第15回
「日本の家具づくりを次世代につなぐために、デザイナー 川上元美」

▲「KISARAGI」。スギ圧縮柾目材という飛騨産業による高度な木工技術が生かされている。

日本は、世界第3位を誇る森林大国であり、国土の約7割の面積を森林が占める。その活用の声が年々高まっているなか、デザイナーとして川上元美氏が導き出した答えの1つが、圧縮技術を駆使して開発した「KISARAGI」だ。上質で洗練された、新しいスギ材の魅力を見せてくれる。

▲ 2016年の植樹祭の様子。旭川、東川町の植林活動には、アルフレックス、カンディハウス、タイム&スタイル、
匠工芸なども参加している。


家具づくりのための植林活動

「昨日まで、植樹祭に行ってたんですよ」と話す川上氏。数年前から北海道の植林活動に参加しているという。1997年に小規模に始まったカンディハウスの社有林の植樹に端を発し、現在は主に家具産業に携わる人々がボランティアで行っている。旭川家具工業協同組合をはじめ、旭川地区に工場を持つ家具メーカーの従業員やその家族、市内の大学や専門学校の学生など、参加者の数も年々、増え続けている。今年は約400名が参加。植樹するのは、ブナ科広葉樹のミズナラだ。

「ミズナラは、家具にとても適した美しい材がとれる木なんです。北海道にもともと自生していたんですが、旭川地区の家具産業が盛んになる前に、その価値にいち早く注目したデンマークなど、ヨーロッパに大量に輸出してしまった。だから、もうあまり残っていないんですね。探せば、山の奥のほうにあると思いますけれども」。

今年は子どもたちに無理がないよう、平地にヤチダモも植樹したが、ミズナラの植林場所は、旭川市とその隣町の東川町郊外の山林だ。東川町は、1985年に「写真の町」宣言を行い、自然や文化、人との出会いを大切にした町づくりを行っている。また、家づくりや起業に対する補助制度、子育て制度などを充実させたことで、特に若い世代を中心に人気を集め、北海道で唯一、人口が増えている町としても知られる。

「この辺りの地域は、クラフトも盛んです。家具産業の活動とさまざまな人がつながれば、もっと大きな面白い動きになると思うんですね。これから少しずつでも広がっていけばと願っています」。

▲ 2010年。右から、発起人の故・長原 實氏(前旭川家具工業協同組合会長)、桑原義彦氏(現同組合会長)、川上氏。


デザインのための試作品の提案

川上氏は植林活動のほかに、家具デザインの素材である木について植生や加工法などを調べに、ライフワークのように日本各地に足を運んでいる。家具メーカーが実験的につくった試作品を提案されることもあるそうだ。

オフィスのストックルームから川上氏が持ってきたのは、30cmほどの長さで、2cm角くらいの細長い木の試作品。手に持って振ると、ゆらゆらとしなる。聞けば、スギの板材を積層させて圧縮したものだそうだ。

このような弾力性があれば、椅子の背もたれや座面のクッション材にも活用できるのではないかと思うのだが、「やっぱりスギだから、もろいことはもろい。ある臨界点を越えると、パキンと折れてしまうんですよ」と川上氏。

「これはいいかどうかわからないけれども、薬品を注入してハイブリッドにして強度を持たせるとかね。ただし、持続可能な材でないといけない。何らかのかたちでこれを発展させて、デザインに生かせればと考えているんですけれどね」。

▲ 飛騨産業と2010年に開発した「クリプト」。木口スギ集成材を用いた天板には、そりを防ぐため、芯にスギ追い柾目材をクロスに挟み込んだ3層構造となっている。


飛騨産業との取り組み

スギは強度が弱く、柔らかくて傷がつきやすいことから、椅子やテーブルなどには適さないと言われてきた。一般的にそうした家具にはミズナラやホワイトオーク、ウォルナット、タモ、メープルといった広葉樹が使われることが多い。

だが、日本は戦後植林されたスギやマツ、ヒノキなどの針葉樹の宝庫であり、使われないことで山の荒廃が進んで問題になっている。デザインの分野でも、その活用を考えるさまざまな取り組みが行われているが、川上氏は数年前から岐阜県高山市の家具メーカー飛騨産業(https://kitutuki.co.jp)とスギ材を使った家具を開発している。

その近作が、2014年に発表した「KISARAGI」だ。これは飛騨産業と、日本三大美林の1つ「吉野杉」で知られる奈良県吉野郡黒滝村との協働によって生み出されたもの。黒滝村は、約400年前から造林や植林を行っていたという古い歴史があり、除伐や枝打ち、間伐などの育林の制度も整っている。

この吉野杉を使って、飛騨産業は自社で得意とする曲げ木の技術を応用して、加熱圧縮によって強度を高めたスギ圧縮材を開発。また、これまでは強度の問題で木の節が出る「板目材」でしかつくることができなかったが、技術改良を重ねて世界で初めてまっすぐな木目が現れる「柾目材」での製造に成功。強度を持ちながら、スギの凛とした木目の魅力が生きる家具が誕生した。

▲ 今年3月に行われた「WOOD FURNITURE JAPAN AWARD 2016」展の会場風景(空間デザイン:エマニュエル・ムホー 会場:スパイラルホール)。「KISARAGI」はセレクション部門でグランプリを受賞した。
Photo by Motomi Kawakami


未来にまで視野を広げて考えること

「KISARAGI」は、2016年1月にパリのメゾン・エ・オブジェ、3月に東京のスパイラルホールで開かれた「WOOD FURNITURE JAPAN AWARD 2016」展でも展示された。本展は林野庁補助事業の一環として、国産家具のブランディングの支援を目的とし、デザイナーとメーカーの新しい出会いの場を創出するとともに、日本の木製家具の魅力を国内外にアピールするものだ。

東京展は2日間という短い期間だったが、多くの人が訪れて反響を呼んだ。初日には川上氏と榎本文夫氏、小泉 誠氏によるトークセッションも開かれた。川上氏は、先の植林活動や「KISARAGI」について語ったほか、これからの日本の家具産業や日本の森林問題にも言及した。

「日本の今の人工林は、大戦後、スギやカラマツなどの短期間で生長し、収穫の早い針葉樹が造林されたもの。広葉樹も植樹して多様性を持たせて、自然の照葉樹林体系に戻していくことが一方で必要」「植樹する際は、目的を持って、どう育てていくかということまで考えること」と、現状の問題だけでなく、その先の未来にまで視野を広げることが大事だと述べた。

▲「KISARAGI」は、2014年度のグッドデザイン金賞を受賞した。


日本の家具デザインはこれから

日本の森林の活用が叫ばれるなか、デザインの分野では最も木との結びつきが強い、家具デザインや建築にその使命が託されていると言えるだろう。

川上氏は言う。「私たち家具デザイナーに求められていることは、木とどのように付き合って、素材や技術とデザインをどうつなげていくか、いかにサスティナブルな未来へつなげていくか。これは長いスパンで考えていくことが必要です。日本の森林の活用とともに、日本の家具デザインはようやくこれからというところに来たように思います」。

川上氏が植林活動を行っているミズナラが、家具として使えるようになるのは、今から100年、200年先のこと。日本の家具づくりを次世代につないでいくために、遠い未来に思いを馳せながら、今後も日本の森林問題と家具について取り組んでいきたいという。(インタビュー・文/浦川愛亜)



川上元美/デザイナー。1940年兵庫県生まれ。1964年東京芸術大学美術学部工芸科卒業。 1966年同大学美術研究科修士課程修了。1966〜69年イタリア・ミラノのアンジェロ・マンジャロッティ建築設計事務所に勤務。1971年川上デザインルームを設立。プロダクトデザイン、インテリアデザイン、環境デザインなどを手がける。各地の地場産業の活性化事業や地方人材育成事業に協力。東京藝術大学、金沢美術工芸大学、多摩美術大学、神戸芸術工科大学など、客員教授歴任。http://www.motomi-kawakami.jp