IIT ID パトリック・ホィットニー教授
「インドでデザイン戦略主導で社会変革が行われている理由」

近年、欧米で高く評価されながらも、日本国内では今ひとつ注目度の低い次世代国家、インドの今をデザインという視点で紹介し、その将来性と日本との関係について考えてみる。
 
そこで、早くから「デザイン思考」教育を推進し、実際に社会変革の真っ只中にあるインドのイノベーティブなデザイン戦略に着目しているイリノイ工科大学インスティテュート・オブ・デザイン(以下、IIT ID)の学部長パトリック・ホィットニー教授にインタビューし、「なぜ、今、インドなのか?」を語っていただいた。

日本とは正反対、かつ複雑なインド市場

デザインやイノベーションの観点から、インドが世界の他の国々と大きく異なる点は何でしょうか?

インドは、人口が多く巨大な国内市場を抱えているなど、中国との共通点も見られます。しかし、本質的には日本や韓国、台湾も含めたアジア諸国とも、あるいは北欧の国々とも異なる存在です。

例えば、日本では、1950年代に通産省の主導でデザイン水準を引き上げる流れが生まれましたが、それは輸出先において海外製品と勝負するためでした。これに対して、近年のインドもデザイン分野を成長させてきましたが、それは輸出もさることながら、国内市場を優先する考えに基づくものです。

一方で、インド市場はとても複雑な成り立ちをしています。西欧の市場も国ごとの違いなどがあって多様性に富みますが、インドは国内市場だけでそれ以上に複雑なのです。結果として、その複雑さを克服し得るデザイン開発や販売方法の工夫を行うわけですが、このような複雑さをハンドリングしてきた能力が、世界市場の攻略にも有利に働くと見ています。

ご存知のように、日本の市場は比較的画一的で理解しやすいものです。デンマークのデザインも、あの国特有のスモールオフィスなどに合わせて開発されたものが多いわけですが、日本にも似たところがあって、そのまま受け入れられました。けれども、インドの市場は完全に正反対の状況と言えます。日本やデンマークのものをそのまま持ち込んでも通用せず、独自のデザイン開発が求められます。同時に、インドでは韓国のサムスンやLG電子といった企業の進出を受けて、洗濯機などの分野における国産デザインのクオリティやイノベーションのレベルが急速に向上しました。

日本の場合、消費者のニーズも文化的背景もほぼ均一ですし、日本人デザイナーは、どんなデザインを提供すべきかを直感的に理解しています。反面、彼らはアメリカのテキサス州やブラジルで受け入れられるデザインをしてほしいと求められても、戸惑うはずです。インドのデザイナーや企業は、国内市場を相手に大きく異なる嗜好やニーズを持つ消費者に向けてデザイン開発を行うためのメソッドを確立してきました。そのメソッドは、アメリカやヨーロッパの市場にも容易に応用し得るものです。今後、これと競争していくために、日本のデザイナーや企業は、かなりの努力を強いられるでしょう。

それでは、日本の企業やデザイナーがインドと伍していくためには、どのような点に留意する必要があるでしょうか?

歴史的に見て日本のデザインは、製造業主導で発展してきました。ご存知のように、日本の製造業は強大であると同時に保守的です。確かに、かつてソニーが発表したアルミを多用したステレオコンポなどは人々を驚かせました。それは、まさに製造業主導だからこそ可能な製品でした。しかし、今ではそれが縛りとなって革新性が薄れ、世界のメーカーに追いつかれています。独立系のデザイン事務所が仕事をする場合でも、クライアントが大企業であることが多く、やはりこちらも保守的になりがちです。

このような環境の中で、日本のイノベーションは、銀行・企業・製造業が連携する社会的なシステムによって実現されてきました。そのため、ソニーも物理的な製品デザインにおいて優れた実績を残しながら、ソフトウェアに関しては後付け的な印象が強かったと感じています。特に、最近のIoT的な世界では、ハードウェアとソフトウェアの関係は対等と言えます。ソフトウェアのデザインに力を入れれば、もっとフレキシブルでクリエイティブな製品をつくり出していくことができるはずです。

ゴドレジのイノベーションセンター。

あらゆることを試す、競合とも協力しあう

日本から見るとインドは混沌としていてつかみどころがないように感じられますが……。

インドは実際に混沌としています。だからこそ、フューチャーファクトリーやゴドレジのイノベーションセンター(注1)のような興味深い試みが無数に現れてきているのです。それら以外でも、インドではちょっとしたアイデアをもとに起業する動きが活発化してきました。しかも、それらが急速に成長し、ビジネスを形成しています。

そこには何らかのイニシアチブがあるわけではなく、ごく自然にそうなっているのです。西欧諸国がインドに業務の一部をアウトソーシングするのは、主にコストメリットを考えてのことですが、受け入れるインドの企業は、ともかくできることがあれば何でも試してみたいという意欲に溢れています。

注1
フューチャーファクトリーはムンバイの町工場が集まる古いビルの中にモダンなオフィスを構える先端的なデザインコンサルティング企業。ゴドレジのイノベーションセンターはインドの大手財閥系企業のゴドレジがムンバイに設立したデザインやテクノロジー関連の開発・実践施設。

日本企業はデザインをインハウス、または限られた近しいデザイン会社にのみ発注して行う傾向が強いと感じます。

日本、そして韓国の企業は、組織の関係性を重んじるところがあり、社内もしくは限定的なコミュニティの中で事を進めがちです。教育現場においても、日本や韓国の大学教授は、その大学出身であることが珍しくありません。これに対して、均質化を嫌い、多様性を重視するアメリカでは、ある大学の卒業生がその大学の教授になることはとても難しいのです。

日本と韓国における同じ環境や均質性を保つための努力は、確かにコンセンサスの下にクオリティの高いデザインや製品を開発するうえで貢献した面があります。ただし、その陰で、バラエティやインスピレーションに富むイノベーションを阻んできました。なぜなら、イノベーションというものは、一見すると互いに関連性のないアイデアの組み合わせから生まれるものだからです。

また、市場シェアや売り上げ、利益といった従来からの企業活動の尺度ではなく、社会改革への貢献など、デザインによって可能となる別の側面にも注目していく必要があります。インドでは、依然として社会インフラが未整備の地域も少なくありません。そこにソーシャルなインパクトをもたらしてくれる企業があれば、英雄的な扱いを受けるでしょう。

日本企業がインドに進出する場合、すでに存在している現地企業と競合する可能性がありますが、この点は問題とはならないでしょうか?

例えば、ゴドレジなどは、競争相手であっても協力しあえる部分がないかを模索するために、積極的にさまざまな企業や人々と話し合いをしています(注2)。このように他から学ぼうとする姿勢は重要で、それを失った企業に明日はありません。アメリカを手本にしていた日本の企業人たちは、50年代に、寡占状態をつくり出した米国企業が学ぶことをやめ、勢いを失っていくさまを目の当たりにしたはずです。

ところが、80年代に入ると自らが寡占企業となり、同じ轍を踏んでいきました。トップ企業のデザインや製品が他から真似される一方で、自身の改革スピードが落ちてしまえば、末路は明白です。もちろん、ソーシャルインパクトを与えられるような分野で他者に学びながら行動を起こすというのは素晴らしいことですが、同時にチャレンジングでもあるので、それなりの覚悟は必要となります。

注2
インドに外国企業が進出する場合には、同国の海外直接投資政策で100%の外国投資が認められた分野に関しては完全所有の子会社の設立が可能。しかし、文化の違いや市場特性を自前でゼロから調査・把握したり独自の流通網などを確立するよりも、現地企業のノウハウが生かせる合弁会社設立を選択するケースが増えている。

ゴドレジのイノベーションセンターでのレクチャー風景。

インドにマスマーケットは存在しない

ソーシャルインパクトを与えるデザインや製品を生み出すためには、インドのマスマーケットというものを理解する必要がありそうですが、それはどのようなものでしょうか?

いや、インドにもすでにマスマーケットは存在していません。そのように見えても、実際にはひとりひとりに対するマーケティングが必要なのです。確かに、すべての消費者には似たところがありますが、細かな差異に注目することが重要といえます。スマートフォンの機能を考えてみてください。たくさんの人を惹きつけようとして、とても多くの機能が盛り込まれていますが、実際に使われるのは5~10%くらいで、残りの機能は製品を複雑化し、コストを押し上げているだけでしょう。これは、自動車でも洗濯でも同じです。そして、このことがデザインや製品の管理においても複雑さをもたらし、顧客にとっては混乱の元になっています。

私は「イノベーション・スーサイド(革新の自殺行為)」と呼んでいますが、どんなに優れたアイデアでも、企業には、それを潰してしまうような壁が10個は存在しているものです。例えば、決められた予算内で適切なタイミングに製品を出荷できないというのも、その1つといえます。あるいは、イノベーションには、ステップ(一歩ずつ進む)、ジャンプ(飛び上がる)、リープ(跳躍して異なる場所に着地する)という3つのチェンジレベルがありますが、リープすべきときにステップやジャンプのような過去の延長線上のやり方で対処しようとしても、うまくいきません。

失敗しそうなプロジェクトを進めることもリスクですが、可能であることがわかっている要素だけでプロジェクトを構成するのも、またリスクです。可能だとわかっていることなら、誰にでもできてしまい、イノベーションにはつながりません。一方で、技術面での新規性が何もなくとも、イノベーションのリープを達成することは可能です。ソニーのウォークマンが良い例で、全く新しいカテゴリーの製品を生み出しました。

しかし、基本的に日本の企業はステップ・バイ・ステップの改革に関してはマスターしているにもかかわらず、リープチェンジについては成果を上げているとはいいがたいです。それでも、アイデアが枯渇しているわけではなく、たくさんの良いアイデアが今も生まれていると感じます。優れたアイデアを具現化するうえで、リープチェンジの考え方を身につけられれば、日本はインドにソーシャルインパクトをもたらすことができるはずです。

では、リープチェンジの考え方に切り替えるには、どのようにすれば良いのでしょうか?

まず基本に立ち返って、どんなイノベーションを成し遂げたいかを、しっかり見定めることが求められます。現在のインドにおけるイノベーションは、ディスラプティブ(破壊的な)と表現されることが多い。ディスラプティブなイノベーションは、それまでに存在していたものを否定し、再構築するところから始まります。

過去の大規模なマスプロダクション的ビジネスにおいては、十分な市場予測をして、完成形の製品を提供することが当たり前でした。これに対して、新しいフレキシブルな生産手法からつくり出されるフレキシブルな製品の世界では、市場予測を行うこと自体が難しかったり、そもそも無意味だったりします。プロダクトは、メーカーの予測に従って開発されるのではなく、消費者の動向に応じて急速に変化していくからです。

多くの場合、製品のバージョンとか完成版というような概念は完全に消滅します。プロダクトは生き物のように変化し続け、終着点は存在しません。エコシステムが、ユーザーと製品、サービスのすべてに影響を与え、それに応えるかたちで進化していくのです。

すべてがIoTのような存在になるということでしょうか?

IoTは、物理的な世界とデジタルの世界の境界線がなくなることを意味しますが、ディスラプティブな環境では、物理的な製品自体も市場の変化に応じてあり方を柔軟に変容させていく必要があります。それは、IT技術のみならず、バイオエンジニアリングやバイオ素材によって実現するものです。これらの2つの要素は、これからの物理的な製品のエコシステムを構築する上で、基本となるブロック的な役割を果たすでしょう。

正確な間違いよりも大まかな正しさを

そのようなことが起こっていくなかで、日本はインドとパートナーを組むべきとお考えですか?

今の日本は、厖大な知財と技術リソースを持ちながら、対外的には閉じたところがあります。中国は、産業分野の広がりとともに独自路線に向かうでしょう。インドはオープンな国ですし、日本の良きパートナーとなるはずです。ただし、インドがいろいろな意味で日本とは正反対の個性を持っていることは認識しておく必要があります。例えば、製品開発を完全に終えてから出荷したり、プロジェクトを始める前に完璧な計画を立てるといったようなことが、インドにも当てはまるかどうかは未知数です。

ケインズ経済学に「正確な間違いよりも大まかな正しさのほうが良い」という言葉がありますが、物事に精密さを求めようとすれば、それだけ時間もかかりますし、緻密にプラニングしなければなりません。しかし、そもそもの方向性が間違っていたとすると、それに気づいたときには後戻りできないことが往々にしてあります。それよりも、だいたい正しいだろうという方向性を決めて、いち早く開発に着手し、状況に応じて臨機応変に軌道修正をするほうが、結果的に機を逃さず、市場にフィットするデザインや製品を提供できるわけです。

日本とインドがコラボレーションするのに適した分野には、どのようなものがありますか?

さまざまな分野が考えられますが、特に、医療や教育、健康管理、交通機関、観光などは有望です。例えば、教育環境ひとつとっても、インドはテスト中心で固定化しています。これを、より実践的なものに変えていくことには大きな意義があるでしょう。実験的な教育方法として、扇風機やエアコンや電話機といった身の回りの製品を分解して仕組みを分析し、他のパーツと組み合わせて、何か新しいものを作る”Break It、Make It”というものがあり、これなど一緒に取り組むには適したプロジェクトだと思います。

世界的に見ても教育手法というのは、他の産業分野の変化と比べて立ち遅れが目立っていますから、日本が、そのテクノロジーやメディア、コミュニケーションのノウハウなどを駆使してこれを改革すれば、インドも大歓迎してくれるはずです。そして、その過程では、日本もインドからフレキシブルかつオープンであることの重要さを学ぶことができるでしょう。

インドでは、ほとんどのことがリアルタイムで決まり、変更されていくような印象を受けました。

それが、プレディクティブ・システム(予測可能なシステム)とレスポンシブ・システム(臨機応変に対応するシステム)の違いです。製品のデザインや設計においても、レスポンシブであることが重要になってきます。極端に言えば、購入した後に、消費者が機能を選択したり組み合わせたりして完成させるような製品の在り方も考えられるかもしれません。

最後に、日本のデザイナーや企業へのメッセージをお願いします。

ステップ/ジャンプ/リープというイノベーションのレベル分け、プレディクティブではなくレスポンシブな製品開発のあり方、そして、フレキシブルな製造方法の確立が、これからの日本のデザインと産業構造を変え、世界で伍していくうえでのキーポイントといえます。そのような体制への移行に必要なことを学ぶためにも、インドとのコラボレーションは、日本にとって重要な意味を持っているのです。

インドのアートギャラリーにて。

パトリック・ホィットニー/イリノイ工科大学インスティテュート・オブ・デザイン学部長。テクノロジーによるイノベーションをより人間的なものとしていくことに関心を持ち、デザインとビジネス戦略の連携や、インタラクティブなコミュニケーションと製品のデザイン手法などに関するレクチャーや著作の出版を世界各地で展開。『Business Week』と「Fast Company』は、それぞれ彼を、デザインとビジネスを結びつける「デザイン・ビジョナリー」、ユーザーバリューとエコノミックバリューを結びつける「マスター・オブ・デザイン」と評している。