第13回
「暮らしのリノベーション」

最近さまざまな観点から注目されている深川の一角に築35年のマンションがあります。そこに暮らす一組の夫婦が、新たな視点で住まいのリノベーションを試みました。「動線と素材」をテーマに、いくつもの天然素材やLED光源を使った照明などを検討・採用しながら約3カ月を費やした実験的なリノベーション。私は照明計画に参加しながら完成までを取材しました。

設計/江口裕子(一級建築士) 写真/井手孝高

設計は建築家である奥様が自ら進めました。使い慣れた生活の道具や、全国各地を訪れるたびに集めた思い出あるものたちに囲まれて過ごしてきたご夫婦。それらの1つ1つがふたりのライフスタイルをつくっています。そのままでも暮らせましたが、動線の改善や水回りの老朽化解消を目的にリノベーションを決意。さらに「無垢板や漆喰といった自然素材を使った住宅設計を提案していきたいと考えているのに、自分が体感してみなければ、説得力がないと思い、自らの提案スタイルを実践するためにもリノベーションに踏み切りました」と奥様は言います。

最初に照明の相談を受けたときに懸念したのは、新たに導入する建材やLED光源の照明が今までのこだわりの佇まいを壊されないかということ。そして新たに生まれる回遊性のある動線に対して照明計画をどのように提案するか。

写真/井手孝高

3DKという典型的なマンションの間取りからすべての壁を取っ払い、1つの空間として捉え、フレキシブルに部屋と部屋とのつながりを考える計画。採光についても、日当たりのよい部屋からできる限りリビングやダイニングにまで外光が行き渡るようにしました。6階の角部屋、東西南向きで3方向に窓があるという恵まれた環境がベースとなっていますが、引き戸やドアで仕切られたこれまでの間取りでは、採光にバラつきが出ていました。壁と間仕切りを取ることによって、採光と外の景色を住まいの中に取り入れたいという希望が設計に反映されています。

壁材には火山灰を利用した漆喰を採用。消臭と調湿に優れ、自然な仕上がりが特徴です。ツヤのない仕上がりは照明とも相性が良く、新しい素材でありながら以前からあったような馴染んだ風合いになりました。

和室の壁には因州和紙を採用。和紙は表面がマットなため、ほんのわずかな明かりでも柔らかく光を拡散します。「試したい」という奥様の想いからいろいろな材料を使ってみたものの、最終的には統一されたイメージに仕上がったようです。

部屋やスペースごとに照明器具を考えていくよりも、全体の効率を踏まえて種類を絞り、照明の機能をフルに活用していくことが大事だと思います。今回は、最低限必要な照度の確保と内装材との相性が良い光の温度をセレクトして提案。調光機能についても話し合いました。それは、ある一定の明るさの下で過ごすよりも、明るさが調節できるなかで生活するほうが、暮らしに広がりが生まれるということです。心地良さに対する明るさの感度は、季節や年齢を重ね、趣向やライフスタイルが変化することで変わっていくものです。

しかし、照明器具の種類を絞って光源の種類をなるべく統一していくということや、調光機能がどのような効果をもたらすのかということを理解してもらのは簡単ではありませんでした。おふたりとの何度かの打ち合わせで感じたことは、照明設計は、建築素材を選んでいくよりもつかみにくい分野なのかもしれないということでした。

写真/井手孝高

完成後に訪れたとき、新しい材料やLED照明によってご夫婦のこれまでの生活の佇まいを壊してしまうのではという懸念は解消されました。ダイニングからリビングにまで及ぶ無垢材のフローリングが気持ち良い仕上がりです。想像していた以上に、おふたりが慣れ親しんだ生活道具や調度品、家具などが空間に溶け込んでいて、心地良い空気感が漂っていました。

ゆるやかにつながるダイニングとリビングに広がる夕暮れの外光と、日没によってだんだん体感していく室内照明の明るさ。この瞬間を施主のおふたりに感じてもらえたときに私の提案が伝わったと思えました。自然光と照明器具のグラデーションがつくる時間の移ろいは、日々過ごしていくなかで意識することはないかもしれませんが、心地良さをつくる肝心なことでもあります。

住まいをつくり直すとき、新たな造作や家具を新調することで収まりがスムーズにはなります。しかし、今回は新調するのではなく、これまで使っていた思い入れのある家具や棚などの配置を頭に入れながら設計し、内装材を選んでいったとのこと。丁寧に使われてきた家具と、新しい漆喰の壁や無垢のフローリングは相性の良い収まりとなったようです。

現在、リノベーションは人々の関心事の1つです。「中古住宅を上手に利用し、丁寧な設計が施されたリノベーションをしていきたい」と建築家である奥様は言います。ご夫妻は歳を重ねていくとともに、身の丈に寄り添ったリノベーションを継続していくことでしょう。(文/谷田宏江、ライティングエディター)