REPORT | プロダクト
2016.11.21 12:03
本誌184号にも掲載している、漆の新しい可能性を提案する展覧会「構造乾漆 Liquid to Solid しずくからかたちへ 」がアクシスギャラリーで11月23日まで開催中だ。
▲ 会場中央のオブジェは土岐研究室と金田研究室によるプロジェクト(2013年)。タコ糸に漆を染み込ませて造形した
本展は、漆造形の研究者である土岐謙次氏(宮城大学 デザイン情報学科 准教授)と建築構造の研究者である金田充弘氏(東京藝術大学 美術学部 准教授)が共同で主催するもの。ふたりは日本古来の技術である乾漆(布に漆を染み込ませて固める造形技術。漆が空気中の水分から酸素を取り込んで硬化する性質を利用する)の構造材としての特性を研究してきた。本展は研究成果や、構造乾漆による家具などの展示を通じて、その可能性を一覧できる内容だ。
▲ 土岐研究室と金田研究室による本展のためのインスタレーション作品。なお、本研究はJSPS科研費JP26282008の助成を受けている
両研究室の1つの成果は「乾漆シート」の開発だ。土岐氏はそのメリットについて「漆が誰にとっても加工可能な素材になるということです」と話す。漆といえば職人による高度な「塗り」の技術を思い浮かべるが、乾漆シートであれば職人でなくても漆の造形が可能になる。強度や弾力性、抗菌性といった漆ならではの性能を生かした家具や内装材をつくることもできる。「もちろん工芸作家が求めるクオリティとは異なります。しかし工芸とは別の方向性として、これまでになかった漆による新しいものづくりの可能性が開けるのではないか」(土岐氏)。
▲ 乾漆シートは、塩化ビニール板に漆を塗った後、その上に綿布を3〜5枚重ねて漆で固める。約24時間後、漆が硬化した後に塩ビ板から剥がして完成。写真上のような波型のタイプも可能だ
▲ 乾漆ペーパーは、寒冷紗1枚を漆で固めてつくった薄い乾漆。防水性や抗菌性を備え、切断加工も容易であるため壁紙など内装材としての可能性もある
「産業として漆を広く活用する素地を築きたい」。それが同氏のミッションだという。現状での産業利用といえば、塗料製品、漆器、仏壇、一部に漆芸アートの作品があるくらいだ。土岐氏は、展示されたテーブルのスタディを指して言う。「このテーブルは布と漆だけでできていますが、ひじょうに軽くて強い。私たちが産業に向かって届けたいメッセージとは、漆で“塗る”のではなく、漆で”つくり”ませんか、ということ。これから天然素材で新しいものづくりをしたい人に、漆でつくる仕組みと性能をお見せしたい。そのうえで何をつくるか、ということを皆さんに考えてもらいたいのです」。
▲ 乾漆によるテーブルのスタディ。天板はペーパーハニカムコアを乾漆シートではさんだもの。片手で端を持ち上げられるほど軽い。金田氏が構造の監修を担当した
▲ 寒冷紗を8枚重ねた乾漆パイプ(直径6cm、長さ12cm、厚み3mm)は1.8tの耐荷重性がある。仮設的あるいは移動可能な建築であれば漆の建材は有効だという
構造乾漆のプロジェクトでは、デジタルツールを駆使していることもポイントだ。テーブルのスタディも3DCADで設計されており、3Dプリンタで制作した型の上に麻布を漆で積層して造形している。「デジタルの手法が特別とは全く思っていないんですよ。日々の生活も、ものづくりの現場もデジタルが介在しないことはほぼないですよね。それが普通のあり方なので、漆でも普通につくりたいだけ。漆とデジタルとのかかわりをできるだけ無理なく見せたいと思っています」。
会場には、共同研究の成果として乾漆スツールが展示されている。両大学の学生たちによる作品もあり、これらすべては3DCADで設計された。「これまで漆でものづくりをしたことのなかった学生が3、4カ月で漆の作品をつくることができました。見た目は荒削りだが、技術的には申し分ない。彼らのなかで漆という素材の敷居を下げることができたと思います」。
▲「FRUスツール」(金田研究室☓土岐謙次)。スツールの設計は3DCADによる。木型に麻布を8枚積層して成形し、座面を朱漆で仕上げた。120kgの人が座っても大丈夫とのこと
▲「うるしスプリングツール」(土岐研究室 舘野沙弥)は、乾漆シートを数枚重ねて強度と弾力性を生かしたスツール。脚には拭き漆を施してある
▲「塩ビシートによる造形の乾漆椅子」(金田研究室 呂 亞輝)。塩ビシートの上に漆を塗り、乾燥しないうちに型にのせて成形する
そのほか、仙台と鎌倉とFabLabと共同で行っている乾漆を使ったブローチのワークショップや、デザイナーたちとのコラボレーション作品なども展示されている。
▲ FabLab SENDAI – FLATでは、塩釜市杉村美術館と共同で乾漆ブローチづくりのワークショップを開催してきた
土岐氏は、京都市立芸術大で漆芸を専攻して以来、20年以上にわたって漆を研究してきた。氏が最初に漆と出会ったときに感じた「可能性」こそが、この素材の最大の魅力だという。「大学のなかだけで研究していると、産業とどう結びつくのかわかりにくいところがあります。今後は、これらの可能性を社会に出していくための仕組みづくりをやっていきたい」と話す。具体的には、プロダクトの開発や、異分野との協働、海外での展示などだ。
一方で、漆の生産、漆を掻く職人や技術の減少といった課題もある。「国内の漆は国内消費量の2%しかまかなえておらず危機的な状況。私たちも植樹活動をしながら、生産方法や樹木の育成環境についても研究を進めようとしているところです」。製品開発と材料生産、どちらが先ということではなく、同時に取り組んでいかなければならない。
やるべきことは多いが、日本の伝統的な素材と文化を絶やしてはならないという使命感に突き動かされている部分がある。「漆の英訳はまさに”japan”。日本を代表する素材としてそういう名前がついているわけですから、工芸の世界における装飾的な材料としてだけではなく、優れた造形材料、構造的に機能する材料としてより多くの皆さんに知っていただきたいのです」。従来の一般的な漆のイメージを刷新する、熱意あふれる展覧会だ。(文・写真/今村玲子)
「構造乾漆 Liquid to Solid しずくからかたちへ
土岐謙次(漆造形) × 金田充弘(建築構造)」
会期:11月18日(金) ~ 11月23日(水)
11:00 ~ 19:00 (18日は16:00まで)
会場:アクシスギャラリー
東京都港区六本木5-17-1 AXISビル4F(地図)
*入場無料
今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。