでいると思います。そもそも飲料カテゴリーがここまで充実している国はおそらくほかにない。日本の各メーカーから合わせて年間1,000くらい新商品が出ているといわれています。その中で次の年に残るのは多くて3つ。なおかつ、お客様が飲料棚の前に立って商品を決める時間が0.5秒から2秒、長くて5秒と言われています。今まで他社のお茶を飲んでいた方に「伊右衛門」を選んでいただこうと思ったら、2秒のあいだにあらゆることを差し込まないといけません。視認性があって中身を伝えるだけでなく、一瞬でどれだけ印象に残せるか。それだけ成熟した市場ですし、本当に熾烈を極めている、というのは間違いありません。
――西川さんにとって、よいパッケージデザインとは。
僕らは、自分たちのことを「パッケージデザイナー」とは呼ばないんです。商品デザインをやっているという意識。外側をつくるだけではなく、商品そのものをどうお客様に届けるかを含めてデザインしています。そういう意味では、届いたお客様の生活が豊かになる、というのが最終的な目的かもしれないですね。その飲料があることで、その人の生活がどう変わるか、どう豊かになるか、というところまで考えながらつくっています。街を歩いていて、すれ違った男性のリュックサックや女性のトートバッグにひょこっと商品が入っているのを見かけると、思わず心の中で手を合わせます。飲んでいただいている、ということがいちばんうれしい。それがFMCGならではの醍醐味かもしれません。
――ありがとうございました。
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前回までのAXISフォントユーザー インタビューはこちらから。
西川 圭/多摩美術大学造形表現学部デザイン学科卒業後、中垣信夫氏のデザイン事務所に勤務。エディトリアルデザインを経験した後、2009年サントリー入社。「伊右衛門」、「GREEN DA・KA・RA」、ブランデー「V.S.O.P」など数々の商品パッケージを手がけている。