「The Difference Engine――ひとりひとりが、モノや人の心を動かしていく原動力だ/前編」

2016年から1年間にわたってAXIS誌に掲載されてきたホンダのデザイン室によるシリーズ広告。「The Difference Engine」というキャッチコピーの下、四輪、二輪、汎用、ロボティクスのデザイン室がコラボレーションして多様なビジュアルを展開してきました。シリーズ広告プロジェクトに関わったメンバーに話をうかがいました。

澤井大輔氏 本田技術研究所 四輪R&Dセンター デザイン室 FPC(Future product Creation) 主任研究員

ある意味雑多で、ある意味1つ。それがホンダらしさ

――四輪と二輪、汎用、ロボットを含めたオールホンダデザインとして取り組むことにした理由を教えてください。

澤井大輔氏 本田技術研究所 四輪R&Dセンター デザイン室 FPC(Future product Creation) 主任研究員
ホンダは昔から、モノや人を動かす原動力をつくってきた「エンジンカンパニー」です。四輪、二輪だけではなく発電機や耕運機、ロボット、ジェットまで、乗り物だけではなくモノゴトや人の気持ちも含めて動かしていくのが、われわれホンダのデザイナーの使命です。
 一言でホンダデザインと言っても、四輪R&Dセンター、二輪R&Dセンター、汎用R&Dセンター、とそれぞれ分かれているため、普段なかなか顔を合わせることがありません。近年は、垣根を超えて一緒に取り組むプロジェクトも増えてきています。今回のシリーズ広告の話を受けたときも、みんなで改めて「ホンダデザインってなんだろう」ということを考えるのに良いタイミングでした。

AXIS181号に掲載のシリーズの第1回。大きな画像はこちらからご覧ください。

――毎回ビジュアルががらりと変わるのが印象的です。

澤井 まずシリーズ広告を一貫するテーマとして「The Difference Engine」という言葉を掲げました。“ホンダの多様性”と“モノゴトを動かす原動力”という意味を込めた一言です。当初は毎号四輪・二輪・汎用・ロボットの要素を全部混ぜて、やっていこうという話をしていたんです。しかし始めてみると、トーンを揃えるよりも、それぞれの世界観を出していったほうが多様性が見えるのではないか、と仕切り直しました。
 初回は“表紙”のように全部登場し、2回目以降は各分野をメインにしながらみんなでコラボレーションするかたちにしました。1つのビジュアルのなかに「いくつかの製品プロダクトが入るのも面白いね」という話もしていました。
今日、1年間でつくってきたビジュアルを初めて5点並べて見ましたが「けっこう直球投げたなあ」という印象ですね。ある意味雑多で、ある意味1つ。一歩引いてみるとホンダらしさが出ているのかな、という気がします。

――ビジュアルづくりはどのように進めていったのですか。

澤井 メンバーが頻繁に集まるのは難しく、各号につき2、3回は全員で集まってアイデアを出し合い、ある程度固まったらつくるという感じで進めました。撮影は毎回、ほぼ全員が立ち会いました。メンバーは、デザイン室でビジュアルや撮影を担当しているデザイナーを選びました。人が登場する場合は、そのプロダクトに携わったモデラーやデザイナーにモデル(兼撮影スタッフ)をやってもらい、100%「自前」にこだわりました。

AXIS182号に掲載のシリーズの第2回。大きな画像はこちらからご覧ください。

「今日はバイク“な”気分」――憧れのライフスタイルを完全再現

――2回目は二輪の回です。コンセプトを教えてください。

田中 洋氏 本田技術研究所 二輪R&Dセンター デザイン開発室 研究員
オートバイというのは車両に応じて世界観が全く変わるんです。置かれる場所も、乗る人の服装も変わるので、まずどの車両をテーマにするか悩みましたが、カフェレーサースタイルのCB1100のショーモデルを取り上げることにしました。モーターショーに出展して好評だったため、商品化にも至ったバイクなんです。そこからみんなでアイデアを出しながら世界観のディテールを詰めていきました。
 想定するライダーは年齢層が高めで、自分の趣味のガレージを持っていて、コテコテの「ザ・男」。いちばん伝えたかったイメージは、結婚して子供もいる人が仕事から帰ってきたら「今日はバイク“な”気分」と言って、夜都内を軽く走りにいくというライフスタイルです。二輪のメンバーもほとんどバイクに乗るので、われわれにとってもリアルに憧れる環境として直球を投げたという感じです。

本田技術研究所 二輪R&Dセンター デザイン開発室 研究員の田中 洋氏(左)と松井辰也氏。

――撮影はどのように行われたのですか。

松井辰也氏 本田技術研究所 二輪R&Dセンター デザイン開発室 研究員
メインで撮影したのは僕です。普段は社内のスタジオで撮ることが多いのですが、今回は麻布にある貸しスタジオであえてガレージスタジオを選びました。夜になってから外に走り出すようなイメージだったので、夕方までにセッティングしておいて、日が落ちた頃を狙って撮影しました。

澤井 写っているライダーは、実際にCB1100のモデラーなんです。モデルを誰にするかという話をしていたら、「CB1100を担当した人にすれば?」というアイデアが出て、本人も快諾してくれた。車両はショーモデルなので、モデラーにしかわからないこだわりがありますから、撮影時の配線やライティングなどもこの人に担当してもらいました。身に着けている服も本人自前のもので、喜んで参加してくれました。

田中 人の動きは極力自然になるようにこだわりました。例えばガレージから出るときに向こうからクルマが来ないのを確認している振り向き加減など、実際のバイク乗りならではの自然なライディングポジションと、次の動きを連想できるようなポーズを心がけました。

――四輪の立場からみてこのビジュアルはいかがですか。

澤井 四輪のデザイン室でも評判がよくて、「この男っぽさもホンダだね」という意見が多かったですね。

鈴木祐二氏 本田技術研究所 四輪R&Dセンター デザイン室 管理推進ブロック
見ているところが少し違うのかな、と思いました。自分がもし撮るとしたら男らしい世界観にはしないかな。二輪や四輪、ロボットなど目のつけどころが少しずつ違う。でもホンダとしてまとまりがある。すごく不思議な会社ブランドだなと改めて発見しました(笑)。

AXIS183号に掲載のシリーズの第3回。大きな画像はこちらからご覧ください。

「大切な人と過ごす静かな時間」――プロダクトによって広がるユーザーの世界を表現

――3回目は四輪がメインです。自然に囲まれて静かなイメージですね。

鈴木 大切な人と過ごす時間を表現したいと考えました。通常の広告ではクルマそのものの魅力を打ち出すことが多いのですが、今回はクルマがあることによってどんな時間や楽しさがあるかを議論しました。全く電力のないアウトドアで素敵な時を過ごすシーンをイメージしました。大切な人と特別なシチュエーションで映画を観たりする。そんな空間づくりを電気をつくれるクルマが脇でサポートしている。

本田技術研究所 四輪R&Dセンター デザイン室の鈴木祐二氏(左)と大原潤子氏。

澤井 車両はホンダのFCV(燃料電池自動車)「CLARITY FUELL CELL」です。ビジュアルの中央に写っている箱は車体から分離された外部給電器での「Power Exporter 9000」、クルマが発電した電気を普通のコンセントで使えるようになっているんです。今回の撮影でも、それでテントの照明や映画のプロジェクターや電飾、さらには撮影現場で使う機材の電力もすべてまかないました。

鈴木 私たち実際にこれを使う現場にはなかなか立ち会えない。今回の撮影で、「本当にこれがあれば、いろいろなところで楽しいことができそうだな」という自分自身の実感や経験にもなりました。

――ロケ地はどちらですか。

澤井 「ツインリンクもてぎ」です。併設されているハローウッズのスタッフの方々にも協力をしていただいて、サーキットのコース脇にある広大な駐車エリアで撮影しました。周囲に何もないシチュエーションが理想的だったんです。

鈴木 普段スタジオで撮ることが多いので、外に照明器具を持ち出してロケ撮影すること自体が苦労しました。当日、撮影現場をつくるためみんなで草を刈るところから始めました。四輪のエクステリアを担当しているデザイナーがモデル役で来たのですが、喜んで草刈りしていました(笑)。

大原潤子氏 本田技術研究所 四輪R&Dセンター デザイン室
四輪のビジュアルでは、ホンダのプロダクトを使って自分の世界が広がる、ということを表現したかったんです。実際にそういう場所をつくり、発電して、モデルも自前で。みんなの結束力を感じましたね。7月末だったので暑くて、虫にも刺されて大変でしたが(笑)

――二輪のメンバーも草刈りに参加されたんですね。

田中 はい。暑かったです(笑)。自分たちだったらFCVそのものにフォーカスを当てると思いますが、四輪メンバーは車両クルマそのものというよりは別の方法で時間やライフスタイルを表現した。われわれにはそういう発想がなかったので、刺激をもらいました。

鈴木 最初のアイデアでは、クルマは半分しか写っていなかったんです。せっかくの機会なので “モノ”そのものではなくストーリー性を打ち出してみたいと。それは二輪のビジュアルにも通じると思います。

大門路人氏 本田技術研究所 汎用R&Dセンター 第3開発室 デザイナー

――汎用の大門さんはこの外部給電器「Power Exporter 9000」をデザインされたそうですね。

大門路人氏 本田技術研究所 汎用R&Dセンター 第3開発室 デザイナー
まさかこんなかたちで広告に出るとは、と驚きました(笑)。撮影の現場にも行きました。もともとPower Exporter 9000の目的が災害時や非常時の使い方をイメージしていたんです。アウトドアキャンプのような趣味的な世界観のなかで製品を見られたのは新鮮でした。撮影現場の電力はすべて1台のFCVがまかないましたが、ちなみにFCVが満タン状態でPower Exporter 9000を使うと一般的な家庭の約7日分の電力をまかなうことができるのです。

鈴木 すごく静かなんですよね。全く音がしない。その静かな感じを出したかった。今回ビジュアルをつくってみて、プロダクトを取り巻く世界観をより前面に出していくと結果的にプロダクトの魅力を伝えられるのではないか、と思いました。そのモノがあることで生まれる空間や時間の価値をもっと丁寧に伝えていってもいいのかな、と考えています。

後編につづきます。