REPORT | インテリア
2016.07.29 15:31
東京・文京区小石川にデザインの新しいスペースが誕生した。築約50年というオフィスビルのワンフロアをスケルトン化した開放的な空間。約580㎡の広い空間はゆるやかに区切られ、1つはデザイナーで建築家の芦沢啓治氏が運営するギャラリー、もう1つはデザイナーの小林幹也氏が運営するショップ「TAIYOU no SHITA KOISHIKAWA」で構成される。
もともと芦沢氏の建築設計事務所、および同氏が代表を務める石巻工房の東京ショールームがこの地にある。自ずと近隣の飲食店や商店に通ううち、人同士の関わりが深まっていった。「頼まれて店の内装を直したり、逆に頼まれてもいないのに直していいかと聞いたり(笑)。僕はデザイナーという職能だから、街をもう少し使い勝手のいいようにできる。そんなふうに手伝ったり関わったりしているうちに、この場所を教えてもらったんです」(芦沢氏)。
▲ 1階のサイン
▲ ギャラリースペース。広さと開放感が印象的だ
「何はともあれ、まず借りた」
初めて物件を視察したのは今年2月のこと。隣の小石川大神宮が所有するオフィスビルで、もう何年も空き家になっており2年後には解体されることが決まっている。「そのときは借りられるとは思わなかったが、とにかく広さが印象に残った」と芦沢氏。その後、あるプロダクトの発表イベントを行うことになり、場所を探すなかでこの物件を思い出した。「とはいえ、イベント期間だけ借りるのでは虫がよすぎると思って。それなら僕が責任をもって2年間ここを借りて、ギャラリーとして運用できないかと考えたんです。何はともあれ、まず借りました(笑)」。
視察から契約までわずか2カ月。これが3.11直後に石巻工房を立ち上げた芦沢氏の瞬発力である。そして、契約したばかりの物件の写真をフェイスブックにアップしたところ、15分後に「興味あります」と電話をかけてきたのが、長年付き合いのあるデザイナーの小林幹也氏だった。自ら運営する家具ショップ「TAIYOU no SHITA」の新スペースとして「一部貸してほしい」という小林氏に対し、「一部なんて言わず、半分どう?」と返した芦沢氏。気前のよすぎる話に聞こえるが、それほどまでに広すぎたのだ。
▲ フロアの中間でスペースはゆるやかに区切られる。手前がギャラリーで、ガラスの向こうが「TAIYOU no SHITA KOISHIKAWA」
ひとりのデザイナーの仕事を一覧できる場所
その広さゆえ、とにかく全部見せられる、というのがこのギャラリーの最大の特徴かもしれない。現在はオープニング展「Keiji Ashizawa MATERIAL AND STRUCTURE」(8月6日まで→ 8月23日まで延長)を開催し、芦沢氏がこれまで手がけてきたプロダクトや照明などの作品を展示している。
同氏が発起人となり2007年から開催してきた「プロトタイプ展」やミラノサローネなどで発表したものもある。スライド金物を探求した「Drawer Shelf」、金属のたわみをテーマにした「Gravity Light」など、いくつかの固定テーマに対して腰を据えて取り組んできたデザインの成果を一望できる。芦沢氏は「すごくニッチなところに焦点を当て、延々とトライしているんですよ。しつこくやっているうちに見えてくるものがある。シリーズとして進化している様子を見てもらえたら」と話す。
▲ 芦沢氏が手がけてきた作品が並ぶギャラリー内。引き出しのシリーズは、7、8年の積み重ねがあり、さまざまなバージョンがある
▲「Toolbox」(2014年) 。引き出しのスライドの機構はコンパクトサイズのツールボックスにも応用される
▲ 平面から立体を立ち上げていくシリーズ「How to make flat packing series」(2007年)
▲ 金物と木のポールを組み合わせてスタンドをつくるシリーズ「Pipeknot」
▲「Gravity Light」(2007年)
一方、「TAIYOU no SHITA KOISHIKAWA」でも、小林幹也氏が天童木工やカリモク、冨士ファニチヤなどと手がけてきた家具シリーズのほぼすべてを見ることができる。今後は、家具メーカーとのプロジェクトのほか、「ここでしか手に入らないオリジナル商品も開発していきたい」とのこと。新たな拠点を手に入れ、プロデュースにも力を注いでいくという。
▲「TAIYOU no SHITA」店内
▲ 冨士ファニチヤの新作テーブル「nagi LDセット」
▲ 好みの天板を選び、テーブルをオーダーメイドできるコーナーもある
▲ マーケットプレイスにはオリーブオイルなどを取り扱う食品店「PLAIN COMPANY」と着生蘭の専門店「B.U.D」が出店する
実はこのように、ひとりのデザイナーの仕事を一覧できる機会はあまりない。かつての「プロトタイプ展」のように、デザイナーが自分の仕事や考え方をプレゼンテーションする場所として機能する可能性を秘めているのがここ、「DESIGN 小石川」なのだ。「スペースが広いので、今までなかった見せ方でちゃんと理解してもらえる。展示がきっかけとなって、デザイナーにとっても幸せなコミュニケーションにつながったら嬉しい」(芦沢氏)。
▲ 毎週末に地元の商店が集うマルシェが行われ、新鮮な野菜や雑貨が並ぶ。「広場のような場所として地域の人にも開放したい」と芦沢氏
デザインウィークの新しい拠点としても
ギャラリーではすでにこの後の予定もいくつか決まっている。まずは、芦沢氏の友人であるオーストラリア人のグラフィックデザイナー、カルヴィン・ホー(Calvin Ho)の展覧会が8月25日〜9月25日に。さらに、英国の家具デザイナーのマイケル・マリオット、シンガポールのユニークなプロダクトメーカーである「スーパーママ」など。これら国際色豊かな企画に期待したい。芦沢氏は「小石川は文豪の街で歴史もある一方、再開発も進み、常に変化している地域。秋のデザインウィーク期間中にも、拠点の1つとして地元に密着しながら面白いことをやっていきたいです」と意気込む。
この建物は2年後の解体が決まっているにも関わらず、「小石川で何か面白そうなことが始まりそうだ」とデザイナーや建築家の事務所が別フロアに入居してきているという。今後の取り組みで発信力が高まっていけば、小石川がデザインのサードプレイスとして定着する可能性もある。大いに期待したい。(文・写真/今村玲子)
▲ 建築家の芦沢啓治氏
DESIGN 小石川
112-0002 東京都文京区 小石川2-5-7 佐佐木ビルB棟 2階
TEL 03-5689-5597(芦沢啓治建築設計事務所)
http://designkoishikawa.com
TAIYOU no SHITA KOISHIKAWA
112-0002 東京都文京区小石川2-5-7 佐佐木ビルB棟 2階
TEL 03-5615-9752
http://www.taiyounoshita.jp
今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。