REPORT | プロダクト
2016.04.26 15:26
シンガポールデザインウィークの期間中、市内中心部にある旧警察署の建物で「シンガプルーラル(SingaPlural)」が開催された。シンガポール家具産業協会(Singapore Furniture Industries Council)が主催し、9団体が運営に携わるイベントで、5回目となる今年は78組のクリエイターが参加した。
▲ 目抜き通りの1つ、Beach Roadに建つ旧警察署(1930年設立)は、オレンジ色の壁がランドマーク。シンガプルーラルでは敷地内3つの棟をまるごと使って展示した。
■SingaPlural Celebrating Design 2016
会 期 3月7日(月)〜13日(日)
テーマ Senses ー The art and science of experiences
http://www.singaplural.com
エントランスに展示したスポンサー企業とのコラボレーション企画「PROJECT X」。アクリル系の新素材「LG HI-MACS」を使って、4組のデザイナーが実験的な作品を制作。写真上は、VOIDWORKSによる「SENSE OF PLACE」で、ある場所の風景を3Dプリンターで削りだしたもの。下は、STUDIO JUJUによる素材の透光性を生かしたストライプ柄の照明カバー。
中庭の屋外展示より。シンガポールのメディア企業Media Corpの企画による「DOORS」は、自社倉庫に眠る大道具のドアなどを大量に用いた迷路のような空間。その奥では、Interior Design Confederation Singapore(IDCS)、Singapore Furniture Industries Council(SFIC)、Singapore Institute of Landscape Architects(SILA)のメンバーがそれぞれ視覚や聴覚、嗅覚にフォーカスした展示を展開していた。
夫婦の陶芸家ユニット、STUDIO ASOBIによる「I FEEL THE CLOUDS SINGING」。雲に見立てた粘土の塊に触れると、ぶつかり合って不思議な音が鳴る。土とラタンという素材の特性を生かしており「手触りや聴覚で作品の世界観をイメージしてもらいたい」とデザイナー。
「メゾン・エ・オブジェ・アジア」でもシンガポール代表として選ばれた注目の建築事務所、LEKKERによるインスタレーション「SCOPE」。三角形の構造物の内側に鏡が張られ、覗き込むと都市や自然の映像が万華鏡のように見える。
SHIBUI FURNITURE COLLECTIVE「A BLEND OF SENSES」。「遊び」「渋い」など、ユニット名や作品名に日本語をつけるのが1つの流行になっているようだ。SHIBUIのデザイナーKim Choyは日本の木工技術に憧れ、東京の職人の下で修行していたことがある。現在も定期的に日本で技術を学び、シンガポールではオーダー家具をつくっているそうだ。機械は使わず、手と道具だけでつくることにこだわっている。会場では木の種類や加工方法について紹介していた。
ANDREW LOH/ TAN SOCK FONG/ LINDIS CHIA「AURORA」。30度を超える蒸し暑い室内が、一気に涼しくなるように感じた美しい照明コレクション。Andrew Lohによる無機質な電子工作とTan Son Fongによる有機的なガラス作品の組み合わせが面白い。舞台美術のバックグラウンドを持つLindis Chiaの展示構成が印象的だった。
展示はこのような空間にずらりと並んでいる。元警察署の建物ゆえ、留置場と思われる部屋もある。
キャンパスのような自由な雰囲気で出展者も来場者もゆったりと過ごしていた。
人形作家EVANGELIONEによる「THE FISH TANK」。シンガプルーラルには人形作家や陶芸作家、グラフィックなどさまざまなジャンルのクリエイターが集う。
ミュージアムショップなどでよく見かける「SOUVENIRS FROM SINGAPORE(シンガポールのお土産)」。伝統的な菓子の模様や、ホーカーと呼ばれる屋台村で使われる椅子など、“地元の人ならわかる”シンガポールのアイデンティティをパッケージ化した土産物。
MASS DESIGN COLLECTIVE「OUR MEMORY DISPENSER」。いわゆる”ガチャガチャ”だが、シンガポール人が子どもの頃に親しんだ駄菓子や玩具などが入っているらしく、皆「懐かしい!」と盛り上がっていた。
比較的プロダクトデザインに通じるような出展作をピックアップしたが、実際のシンガプルーラルは、プロダクトに限らず、彫刻、絵画、写真、映像、陶芸、建築などを幅広く含む“ミックス感”が最大の特徴となっている。
滞在中、筆者が最も楽しんだのがこのシンガプルーラルだった。冷房のない建物の隅から隅までを汗だくになりながら3時間以上も夢中で歩きまわった。部屋に入るごとに出会う個性が新鮮で、完成度の高い作品もあれば、そう言えないものもある。しかし、ここは商談の場ではない。個々のクリエイターがいかに自由に自らのクリエイティビティを開放しているかが重要であり、そこにシンガポールデザインの可能性を見出したいのだ。
シャイな出展者が話しかけてくることはほとんどないが、尋ねれば作品について熱心に教えてくれる。展示のそばに立ちながら、ずっと部品や工具をいじっている者もいる。彼らはつくることが楽しくてたまらないようだ。会場は、彼らのつくりたい気持ち、自らを表現したい気持ちに満ちていた。そして、そのエネルギーはシンガポールの街の至るところからも感じられた。
「シンガポールデザインについてどう思いますか」。見本市に出展する企業や現地を知る英語圏のジャーナリストに尋ねると懐疑的な意見が返ってきた。「まだ幼い子どものようだ」「シンガポールデザインとしての特徴がわからない」。はたしてそうだろうか。シンガポールが国としてデザインに注力して約10年、ものすごいスピードで人材が育っている。「まだまだ」と思っていたら、あっという間にアジアトップクラスのデザイン大国に上りつめるだろう。
今後、日本のデザイナーがシンガポールというフィールドで活躍する可能性はあるのか、あるいは日本の企業がシンガポールのデザイン力を活用する日は来るのか。ここにどのような可能性が埋もれているのかは未知数だが、今後も注視していきたいと思う。(文・写真/今村玲子)
今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。