後編 カルティエ 銀座ブティックの内装を彩る ブルーノ・モワナーの魔法とそのデザイン哲学

カルティエ 銀座ブティック(東京・銀座)の内装を手がけたブルーノ・モワナーへのインタビュー。前編では店舗コンセプト、ライティングへのこだわりについて紹介した。後編では、「サヴォア・フェール (Savoir Faire=匠の技術) 」を駆使した彼のデザインの仕掛けをひも解いていく。

インタビュー・文/岸上雅由子、写真/五十嵐絢也

——「デザイン界の偉大な貴婦人」と呼ばれたアンドレ・プットマン率いるエカール・インターナショナルに所属されていました。ぜひ、彼女との思い出をお聞かせください。

プットマン女史との出会いは、今でも鮮明に蘇ります。当時、私は学校を卒業したばかり。この業界について、右も左もわからないひとりの青年に過ぎませんでした。ある日、私の恩師に勧められ、インテリア関連のエージェントを訪ねることになりました。その縁で、まだオープン前のティエリー・ミュグレーのブティックに足を踏み入れることになったのです。白と黒だけでまとめられたシンプルでモダンな空間に、私は一目惚れしてしまったんです。もちろん、そのインテリアを手がけたのが誰かなんて、当時は知る由もありませんでした。

人生には時にミラクルが起きるものですが、エージェントは私にミュグレーの日本でのライセンス契約を取るためにデザイン画を描いてみないかと、声をかけてくれたのです。私は一晩かけて夢中でペンを走らせました。でも、残念ながら、満足のいくものには仕上がらなかった。

われながら失望を覚えつつも、建築家とそのアソシエイトである女性に会いに行き、「ご期待に添えなかったと思います」と詫びました。ところが、その女性が目をキラッと輝かせて言ったんです。「素晴らしいできじゃないの。あなたはもう私の画家ね!」。とてもチャーミングでいたずらっぽい笑顔でした。それがプットマン女史との初めての出会いだったんです。こうして、私は彼女と15年間、仕事を共にすることになったわけです。

▲「プットマン女史との思い出はあまりにもたくさんありすぎて、とても短時間では語り尽くせません」。

——彼女から何を学ばれたのでしょう?

彼女は次々と生まれては消えいく一過性のデザインを嫌いました。彼女が残したアイコン的デザイン、白と黒の幾何学模様は日本の市松模様にも通じており、伝統とモダンが素晴らしく調和したものです。シンプリシティ、ミニマリズム……彼女のデザイン哲学は、もちろん、私のなかにもDNAとしてしっかりと受け継がれていると思います。

——カルティエ 銀座ブティックでは、異素材の組み合わせ、異空間の掛け合わせが絶妙に感じられますね。

そのとおりです。同じフロアでも数十歩先に足を踏み入れれば、また違った印象を与えられるような工夫を施しています。一見同じように見える素材でも微妙にコントラストをつけている。マットな加工とブリリアントでサテンのような光沢を見せる質感を対比させたり、メタリックなテクスチャーでアクセントをつけたりと、フロア全体がべったりと平面的な印象にならないよう、細やかな異素材による差別化でメリハリをつけているのです。

奥行の演出にも気を配っています。例えば2階フロアのパーテーションはとても透け感のあるチュール素材でできています。リネンとナイロン(ポリアミド)を組み合わせた装飾生地には、ゴールドの糸で波模様が表現されている。これは、緻密な計算による縮み加工によるものです。パーテーションでありながらトランスルーセントであることで、向こう側のスペースが透けて見える仕掛けになっています。同時にゴールドのチュールを通して光がさまざまな表情も見せてくれる。奥行きを感じさせながら、柔らかな光のハーモニーをも生む仕掛けです。

また、動きを感じさせるアプローチも試みています。例えば、ツイストデザインのバングルの写真を収めたフレームは、そのねじり感に連動するかのような波模様の壁紙を背景に飾っています。ジュエリーの動きと壁紙の動きに連続性が生じる。そこに動きが生まれるのです。

▲波模様が浮かび上がるトランスルーセントなチュール素材(左)と特殊手法で塗装されたブロンズ仕上げのフランス製パネル(右)。

——各サロンにカルティエの歴史を彩るキーパーソンの名前がつけられています。3代目ルイ・カルティエはもちろんのこと、アヴァンギャルドでありながらエレガンスを体現した女性ジャンヌ・トゥーサンの名も冠されていますね。

ジャンヌはひじょうにクリエイティブな才能に恵まれていただけでなく、勇気を持った女性でした。ナチス占領下、「カゴの中の鳥」というジュエリーを発表し、体制批判のメッセージを発信しました。戦時下のひじょうに切迫した状況下でもメゾンを存続させてきたカルティエの気骨を、彼女が体現していたのかもしれません。そういったカリスマ的な人物もカルティエの遺産となっています。

また、カルティエのアイコンともいえるパンテールジュエリーの育ての親でもあります。新店舗では、VIPルームをはじめ、エレベータ内ほか、カルティエのアイコンであるパンテールをモチーフにした装飾が施されています。エレベータ内奥の壁一面には、パンテールをモチーフとしたウッドパネルが掛けられています。“ムーンゴールド”(月明かりのような淡い光沢のゴールド)の金箔をあしらった漆仕上げの逸品です。こういったカルティエの遺産ともいえるモチーフを、いかに現代的にかつ各店舗のキャラクターに沿って表現できるかが、私にとってはたいへん面白いのです。ここ銀座では、和のテイストとのマリアージュということで漆仕立てのパンテールが誕生したのです。

▲ブティック内のいたるところにジャポニズムテイストのパンテールモチーフが配されている。

——デザインと素材の関係性についてはどのようにお考えでしょう?

実は私は触覚の研ぎ澄まされた人間です(笑)。「思わずさわりたくなる」。これは、私の素材選びにおける判断基準の1つです。例えばクライアントとのプレゼンの席にさまざまな素材を用意したとします。お客さまが思わず手に取りたくなるような素材こそ、いい素材です。

私のオフィスはちょっとした素材のラボのようなもので、あらゆるマテリアルが持ち込まれます。生地やガラス、金属や鉱物。その道の職人たちが集い、各々扱い方や設え方を実際に試してもらうのです。彼らとの仕事は本当にワクワクしますよ。つい先日、ある職人が、不思議な石を持ち込みました。高熱をかけると、石がチューインガムのように柔らかくなり、それを細く引き伸ばすと糸のようになる。そのうち、石の繊維を使った石の織物をつくることができるかもしれません。

▲モワナーの魔法はすべて1枚のシンプルなデッサン画から生み出される。

——階段に沿って張りめぐらされたガラスの壁面がひじょうに印象に残ります。

階段という空間は、吹き抜けの階段や螺旋階段でもないかぎり、通常どうしても閉塞感がともないますよね? 何となく箱の中に閉じ込められたような気分になります。ですから私は、階段を上りつつも、空間に広がりが出るようにミラー加工した透明ガラスを使ったんです。鏡の効果で広がりだけでなく、光も拡散します。ただの鏡では面白くない。ひじょうに手の込んだエッチング加工を施しました。その部分にブロンズゴールドの有機塗装をしたのです。

デザインのモチーフは「雨」。カルティエなので黄金の雨になりました(笑)。先ほどお話した波模様のチュールは、海の記憶につながっています。霧もモチーフになっています。雨、霧、海……すべて私の故郷、フランス・ノルマンディー地方における自然がインスピレーションの源にあります。

▲故郷ノルマンディーの雨をモチーフにエッチング加工を施した階段スペースの壁面。

——すべては熟練の職人たちとの共同作業あってこそなのでしょうか。

もちろんです。「サヴォア・フェール (Savoir Faire=匠の技術) 」はグランメゾンに欠かせない財産です。カルティエのクオリティも、そして私のデザインにおいても、サヴォア・フェールによって支えられてきたと言ってもいいでしょう。今回も、「バロビエ&トーゾ」や「アトリエ・ゴアール」などの老舗工房とのコラボレーションが実現しています。

私は彼らと表には見えない仕事をたくさん重ねます。職人たちは、気の遠くなるような地道な作業を決して厭いません。その工程1つ1つが、各々の職人たちのノウハウが、最高の手仕事となって結実する。細部にまで完璧を求める姿勢は、日本人の美意識、ものづくりに対するこだわりとも呼応します。

ラグジュアリーとは、本来そういうことだと私は考えます。一見してわかりやすく安易なものではなく、完成までの裏側に秘められた膨大な手仕事の積み重ねだけが、贅沢という極みに到達できるのだと思います。素材の選定、異素材の掛け合わせ、職人技による細部にまでこだわり抜いたクリエイション、そういったあらゆるノウハウの集大成によって、きわめて洗練されかつシンプリシティを体現した空間が誕生する。すべてはひじょうに複雑な工程の重なり合いです。あたかも錬金術のようなものなのです。そう、錬金術、私はデザインにおける錬金術というマジックを愛してやみません(笑)。

▲ホテルから個人住宅、さらには舞台芸術まで、モワナーの多岐にわたる作品を収めた写真集。

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