vol.74 映像業界御用達の特殊“変身”車両
「ザ・ミル ブラックバード」

昨今のコンピュータグラフィックスの進歩には、目を見張るものがある。例えば、自動車のテレビCMでも、実写かと思えるイメージが完全なCGだったということは少なくない。あるいは、実物を撮影した場合でも、デジタルレタッチによってカラーリングを変えたり、不要な反射を消して必要なハイライトを加えるような操作が、ごく普通に行われている。

また、映画でも、高価なスポーツカーをアクションシーンに使って破損させる危険をおかすよりも、似たサイズの安価なクルマで撮影を行い、それを編集時にデジタル処理で全く異なるモデルに変身させることは珍しくなくなってきた。

もちろん、技術的には車体の挙動などもすべて物理シミュレートしたデータとして入力することもできるわけだが、実物が持つ迫力を出すためには、頭の中でつくられた動きでは不十分といえる。熟練したスタントドライバーが操った実車の動きをそのままキャプチャするほうが、監督も指示を出しやすく、狙い通りの映像が撮れるのである。

その一方で、この手法では、必要とする車両それぞれに似たサイズの代用車を揃える必要があったり、安価な代替車両では十分なパフォーマンスを出せないなどの問題も発生する。しかし、これらの難点を一気に解決するデザインソリューションが現れた。


車体中央に1人乗りのドライバーズシートを持ち、一見、バギーのような「ザ・ミル ブラックバード」(http://www.themill.com/portfolio/3002/the-blackbird)は、CGを使った映像制作のために専用開発された「変身」するクルマだ。頭頂部のユニットは、複数のレンズで全周を撮影できる車載カメラであり、ドライバーの視点による映像などの記録に使われる。

ブラックバードの「変身」は、物理的なものとソフト的なものの2段階で行われ、まず、自在に伸縮するホイールベースを利用して基本的な骨格を目的の車両に合わせ、どんなメーカーのホイールでも装着できる足回りが意図に応じて調整される。そのうえで、走行時の挙動をソフト的に規定し、撮影後にCGのボディに置き換えるのだ。


ここまでくると、もはや映像の何を信じればよいのかわからなくなり、これで制作された自動車のCMが、公正取引委員会や消費者団体から問題視されないのか心配になるほどだ。だが、少なくともエンターテインメントの世界では、実車の制約を逃れつつ実写の迫力が得られる技術として、大いに歓迎すべきアイデアといえるだろう。