REPORT | インテリア
2016.05.11 17:31
常に海外を飛び回っている原 研哉氏は、「これからは定住よりも流動の時代。2030年には世界人口の約18億人が、移動して暮らしていると言われています。もはやどこかに観光に行って、また定住の場に戻るというような従来の移動ではないノマドたちが増えてくる」と考えているようだ。そうなると、旅先から次の旅先へと移動するような暮らしに合わせた、モノやサービスが求められるということだろうか。
こうした考えの下でデザインウィークを眺めると、ヒントになるようなアイデアがあった。例えば、21世紀ミラノトリエンナーレの1つとして展示された「Home of the Wayfarer(徒歩旅行者のための住処)」。イタリアの建築家であり、論客でもあるマルコ・フェレーリ氏が企画し、ミラノ大学の中庭にミケーレ・デ・ルッキ、ステファーノ・ジョヴァンノーニ、デニス・サンタキアラ各氏とともに、9㎡の小屋を建てた(9月12日まで。http://www.triennale.org/en/mostra/casetta-del-viandante-2/)。
旅籠屋のようなイメージだろうか。管理人などはおらず、周辺に何もない土地でも、旅の途中に休むことのできる小屋の提案だという。
▲ いずれの小屋も屋根に太陽電池パネル、風力発電用マイクロ風車、蓄電機を備え、周辺環境に負荷をかけることなく自家発電できる。そして、ふたりが寝ることのできる寝台、テーブル、折り畳み椅子、キッチン、トイレを備え付けるのが共通の条件。それ以外は4人の建築家が自由に表現した。
ミケーレ・デ・ルッキ氏は、滞在した旅人が思い思いに描き止めることができるように、壁一面に画鋲で紙を止めた。壁に直接落書きをするのではなく、あくまで描いた紙を壁に貼ることにこだわった。「ずっとそこに痕跡を残すのではなく、いつかは剥がれてしまうかもしれない画鋲で壁に止めるほうがいいんです。人は来ては去る。今の時代、永遠に変わらないものはないのですから」というのがデ・ルッキ氏の考え。
▲ ミケーレ・デ・ルッキ氏が設計した小屋。狭い室内を有効に使うため照明は床に置かず、自身がデザインしたアルテミデの「Tolomeo」を壁に取り付けた。同じく氏がデザインしたアレッシイのコーヒーメーカー「Pulcina」も設置。人里離れた何もないところでも、朝は美味しいコーヒーを飲んでもらいたいという考えからだ。
▲ デニス・サンタキアラ氏は、小屋に装備するアイテムとして、ふたり以上の寝場所が必要なときや緊急時のための、膨らませるベッドをカンペッギ社と開発。空気を入れると、小屋と同じ形のテントのような自分だけの空間ができる。災害時には、最低限のプライベートスペースの確保にもつながるだろう。
▲ マルコ・フェレーリ氏による小屋。ストーブは薪を燃やして暖房にも、コンロとして調理台にもなる。暖房用の水は、屋根の雨どいを伝って貯水槽に溜まった雨水を使用。屋根の太陽電池パネルは、LED照明を灯すのに十分な電気量を発電することができるという。
こうした小屋はいわばプレハブのかたちで、世界中に場所を選ぶことなく設置できる汎用性がある。山登りなど目的地に行くまでの途中、人里離れた草原や山道にこうした簡易宿があったら助かるに違いない。誰かが直接もてなしてくれるわけではないが、設計者の気遣いが感じられるもてなしだと思う。
また、ミラノで感じたことは、配車サービスのUber(https://www.uber.com/ja/)が、ツーリズム・シンキングにかなったものであるということ。ユーロ圏、その次はドル圏といった具合に、通貨が異なる国を訪れる人にとって、十分に持ち合わせていないかもしれない現金よりも電子マネー決済は有り難い。特にデザインウィーク会期中のようにタクシーがつかまりにくい時期や夜遅いときには、Uberは心強い味方だ。日本国内でも移動人口が増えると自家用車を持つ人が少なくなり、Uberを使う割合が高くなるかもしれないと感じた。(文/長谷川香苗)